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夢と願いの学園恋歌  作者: surteinn
日常編
18/44

      (5)

また長らく放置してすみませんでした。


「これは一体なんだ」

 突如目の前に現れたプラカードに対しての疑問と、そこに書かれている理解し難い文字の羅列に対しての疑問によって俺の頭の中がグッチャグチャに掻き混ぜられた。奏の発想とテンションに付いていけないのは今に始まった事ではないが、今回は常軌を逸している。暑さと腹の減りで気力が低い俺はいつもの不平不満ではなく率直な感想を述べる事を選んだ。

 ワクワクドキドキ、か。何がどうなるのか分からないところはドキドキだな。ワクワクは奏くらいしかしないだろう。

 ワクワクドキドキッ! 海辺でウフフレース。一見高校生によるイカれたイベントのようにも見えるが、長年奏と一緒に居たから分かる。これは間違いなく犠牲者が続出する闇のイベントだ。参加したら最後、その身を後悔と無念に蝕まれ、二度と奏と関わるまいと誓う事になるだろう。最も、闇のゲームから回避出来た事は未だ一度たりともないのだが。

 「略してワクドキレースだよ」

 「略称なんて聞いちゃいねぇよ。何なんだよ、これ」

 「レース」

 「今から俺達がするのはランチだ。レースは一切関係ないだろ」

 レースとランチになんら関係が見当たらない。唯一の共通点はカタカナである事ぐらいだ。あと三文字。一体何処からレースなんて発想を持って来たんだ。例の如く、怪電波でも受信してしまったのだろうか。

 「ナンセンスだなぁ、宗やん」

 至極真っ当なことを言ってるにもかかわらず、奏は呆れ果てた目で俺を見てきた。

 「せっかく祝日なんだよ? ランチも楽しまなきゃ三バカの名が廃るよ。参謀」

 「誰が参謀だ。あとお前らと一括りにするな。三バカなんて不名誉な呼称、イヤなんだけど」

 「えーっ。結構わたし気に入ってるんだけど」

 「何処に気に入る要素があるんだ」

 「だって、誰かと一緒ってよくない?」

 興奮を押さえられないと言わんばかりに、奏は両手の拳を胸元に置きうずうずしている。目が爛々と輝き、口は小文字のオメガみたいな形状に変化していた。

 結局理由はよく分からなかった。

 「話を戻すぞ。とりあえず普通に食おうぜ」

 「つまらない」

 「食事に求める楽しみの方向性が違うだろ」

 「一味違う。それがわたしたち」

 「誰が巧いこと言えと」

 こいつ、面倒だ。

 「ルールは簡単。先にゴールした人が勝ち。途中にある障害物は必ず攻略すること。以上」

 「いわゆる障害物競走か。よく考えたな」

 「偉いでしょ」

 「別に」

 「褒めて褒めて!」

 「よくも面倒なものを考えてくれたな」

 「毒舌フルオープンっていうか本音フルオープンだよ、宗やん」

 このゲームと昼食がどう関わってくるのか甚だ疑問だが、奏の事だ、早食いやら、大食いやらをセットしてあるのだろう。普通に食べたい。

 「普通に食べられる有り難みが身に染みると思うよ」

 「こんな形で身に染みたくない!」

 一瞬不満そうな顔を見せた奏だったが、すぐに良い事を思いついたとばかりに満面の笑みになると、せっせと皆にお茶を注いでいた文に近づき、体を寄せた。

 「どうしたの? 奏ちゃん」

 「文っち。明日から宗やんは感涙しながら文っちお手製のお弁当を食べるって」

 「宗くん。腕を奮って作るからね!」

 「ありがとう・・・・・・」

 奏の言葉を聞き途端に上機嫌になった文を見て、俺は否定の言葉を出すわけにもいかず、そう返答する他なかった。

 全てがどうでも良くなった時、人は如何なる言動も許容できるのだと悟った瞬間であった。

 「あ、ちなみに宗やんは強制参加ね」

 「なんでだよ」

 「だって宗やんがいないと盛り上がらないじゃん」

 「俺がいて盛り上がったことは一度もない」

 「えぇ~。そんなことないよ。ほら、賞品はご覧の通りだし」

 プラカードがくるりと反転し、裏に書かれていた賞品の内容が大々的に公開された。

 一等賞、宗やんに一回何でも命令できる権利

 二等賞、宗やんと一回キスできる権利

 血管が切れる音がした。

 「奏、話し合おうか」

 奏の前頭部分を鷲掴み、いわゆるアイアンクローを食らわしてやった。小指と親指が丁度奏のこめかみに当たるところに収まり、図らずも力を加え易い形となった。力の限りを込めて握りつぶそうと試みる。

 「絶対に話し合い気ないよね。痛いよやめてよ宗やん。女の子にとって大切な顔が今にも破壊されそうだからっていうか女の子の暴力を振るわないでよ」

 正論だ。ふざけであっても女の子に暴力を振るうのはいけないな。憎悪にまみれた手から解放してやると、奏は顔の表面を手のひらで摩り、変形した部分がないか確かめている。おい、奏。骨程の強度を持つ物の形を変えられる握力は持ち合わせていないぞ。

 「助かった。顔が崩れたらどうしようかと思ったよ」

 「奏。反省してるか」

 「わたしの辞書に反省の文字はない!」

 過去を振り返らない者に未来などない。とりあえず決め顔で戯れ言をほざく奏への私刑執行を続行するか。

 「うわああぁぁぁ。宗やんごめんなさい!」 

 「反省してるか」

 「わたしの辞書に後悔の文字はある」

 反省はしていない、だが後悔はしているってわけか。最悪じゃねぇか。

 「これを一早く撤回してくれ」

 「多分無理だと思う」

 「何故」

 「だって、見てよ」

 奏が指さす方を見る。そこには一種の地獄が再現されていた。

 「走って、食べて、泳いで、ウフフする……宗くん、わたし頑張って一位を取るね!」

 「先輩を独り占め・・・・・・じゅるり」

 「絶対命令権ね。ふふっ、宗一をこき使えるなんて夢のようだわ。買い出し荷物運び指令伝達書類整理。どう使おうかしら」

 「宗一に命令出来るのか。この権利を誰かに売り渡せば儲けれるよな。そうしたら儲けで得た金は写真集購入に回せる。やべぇ、やる気が出てきた」

 海水浴のメンバー全員がワクワクしていくのを間近で見せつけられ、なるほど、だからあのタイトルになったのかと感心した。直後、現実逃避に全力で励んだのは人間としての本能が働いたのだろうと思う。

 これが、全てがどうにもならなくなった時、人は自暴自棄になるのだと悟った瞬間であった。


 「では! これよりワクドキレースを開催します。参加者挙手!」

 高く拳を突き出し、奏は闇のゲームの始動を宣言した。今尚肌を焼き焦がす太陽の光が俺らを容赦なく襲い、湿気を含んだ潮の香り漂う外気が蒸し殺そうとばかりに辺りを包む。恨めしげに睨んだところで消え去るわけでもないので、他の事に意識を逸らすしかない。かと言って、こんな傍迷惑なイベントで気を紛らすのも、俺個人としては面倒で堪らなかった。

 このレースに参加する事は茹で蛸になる事に等しい。傍迷惑な賞品の取り下げが叶わなかった為自分自身が参加して一等あるいは二等を入手しなければならない。今後の学園生活を全うする絶対条件である。

 楓はプラカードに書かれた項目に目を曝している。表情は真剣そのもの。委員会等で見せる本気の顔。普段なら見惚れてしまうところだが、状況が状況なだけに一切そういったものを感じなかった。

 「ワクドキレース、ね。弁当を完食してから、海を往復五十メートル泳ぐ。すぐに百メートル走って、今度はかき氷を早食い。最後に五十メートル先にある旗を取ってゴール。ねぇ、これ。下手したら運動部の練習並よ? 確実にグロッキーになるわよ。もう少し内容を簡単にしない?」

 「メープル! わたしはそんな軟弱な子に育てた覚えはないよ!」

 「あんたに育てられた覚えもないわよ!」

 切れのある突っ込みを奏に返す楓。こうして見ていると、やっぱり二人は息が合うなとつくづく思う。

 「あぁ、もう。イライラする」

 「イライラはお肌に悪いからね。ストレス発散に走らない?」

 「ストレスの元が何を馬鹿げたことを言ってるのかしら」

 楓はこめかみを押さえ、苛立ちのぶつけ先を選びかねている、いや、正確にはどうぶつけるかを悩んでいる様子だった。

 「谷山先輩。とてもお疲れのようですね。これからが本番だというのに」

 「これからクールダウンするのが一般人だ」

 「老け込むには早いですよ」

 「本人の前で言うなよ。多分潰されるから」

 「生殺しされそうです」

 着実に楓の印象が固まりつつあるようだ。そのイメージは間違ってはいないので放置しておくのが賢明だろう。

 「はぁ。凄く疲れたわ。休憩してるから、あんたたちで楽しんでて。弁当は一人で食べておく」

 結局楓は怒りを発するのでなく、時間の流れによる鎮静法を選んだようだ。

 「あれ、楓ちゃんやらないの?」

 文が心配そうな眼差しで楓に声を掛ける。

 「今のでやる気が一気に削がれたわ。よくよく考えてみれば、別にあたしは宗一に特に命令したい事なんてないし、参加する意味もないしね」

 「命令権欲しくないの?」

 「奏が勝手に作ったんでしょ。宗一が大人しく従うとは思えないのよね」

 楓は俺に、実際のところを教えろと目配せをした。

 「内容に依るな」

 「ほらね」

 澄ました顔で楓はレジャーシートの上でサイダーを飲む。ゴクゴクと喉を鳴らし飲む姿は妙に艶めかしい。

 「逃げるの? メープル」

 「無用な争いには参加しないわ。それに誰が参加すべきか、誰の手に渡るべきか、ちゃんと弁えているつもりよ」

 その後も幾らか奏が反論を試みるが、楓は取り付く島もなく、結局奏が折れる形となった。奏が破れるのは珍しいので、内心驚いていた。

 「もう、仕方ないか。だったらメープル以外全員でやろうか」

 「和志も参加するのか」

 「勿論。こんな面白そうなイベント。参加しない方がもったいないって」

 「さっすがー! 分かってるね、変態」

 「変態はやめてくれ」

 「いっそMに目覚めれば?」

 「そこまで落ちるつもりはない」

 「底まで落ちてるから無問題だよ」

 「落ちるところまで落ちてるから気にするなよみたいな台詞を吐くなよ」

 「落ちてるだろ」

 「宗一に言われるとは思わなかった!」

 「まぁ、確かにそうですよね。レースの参加は宗一先輩の唇を奪いたいと公言しているようなものです。つまり木原先輩は薔薇なわけです」

 「ち、違う」

 「なら、参加すべきでは、ないですよね」

 「俺、楓と一緒にいいちゃいちゃしてる」

 和志はげんなりした様子で楓の隣に腰を下ろした。次の瞬間、和志の側頭部に線のような白い足が高速で直撃し、和志は泡を吹きながら倒れ込んだ。

 「地面といちゃいちゃしてなさい」

 「だんだん木原先輩の扱いが乱暴になってきてますよね」

 「恨むなら変態行動を抑制しろと言いたいな」

 「木原先輩は半分くらい変態で出来てますから無理だと思いますけど」

 「構成要素が変態って何なんだろうな」

 「変態にも色々ありますからね」

 というか和志の存在を変態と定義してしまった俺らは一体何者だろうか。

 「結局参加者はあたしと宗やんと文っちと宙っちだけだね。う~ん、残念」

 「早いところ始めようぜ」

 「お、やる気十分じゃん、宗やん」

 「絶対に負けねぇからな」

 「その意気だよ。よっし、わたくしこと笹野奏、張り切っていきますよ!」

 「わたしを忘れて貰っては困りますよ。先輩方には悪いのですが、宗一先輩との熱いベーゼ、宙が手に入れてみせます!」

 「そ、そんな。宗くん! わたしが宗くんの貞操を守るからね。例え過ちを犯してでも」

 「さっきまで楓に犯罪を起こさないようにと忠告していたやつの発言とは思えないな」

 「真剣なの」

 「よく切れそうだな」

 釘バットが生易しく感じるじゃないか。

 「ではでは。レースをそろそろ開始したいと思います。スタートラインに並んで」

 奏が足でつっかえながらも直白色と茶色の入り交じった砂浜の上に直線を描いた。

 「わたしがコインを弾くから、地面に落ちた瞬間にスタートだからね」

 「OKです」

 「了解」

 「負けないからね!」

 奏は腰と水着の間に挟んでおいていた五百円玉サイズのコインを掲げる。太陽の光を反射し、キラキラと輝いているそれが、奏の少し折り曲げた人差し指の側面に設置され、いつでも親指で弾けるような状態となった。瞬間、宙と文の顔から一切の感情が消え去った。要らない緊張感が否応なしに高まっていくのを感じ、やるせない気持ちが胸の中を渦巻いた。本気になるべき機会を違えていると思うのだが、気のせいだろうか。全く、どうしようもない。

 「皆、準備はいい?」

 奏は最後の確認をする。レースが刻一刻と差し迫ってきている。はぁ、早く終わらせたい。

 全員が頷き返すのを見届けると、奏はコインを弾き飛ばした。金属特有の綺麗な、まるでガラス同士を打ち鳴らしたような音が鼓膜を震わせた。そして数瞬後、コインが地面に勢いよくめり込んでいった。

 「は?」

 奏は確かに弾いた。コインを。しかしそれは上方ではなく下方。物理で言うところの垂直投げ下ろしの動作であった。

 「スタート♪」

 「ふざけるなああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 三人が奏に大きく後れを取る形で駆け出した。

遅筆がコンプレックスなsurteinnです。

なかなか書き終わらせれず、大変申し訳ないです(--;

あと数週間で海水浴編は終了です。

スキー合宿や学級閉鎖があったり、

小説のデータが吹き飛んだりと色々な出来事があった一月、二月でした。

さて、再来週は学年末試験。

また更新が送れそうだなぁ。


気まぐれコーナー:後輩の発言で一番吹いた台詞

「ソフトバンクって軟らかい銀行の事ですよね」

盛大な勘違いだ。


意見、誤字脱字などがありましたら感想の方まで。

では(・ω・)ノシ


宗「おい、奏。卑怯だぞ」

奏「策士な宗やんを卑怯と言わせしめたよ! ふふーん。

  してやったりって、こういう事を言うんだね」

宙「正々堂々と勝負してくださいよ!」

文「宗くんは誰にも渡さない。邪魔する者は全員許さない」

楓「宗一は災難ね」

宗「他人事だな」

楓「他人事だもの」

和「俺の待遇の改善を求める」

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