9月24日(1)
学園祭編突入。
早速小さな騒動が……。
では本編へ。
騒がしい音が自室を忙しく跳ね回る。乱雑に暴れる音が俺の中耳にまで侵入し、俺の意識を覚醒させようと忙しく働き掛ける。朧気な意識の中、まず時刻を確認しようと顔を音の鳴る方へ向けた。
時計の針は丁度六時を示していた。いつもより一時間程早い目覚め。目覚ましの設定を間違えたのだろう。疲れから来る支障は判断の狂いとなって表れたか。一時間遅れよりはいいと前向きに考えるとしよう。
精一杯腕を伸ばし、目覚ましの天辺を叩く。すぐさま鳴り止み、自身の役目を果たし微動だもしなくなる。時計は時を指し示すのに集中し始めた。
起きたばかりなのだから当然少し頭がぼんやりしている。目覚めようと思えば覚められるし、寝ようと思えば寝られる曖昧な状態。
そして気が付く。先程のアラームはただ所有者を一旦起こすだけ。そこから二度寝するか布団から這い出るかは本人の意思に委ねられるのだ。とどのつまり、寝てもよいのだ。
やはりここは寝るに限る。そもそも三大欲求の一つとされる睡眠欲に抗うなんて愚の骨頂。抵抗なんて考えてはいけない。布団を被り直し、再度意識を深い暗闇の中へと埋没させた。
しかしながら、俺の体はよく出来ているらしい。自分でも驚く程六時五十分丁度に起床する事が出来た。人間の体内時計は案外侮れない。だが次も同様に起きられるとは限らないので、保険としてケータイのアラームも利用してみるとする。
早速活動を開始し身支度を整えると、階下へといつも通り降りていった。ドアを開け、潜れば、リビングでいつも通りキッチンで料理している文の姿を見れるだろう。そしてヒマワリのような笑顔を向けて--
「そ、そう、くん」
くれる程の余裕もない、息絶え絶えの文がいた。ソファーの上で仰向けに寝ており、額には氷嚢が乗せられていた。
何があったんだよ。そう思わずにはいられなかった。文は顔全体が赤くなっており、呼吸が多少荒くなっている。体調が悪いのは明らかだった。
「あ、宗一君。お邪魔してるね」
思考を中断し声のするキッチンの方に目を向けると、千代さんがフライパンを片手に料理を作っていた。千代さんは文とは違い、黄色と山吹色のチェック柄のエプロンを身に纏っていた。彼女が放つ雰囲気によく会っている。ちなみに文のエプロンはピンク色だ。千代さんが顔だけこちらに向けた。
「文とは違ってとても元気そうね。感心ねぇ」
そう言うと、千代さんは再び視線を手元に戻した。香ばしい匂いがこちらにまで漂ってくる。野菜炒めだ。
「あ、どうも。先日ぶりです。えっと、これはどういう状況ですか?」
文にちらりと目をやると、文が申し訳なさそうに俺を見つめていた。衝動物みたいなキラキラした目が俺の心臓を打ち抜いた。凄く可愛い。
「もう。そんな畏まらなくていいのよ。気軽に、肩の力を抜いて。自分の家だと思ってね。ってここは宗一君の家だったわね。ふふっ。私ったら」
何をおかしな事を口走っているのでしょう、と千代さんは左手を口元にやり上品に笑った。片手でフライパンを操りながら。昔から変わらず、随分と若々しい話し方をする人だ。いつ如何なる時もこの調子、マイペースと言ったらまず千代さんが頭に浮かぶ。
いや、それより。
「その、文は何故こんな風に」
「そう! 聞いてよ。あのね、この子ったら本当にバカで。秋口なのに上に何も掛けないで寝てたのよ? さらに窓全開。全く、それじゃあ風邪引くに決まってるじゃない。もはや裸よ、は・だ・か」
ぷんすか怒りながら野菜を上手に炒めていく。時折野菜が宙を舞い、吸い込まれるようにフライパンの中へと戻っていった。まるで魔法のよう。華麗なフライパン捌きは正に尊敬に値する腕前だ。いつか料理を教えて貰おうかな、と師匠候補に千代さんが新たに加わった。
裸じゃないよ、ちゃんと服着てるよ、変な事言わないでよ、お母さん。
切実な文の声が聞こえてきたが、千代さんは意に介さず、料理を続ける。
「しかも宗くんにご飯を作ってあげなきゃって言って、キッチンから離れようとしないから大変。妙に頑固な所があるから手を焼いたわ」
「いつ千代さんは文の様子に気付いたんですか?」
時制が飛んで話の流れが掴めなくなったので、俺は発見に至るまでの経緯を訊く事にした。
「朝、コーヒー飲んで一息着いてたらバタバタドカドカ鈍い音立てて出て行ったのが聞こえてね。心配になって宗一君の家に上がったら、リビング前の廊下で倒れてたのよ」
「それでソファーに寝かせたんですか」
「無闇に動かしたら熱上がりそうだし、一応風邪薬を飲ませて、少し落ち着いたら家に持ち帰ろうかなぁって思ってね。さあ出来たわよ」
次々と皿に千代さんの手料理が乗せられていく。献立はオムレツと野菜炒め、ご飯、味噌汁で、シンプルだけどしっかりとエネルギーの採れるものだった。
千代さんは早く食べなさいと俺に催促した。
「では、いただきます」
一口食べる。卵の濃厚な甘みが口全体に広がっていく。バターの仄かな香りが卵の味をさらに引き立てる。
「どうかしら?」
「おいしいです」
「よかった。やっぱり自分が作ったものをおいしい、旨いって言ってくれると嬉しいものよね」
「それが料理をする楽しみですか?」
「その通り。だから文にもちゃんと伝えてあげなさい。恥ずかしがらずに、ね」
「はい」
文は幾度か反論を試みていたが諦めたのか、あるいは力尽きたのか、いつの間にか、すーすーと穏やかな表情で寝息を立てていた。医者に診て貰って安静にしていれば三日四日で完治するだろう。それまで文の手料理とはさよならか。残念というより、寂しさに似た気持ちが胸に沸き起こる。
千代さんの料理を口に運ぶ。何だか、さっきよりぐっとおいしく感じられた。
気が付くとわたしは自分の部屋のベッドに横たわっていた。布団はちゃんと肩まで掛けられ、額には冷たい何かが貼られている。
「あれ、わたし・・・・・・」
どうして寝ているんだろう。目線を横に逸らし時計を確認すると、とっくに九時を過ぎていた。あ、学校に行かなきゃ、授業に遅れちゃう。起き上がろうとしたけれど、上手く力が入らずベッドに再び横たわる形となった。冷静に記憶の糸を辿っていく。朝は確か宗くんに朝食を作りに行こうとして・・・・・・。
全てを思い出した。
そうだ。わたしは玄関で倒れて、何故かお母さんがやってきて、ソファーに寝かせてくれて、それで、えっと。
次々と今朝の記憶が蘇ってくる。
風邪引くに決まってるじゃない。宗くんにご飯を作ってあげなきゃ。風邪引いた理由訊いたら裸同然で寝てましたとか言うのよ? 裸同然で寝てました。裸同然。裸。
顔全体が炎のように熱くなった。
「あら、もう起きたの? 駄目よ、まだ寝てなくちゃ」
ドアが開かれ、お母さんが顔をひょこっと出した。
「ね、寝てなんていられないよ! お母さん何言ってるの? わ、わたしは裸族じゃないよ」
「えぇ? あぁ、はいはい。大丈夫よ。宗一君、普通に流してたし、変な想像もしてないと思うわよ」
「別にそんな心配してない!」
「文としては想像してくれた方が嬉しかったのかしら」
「そんなわけないでしょお母さん!」
体を起こそうとしてもダルくて思うように動かせない。大人しくするしかなさそうだ。動かせるのは口だけ。頭の働きも未だ鈍い。大声出した所為で喉を痛めてしまった。唾を飲み込んで必死に潤す。
お母さんはお盆を部屋の真ん中にある小さな白いテーブルに置くと嘆息した。
「本当にどうしたの。いつも自己管理、ちゃんとしてるじゃない。嫌な事でもあったの?」
「嫌な事なんて別に・・・・・・」
逆。正反対だ。嬉しい事があったんだ。
『好きな人はいないけど。回るとしたら文だな』
あの言葉。わたしよりも可愛くて、個性的で、とても魅力のある奏ちゃんや宙ちゃん達ではなくて、わたしを選んでくれると言ってくれた。とても嬉しかった。体中がむずむずして、思わず飛び上がって「やったー!」って叫びたくなった。それくらい嬉しかったんだ。帰宅してからも、自分の部屋に戻ってからも、ずっと満ち足りた幸福感が身を包んでいた。ベッドに飛び込んでお気に入りの特大ぬいぐるみに抱きついた。そしてゴロゴロ転がって、気付いたら翌日を迎えていた。
「はぁ。もう何だっていいわ。朝ご飯、食べてないでしょう? おかゆ作ったから、ほら」
れんげでおかゆを掬うとわたしの口元まで持ってきてくれた。ふーふーと息を吹き掛けて十分に冷ます。こうでもしないと猫舌のわたしは火傷してしまう。ぱくりとかぶりつくと仄かに米の甘い香りが口に広がる。
「・・・・・・おいしい」
「そう、良かったわ。喜んで貰えるのなら作り甲斐があるってものね」
「うん」
もう一口、もう一口。次々に消化し、土鍋の中はすぐに空になった。満腹になったからか突然眠気が襲ってきた。ぼんやりとした意識の中、なんとか、「ありがとう」と伝えそのまま夢の世界へと落ちていった。
「どういたしまして」
誰か、surteinnの文章を採点してください(・・)
第三者からの視点での評価や指摘がないと、
「この表現で間違いない?」
「この言葉の使い方間違ってない?」
「この比喩表現は適切?」
と不安です(・・;)
お願いします。
意見、誤字脱字などがありましたら感想の方までご連絡ください。
では(・ω・)ノシ
宙「文先輩、大丈夫ですか?」
和「温かくして寝ろよ、桜木」
文「コホン、コホン。ありがとう。大事を取るね」
奏「文っちの風邪を治すにはやっぱり宗やんの愛が……!」
宗「奏は黙ってろ」
楓「季節の変わり目は体調管理に気を付けて下さい」
渚「体を温めるには重ね着もそうですが、あったかいお茶を飲むのもいいですよ」