(6)
今回は真面目にふざけてます。
水飛沫が海面に次々に投下され、複雑な波面が木ノ崎の海に描かれた。
レースの開始早々、トップに躍り出たのは奏だ。出だしは言うまでもなく好調で、大きなリードを得た奏は途中まで順位を保っていた。その後を追う形で文と宙が続いた。
最初の障害物は五十メートル水泳だ。左側を見ると分かるように、小高い丘が点在しており、その最末端が現れた辺りが大体二十五メートルらしい。目印が見えたらその場で折り返し、陸地に上がったら、次の障害物へと進める。目印に関しての情報源が奏なので若干怪しいものがあるけれど、正確な距離が何であれ、皆同じ条件で泳いでいる事に変わりない。各個人が目印に気を配りながら必死に泳ぐ、水を掻く。
授業で教えて貰った知識を総動員して、なるべく水の抵抗を減らし且つ速く泳げるよう体勢を意識し、海水の中を突き進む。息継ぎは最低限に抑え、腹を見る事を心がける。水を後ろへ押しやるイメージで掻く為、真横から見ると恐らく手のひらが体をなぞるように動いているだろう。一般的には弧を描くように掻けと言われるが、最近の研究で、このような腕の動きの方でも速く泳げるそうだ。それを参考に実践し、今では完全にこの動作が染み着いている。
能書きばかり述べていたが、白状すると、俺は泳ぎは苦手ではないが得意でもない、中途半端な手腕だ。文は幼い頃から近場の水泳スクールに通っている為か、かなり上手く、実際、現在の先頭の座は文が陣取っている。奏が、抜かされた上に差を付けられ始めた事で焦っている。徐々に姿勢が崩れてきているのが、併走ならぬ併泳する俺の目に映った。
冷静且つ慎重を心がけ、俺は手を伸ばした先にある海水を一気に腰にまで引き寄せた。
ひたすら水を掻き、蹴り、後方へ送り、しなやかな動きで泳ぐ。海水は炎天下にも関わらず冷たくて気持ちいい。暑さで鈍りきっていた思考も、勝負に負けたくないという熱意も、この夏でしか味わえない自然が、徐々にではあるが解してくれていた。
砂浜に上がり、再び湿気と潮の香りを伴った涼風を一身に浴び、熱気を切り裂き懸命に走る。心身を動かすものは「宗くんとキスしたい」という願望、「宗くんと一日デートする」という権利を得るため。未だかつてない原動力と意志によって、わたしは欲望に忠実な狩人と成り代わった。
併走するは最近出会ったばかりの元気の塊みたいな後輩、和泉宙。彼女もまた特権を求め獣と成り果ててでも取得せんとしているのだろう。ちなみに奏ちゃんは足をつって、今楓ちゃんに手当されている。
砂浜を駆けていく。互いにリズムこそ違うが規則的に息を吐き、呼吸を一切乱さず走っている。上半身はほとんどブレる事なく、多分細めであろう自身の足からは地を蹴り進むのに最適な力が放たれる。余分な力は入っていないはず。
宙ちゃんが不敵な笑みを浮かべながら話し掛けてきた。
「先輩、なかなかやりますね。普段のおっとりとした印象とは懸け離れた運動神経だったので正直驚いてます」
「わたしにも譲れないものがあるから、今回は大人気ないけど本気で挑んでるの」
「譲れないもの・・・・・・ファーストキスですか?」
わたしの心を乱そうという狙いか、宙ちゃんが意地の悪い問いを掛けた。けれど心配ない、関係ない。この手の質問は誤魔化そうとするから取り乱すんだ。
「うん、そうだよ」
素直な気持ちを言葉にした。
宙ちゃんから息を呑む音が聞こえてきた。
「わたしも、譲る気はないですよ」
彼女の誓いめいた言葉はわたしに対する宣戦布告なのか、自己暗示なのか。どちらにせよ自信の高さと意志の強さが伺われる。
負けられない。
もし外部から私達を眺めたなら、誰かが滑稽だと笑うかもしれない。キスしたいのであればすればいい、強引に奪えばいい。出来ないのは勇気がないあなたが悪い。傷付く事を恐れて行動しないあなたが悪い。そう責められるかもしれない。
言い訳がましいかもしれないけれど、この勝負は単なる宗くんへのキスまたは命令権だけではなく、女としての格を問い質す戦いなんだ。奪う奪わないどうこうの問題ではないはず。
勝ちたい。
次の試練は間もなく現れた。組立式の簡易テーブル、キャンプでよく使われる青いプラスチック製の円卓、その上に悠然と、わたしの人生で最大の難問が乗っていた。
「ぶ、豚の生姜焼き弁当・・・・・・!」
それはカロリー、ボリューム共に最高峰の如何にも成長期の男子が喜びそうな重厚な弁当だった。味付けが濃く、エネルギーを豊富に採れる男子にとって至高の品、しかし女子にとって、主に自身の質量と重力加速度の積を気にする人にとってベルリンの壁、種族間の壁よりも強大な障害物であった。早食いしようものなら余計な脂肪分が胸元ではなく腰周りに充積し、ある測量器械に乗った数秒後、まるで地獄に突き落とされたかのような絶望に苛まれる。逆に悠長に食べ進めていてはトップなど遠い星の彼方へ遠退いてしまう。
奏ちゃん、何ていうものを用意してくれたの?
今回ばかりは友人を恨まずにはいられなかった。わたし達の弁当は奏ちゃんによって後々処理されるか、お持ち帰りになるに違いない。今日作ってきたのはサンドウィッチだから皆に分けられるから、捨てるという最悪な手段は取らずに済みそう。後でそれは配るとして、問題は眼前にあるカロリーの塊だ。
プラカードだけじゃなくて弁当まで用意していたなんて。用意周到どころの話じゃない。
回避は不可能。攻略方法は全て食らうのみ。けれども体が拒否反応を示して一歩も、一動作も出来ずにいた。ただただカロリーという単語が脳内を駆け巡る。
「では、いただきます」
強大な敵を前にし立ち竦んでいると、宙が礼儀正しく食事を始めた。そして、
「ガツガツガツガツ!」
弁当に噛り付いた。
「なんて・・・・・・こと!」
わたしが考えていた一切の懸念事項を最初から問題ではないとでも言うように雄々しく豚の生姜焼き弁当腹の中へ次々に収めていく。
「い、いただきます」
このままでは負けてしまう。宙ちゃんの行動に驚愕しながらも私は勇気を振り絞り、
「ガツガツガツガツ」
エネルギーの塊を胃に投入していった。箸を進める速度が曲線上向きに上がっていく。
箸と手が繋がる一体感。今、竹製の箸はわたしの指先となり、武器となり、わたしの体の一部となったのだ。見えない力が全身を包み、さらに箸、いや、わたしを加速させる。口元に笑みを溢し、そうわたしは確信した。
が、それも長くは続かなかった。何故なら。
「文先輩。急ぎ過ぎると太りますよ」
時が、止まった。
「豚の生姜焼き弁当は約四百八十キロカロリー。徐々に消化もしないで、噛みもしないで無闇やたらに食っていてはぶくぶくに太ってしまうでしょう」
箸が手から落ちた。
「くびれの付いた綺麗な腰回り、すべすべで引き締まったお腹が脂肪で弛み切ってしまったら、それはそれはとても哀れでしょう」
体が蹌踉けたが何とか踏み留まる。
「でも、宙ちゃんも同じなはず」
「ふっふっふ。残念ですね、文先輩。わたし、実はどれだけ食べても太らない体質なのですよ」
太らない。全世界の女子が夢見る伝説のステータス。それを持つ人物が、まさか身近に居ようとは。
足から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。宗一先輩は見た目で人を判断しません」
そ、そうだよ。宗くんは優しいし、冷静だし、例えわたしが無様な姿になったとしても見限らない。闇に包まれた心の奥底に一筋の光が射し込んだ。
「まぁ、”くびれ”と”たるみ”。どちらが付いている方が好みなのか。一目瞭然ですけどね」
一筋の光が消え去る。
頭を抱え、わたしはそのまま地面に倒れ伏せた。
更新開始。
文章評価やストーリー評価がされていない。
誰か、お願いです、評価してください。
感想で意見があれば、どしどし躊躇なく書いてください。
こんなストーリー書いてほしい、
このキャラがメインの話が読みたい、
などの要望がありましたら、一生懸命書きますので。
それが番外編としてなのか、それともストーリーに組み込むかはまだ分かりませんが。
誤字脱字、意見、感想がありましたら感想フォームまでお願いします。
では(・ω・)ノシ
宙「文先輩、さらばです」
文「ワタシハフトリタクナイ」
宗「文、帰って来い」
楓「わたしの出番がないわね」
奏「最近大人し過ぎたかなぁ。もっと暴れようっと♪」
渚「私はいつになったら出られるのでしょうか」
渚は準レギュラーなので機会は少ないです。