(2)
蝉の声が耳朶を叩く。雰囲気、固定観念があるからか、聞いているだけで体温が二度も三度も上がっていくような錯覚が起きる。脳では錯覚と分かっているけれど体は分からない。汗が目に入りひりひりとした痛みが走る。早く秋になってもらいたいものだ。
公園に無事到着すると、最寄にあるベンチの上に少女を素早く且つそっと寝かせた。ベンチは木で作られているため、後頭部にあまり大きな負荷は掛からないだろうが、一応リュックサックを下ろし、それを枕にして頭を乗せてやる。
「おい、起きてるか?」
確認のため声をかけてみる。頷くのみだったがそれで十分だ。意識の有無さえ分かればいい。リュックから予め取り出しておいたスポーツドリンクとタオル、水の内スポーツドリンクを手に取る。
「これ飲め。少しは楽になる」
少女の頭を僅かに持ち上げ徐々にそれを口に含ませていく。少女はコクコクと音を立てて飲んでいき、直ぐにペットボトルの中は空になった。ペットボトルを近くのゴミ箱に放り投げると少女が声を出した。
「あの、ありがとうございます」
調子をある程度取り戻したらしく、少女はベンチを支えにして、上体を起こし、ベンチに腰を下ろした。立つ事はまだ無理そうだ。
「水も一応飲んでおいたら? 体温は下がっていなさそうだし、脱水にもなってるし」
「いえ、いいです。これ以上して貰っては」
「それでまた倒れたらどうするの。意識がはっきりしているのなら、あとは水分とって安静した方がいい。ついでにタオルで汗拭いて」
少女は明らかに熱中症にかかっている。正しい対処方法は知らないが、一応考えられる限りの処置は尽くした。あとは病院に行って検査して貰った方がいいだろう。
「はい、お言葉に甘えて」
水を受け取った少女は先程よりも速いペースで飲み干した。少女はふうと息を吐き、体に水分が染み渡るのを感じるように目を閉じている。俺は彼女の横顔を盗み見る。
今気付いたけれど、この子かわいいな。まだあどけなさが残るが、顔のラインがすっきりとしていて、肌はふわふわと柔らかそう。たまご肌と言ったっけ。また髪を上げた事によって見えるうなじはどこか色っぽさを感じる。髪は艶やかな黒、オレンジのリボンで纏められ少女が動作するたびにゆさゆさと揺れる。
「どうかしましたか?」
視線を感じたのか、少女は俺に向き直るとちょこんと首を傾げる。内心の焦りを見せないよう平然とした姿を装う。
「いや、具合は大分良くなったかなぁと思って」
「はい、楽になりました。本当にありがとうございます。なんとお礼を言っていいのか」
「目眩とかだるさはない?」
「多少だるさは残ってますけど、目眩は全くないです」
「そうか。でも念のためあと二、三分は座って休んで。立ち上がるときはなるべくゆっくり。もしまだ体調が優れないようだったら必ず病院に行って」
俺の言葉に真剣に頷き返す少女。俺が言った内容は誰でも思いつく事なのかもしれないけれど、どうやら俺は根っからの心配性らしい、ちゃんと伝えておかないと済まないみたいだ。
少女の顔を見る。・・・・・・うん、顔色は良くなったし目もしっかりしている。俺に出来る事はもう無さそうだ。
「これからは体に気を遣って。じゃあ」
手を振り、その場を後にしようとしたが、「ちょっと待ってください!」と比較的大きな声で呼び止められた。何か言いたそうだ。
「あの、もし差し支えなければ、名前を、名前を訊いてもいいですか?」
俯き気味に、目をあちこち泳がせながら少女はそう伝えてきた。名前。何故訊くのだろうと疑問に思ったが、特に気にする事でもないと思い直す。
「俺は神崎 宗一。高校二年生」
「私は和泉 宙。高校一年生です」
一つ学年下か。もしかしたら同じ学校で、廊下ですれ違っていたりしていたのかもしれない。
「本当に助かりました。命を救っていただいただけでなく、看病までしてもらって」
看病というほど大げさなものでもないけどな。せいぜい手当て程度だ。
「あの、神崎さん。助けてもらったお礼に何か恩返しがしたいんです。なので、何でもして欲しい事とか欲しい物とかあれば何でも言って下さい!」
「えっと和泉さん?」
「はい!」
勢い良く返事する和泉。やる気満々だ。どうする? 別に見返りを求めて助けたわけじゃないし、和泉が助かっただけで十分なんだけど。
だんだん考えるのが面倒になってきた俺は、とりあえずさっき自分が思ったとおりの事を言う事にした。
「俺は和泉さんの命を救えたってだけで十分だよ。だからお礼はいらない」
うわぁ、我ながら臭い台詞だな。
「じゃ、またいつか会おうね」
再度手を振り今度こそ別れを告げる。向こうも手を振り返してくれた。リュックサックは・・・・・・やばい、置いてきてしまった。まぁ近々買い直そうと思っていたから丁度いいか。
公園を出る。空には大きな入道雲。夏が過ぎ去る日はまだ遠そうだった。
「・・・・・・神崎宗一先輩、か。はい。またいつか会える日まで」
夜、夕食を済まし、テレビをつけ文と二人でドラマを楽しんでいた。最近流行の学園痛快コメディで、画面の向こう側では色々あり得ない出来事が繰り広げられていた。前転で百メートル走とか、騎馬戦で真剣が出るとか。特に後者は死傷者が絶え間なく出てくるだろうな。あ、主人公が白刃取りした。
「ねぇ、今日何か面白い事あった?」
「今日? 特になかったけど」
「そうなんだ。あ、口からナイフ飛ばしてる」
「今回は一段とはっちゃけてるな」
「本当に何かなかったの? 幽霊が出たー、とか」
「昼間に出る幽霊なんて聞いた事ないぞ。そういえばさ」
「なになに?」
「大変なことがあってさ。ほら十字の交差点があるところの歩道でさ・・・・・・」
「へぇ、そんな事があったんだ」
一通り今日の出来事を伝えると、文は何かを探るような目で俺を見てきた。
「その子、可愛かったりする?」
「いきなりどうした。確かに可愛かったかと聞かれれば可愛いな」
聞かれなくても可愛いとは思うけど。
「どれくらい!」
「どれくらいって言われても」
「私を基準にして!」
「何でお前を基準にするの!?」
「楓ちゃんでもいいよ」
「なんで暴力女」
「ミキちゃんでもいいよ」
「猫と人を比べるのかお前は」
たまに文の感性が分からなくなる。猫の”かわいい”と人の”かわいい”は違うだろ。
「ほら物語が佳境に差し掛かったぞ。あのイベントはここに繋がってたのか。びっくりだ」
「誤魔化さないで」
「ちょっと、文さん? 目が怖いのですが。本気を出すときの目と同じだぞ?」
「本気だもん!」
「何に本気なのかさっぱりだ!」
その後、やけに突っ込んでくる文をいなし、話を有耶無耶にした。帰宅する間際まで文が詳しく聞き質そうとしてきたが、また明日にでも伝えると言い、送り届けた。明日までに忘れてくれる事を願う。だって言うの恥ずかしいだろ? どちらも可愛いよ、ってさ。
次、テンションMAXでお届けします。
基本、この小説は作者の妄想やらぶっ壊れた脳内の出来事を書き綴るので、
たまに何の脈絡もない話が出てきます。
ちなみに一人ギャグ要員として「骨折られても、血が飛び出ても次の瞬間には復活する変態」が登場するので、ぜひ楽しみにしていてください。
誤字脱字・指摘・意見などがありましたら感想の方まで。
では(・ω・)ノシ
宙「ついに私の本性が・・・・・・!」
宗「大人しくしろよ」
宙「私のハートが火を噴くぜ」
文「大丈夫だよ宗くん。私がついてる」
宗「お前が一番怖いんだ」