9月23日(1)
海水浴の話です。
「秋だ!」
「海だ!」
「「海水浴だー!」」
「秋と海に繋がりはねぇよ」
海水浴当日。天候に恵まれ、遥か遠くまで続く透き通るような青空に、俺たちのテンションが、特に奏と宙のテンションが最大値にまで上がった。
九月の中旬から下旬に差し掛かるこの時期は例年気温が低くなり、Tシャツだけでは肌寒く感じるのが普通だ。去年も上着を羽織って街を歩いていたし、今年もそうなるだろうと予想していた。しかし地球温暖化か何かが作用したのか、本日は水着で海に出ていてもおかしくない素晴らしい陽気となった。天候が悪いか、気温が低い場合はボーリングセンターで暇を潰す計画だったが、どうやら没になるようだ。
「みんな楽しそうだな」
「これから楽しむっていうのに何を言ってるのよ。暖かいとは言っても日は短いんだから、さっさと着替えるわよ」
「俺と和志でレジャーシートとパラソルをセッティングしてるから」
「宗くん、いいの?」
「任せておけ。和志。やるぞ」
「荷物をここまでほぼ全て運んできた俺に労いの言葉もないのか。これはもう目の保養をするしかないよな」
「目の保養だったら寝るのが一番だ」
「はっはっは。宗一、それじゃあ単なる保養じゃないか」
「和志。あんた、もし変な事したら”ただ”じゃおかないわよ」
「変な事って?」
「その首、捻じ曲げるわ」
「ひどす」
今回俺達が訪れた木ノ崎海岸は我らが街から電車で一時間、その後徒歩で十五分くらいで辿り着く。ここの整備は地域の人が一年に二、三度行うだけで、ほとんどされておらず、その為かどうかは知らないが年中解放されている。無料で、しかもちゃんと泳げるスペースがあるとあって、特に夏場において地元住民から大変親しまれている土地である。また、年明けになるとよく酒に酔った大学生がノリと勢いで寒中水泳する事でも有名だ。酔いが一気に醒めるという事実も含めて。いつか心臓発作で誰か死ぬんじゃないかと、ここを毎年利用している身としては結構不安である。
木ノ崎海岸の一角には、当然といえば当然かも知れないが、更衣室が設けられている。ちょっと古びた感じがするが着替えには十分。その中に女性陣が入っていく。
「覗くならこっそりね!」
「覗かないでよね。覗いたら蹴り飛ばすわよ」
「神崎先輩になら、わたし……」
「そ、宗くん」
という彼女達の悪戯心や疑心暗鬼にまみれた言葉を受け、悲しくなりながらも、俺と和志でパラソルを立てた。全て和志の発言の所為である事を願うか。
袋からシートとパラソルを取り出す。更衣室からあまり遠ざけると文達が大変だと思うし、大体七、八メートル離れた地点に構えれば丁度いいだろう。パラソルを組み立てる間、覗きに行こうとか、覗きは男のロマンだ、義務だとかほざいていたので、しばし意識を手放して貰った。
レジャーシートを引き、その場で海パン一丁(既に下に水着を装着しており、その場で上着とズボンを脱ぐだけで良い)になったところで、後方から「せんぱ~い!」と元気の良い声が聞こえてきた。
「どどーん! 和泉宙、ただいま参上! ねぇ先輩。どうですか? わたしの水着姿は」
かわいい問題児二号、いや宙が全力で駆けてきた。黄色と白の横縞模様のビキニ。胸元には可愛らしい山吹色のリボンが施され、キュートな感じを醸していた。真っ白な肌が目に眩しい。
「よく似合ってるよ」
「惚れました?」
「否」
「一言で片付けないでくださいよ。わたし、ショックです」
「でも本当に似合ってるよ、宙」
「そ、そうですか? ありがとうございます。えへへ、先輩に褒められちゃった♪」
幸せ指数急上昇中ですと言わんばかりにピョンピョン跳ねる宙。
宙と話していると奏が文の手を引いてやってきた。奏は自らの水着姿を堂々とさらけ出し、一方文はバスタオルで身を包み、恥ずかしそうにタオルを胸元でぎゅっと押さえていた。
「そーやーん! どうよ。この愛くるしいメリハリのついた体! 発情するなよう!」
「しない」
「ズバッと切り捨てる宗やんの言葉がわたしの身を切りきざむ~。そんなことより、わたしのこの水色セパレートはどう? この背中の大きく開いたセクシーさ。胸の谷間もフルオープン。腰回りのフリルがワンポイント。さぁ何点! 審査員、神崎宗一」
「奏だから六十点」
「わたしだから上がったのか下がったのか分からない微妙な点数をチョイスしただとぉ!? 宗やんは策士だ!」
「策士とは言わなくないか?」
「わたしの辞書に不可能という文字はない」
「何故それを今言った」
しかもパクリだろ、それ。
相変わらず無駄にテンションの高い奏に振り回されるばかりだ。
一番最後に現れた楓が奏に呆れる。
「あんたら、もう少し落ち着きなさい。周りに人が居ないとは言え、みっともないわよ」
「いやいやいや。今は精一杯この海を、このシチュエーションを楽しむべきなんですよ、メープル」
「メープルって言うな!」
「なんでメープルなんです?」
「和泉さんは余計な事を訊かないの!」
「名前が楓だからメープル」
「なるほど」
「奏は答えるな!」
ローキックを躊躇なく繰り出す楓。それを「とぉ」と微妙に気の抜けた掛け声と共に真上に跳び、見事に奏は避けた。
「甘いぜメープル。メープルシロップ並みに甘いぜ。これだからメープルなのだゲボグフッ!」
瞬間、奏の腹に白い何かが抉り込み、鈍い音と同時に一メートル吹き飛んだ。地面にまともに受け身も取れずに倒れ伏せる奏は、さながら浜に打ち上げられたマグロのようであった。
「しばらく死んでなさい」
本当にピクリとも動かない奏を前に、楓はすっきりした顔で腕を組んで立っている。宙が顔を引き攣らせその光景をまじまじと見ていた。文は慣れたのか苦笑をするばかりだった。
「そういえば宗一。和志は何処に行ったのかしら」
「覗きをやろうぜってうるさかったから、念のため黙らしておいた」
「なるほどね。ありがとう。感謝するわ」
「どういたしまして」
末恐ろしい満面の笑みの楓に、心の奥から恐怖が込み上げてきたが、「大丈夫、俺には害はない、蹴り飛ばされたりはしない」と自己暗示紛いのものを施しやり過ごした。楓の怒りは怖い上に身体的にきつい。
……冷静に考えると、俺も和志に対して惨い事をしている気がする。次からは優しく接しよう。
「さてと」
楓はそう呟くと、首、手首、足の順番に回して体を軽くほぐしていく。彼女の背中からは良からぬ物のオーラ、例えるなら阿修羅のようなオーラが湧き出ている。宙が視界の端でがたがた震えているのを見て取れた。安心しろ。お前もじき慣れる。
岩場の蔭の方で寝かしておいた和志へと楓が歩み寄る。そして。
「はっ!」
「いたっ!」
和志の腹に思いっきり掌を打ち込んだ。俺、文、宙の顔が青ざめる。バチンと鳴ってはいけない類の音が耳に届いたのは気のせいだろうか。和志は何事かと咄嗟に身を起こし、きょろきょろと周りを伺った。
「んあ? 楓? 何で俺の部屋にいるの? 夜這い?」
「死になさい」
アホな事を和志が口走った瞬間、楓は和志の頭を左手でレジャーシートに押さえ付け、左腕を軸に軽く宙に浮き、そのまま無防備な腹のド真ん中に、全体重を乗せた右膝をのめり込ませた。
再度意識を手放した和志を一瞥し、ふんと鼻を鳴らすと、何事もなかったかのように準備運動へと移行した。
一部始終を見ていた俺、文、宙は楓を怒らせないようにしようと、各々心の中で誓いを立てたのであった。
クリスマス前までに何とか投稿できた。
クリスマスイブかそこらにもう一話投稿できるように頑張ります。
勉強どうしよう。