9月20日
予約投稿です。
期末試験がとても憂鬱。
受験が間近に迫ってきて、もう汗がだくだく。
本日は土曜日程のため、授業は十二時二十五分を以って終了した。机の中にしまってある教科書やノート、筆記用具を鞄の中に収める。一応その中を覗き、忘れ物の有無を確認した。問題なし。後は自宅に帰るだけとなり、心身ともに浮き足立つ。これから月曜日にかけて、学生全員に課せられる義務から俺達は解放されるのだ。喜びこそすれ、鬱屈になることはあるまい。
「んじゃ、宗一。また来週な」
「おう。バイト頑張れよ」
俺は友人に、教室に、校舎に颯爽と別れを告げ、半ばスキップをしながら廊下を渡る。
校舎の外を夏の残り香を肌と鼻で感じながら歩く。一部の木々が紅葉をし始め、秋らしさが目立ち始めた。だが、全体が紅や黄色に染まるのはまだ先の事だろう。
紅葉の季節。
四季の中でも一番美しいと感じる秋。
学園祭期間開始まであともう少しだ。
一人空しく帰宅する。普段は文や和志達と駄弁りながら下校するのだが、皆それぞれ用事があるらしい。
久々に周りの物を意識しながら通学路を歩いてみる。並木、花壇、クレープ屋、喫茶店、チェーン店。いつもなら気にも留めない物から、もし誰かと一緒だったら寄っただろう店に視線が向かう。
「……」
鞄を握り直し、いち早く家に帰るべく歩く速度を速めた。
『Amazing grace. How sweet the sound. That saved a wretch like me』
自室でコントローラーを手に、壮大なファンタジーの世界に浸かっているとケータイの着信音が耳に入って来た。コントローラー中央にある「START」ボタンを押し、ゲームを一時停止する。大剣を振り回し、奇妙な姿で現れる化け物達を屠るキャラが不自然なポーズで固まる。剣で化け物の体を真っ二つに割ろうとしている最中だったので、惨いというか、シュールというか。形容しがたい光景がテレビのスクリーン一杯に広がっていた。
そんなことより早く電話に出なければ。
ケータイの背面にある画面で相手を確認すると、「桜木 文」という文字が躍っていた。
「文からか」
すぐさま開き、通話ボタンを押すと、受話部分に耳を当てた。
『やっほー宗やん。元気にしてるかな?』
聞こえてきたのは文ではなく、やたらテンションの高い台風少女の声だった。
「奏? どうして文のケータイから?」
『いやぁ。ちょっと訊きたい事がちょちょいっとあって』
「訊きたい事って」
電話の奥から『か、奏ちゃん。駄目だよ』と文の恥ずかしそうな声が耳に届いた。声音から想像するに、涙目になっているに違いない。
『じ・つ・は~。わたしたちはなんと、デパートの水着コーナーにいるのです。いえーい、ぱふぱふー』
「で?」
『反応冷たいよ、宗やん。愛想好くしなきゃ文っちに嫌われちゃうぞ♪ え? 宗やん、文っちが何があっても嫌いになんかならないって。文っちも言うねぇ。と、話が逸れちゃった。さて、ずばり訊きます。好きな水着の種類は! ビキニ? セパレート? スク水?』
後方で文が何事か言っているが、奏が上手い具合に避けているのだろう。よく聞き取れなかった。
「最後を選ぶやつはかなり限られてるよな」
『特殊な性癖の持ち主だよね。それで何が好みなの?』
好みとか言われても、水着に、特に女性用のものなんて詳しくないからな。詳しかったら致命的だと思うが。
奏の今までの発言から、多分明々後日の海水浴で着ていく水着を選べと言っているのだろう。わざわざ俺の好みを訊ねる意図が読めない。もしかしたら奏の事だ、これは心理テストか、その類なのかもしれない。水着で占う心理テストなんて聞いた事ないけれど、多分あるのだろう。
「パレオだな。俺はあれが一番好きだな」
好きな水着、とっさに頭に思い浮かんだのがそれだった。自分で水着に関する知識が不足していると言いながらも、自分が好きな水着の種類をしっかり覚えている思春期らしいというか残念な脳みそに嫌気が差した。
『パレオだね。宗やん。なかなかいい所を突くね。OK。次は、パレオの中で一番合ってる色は? 宗やんの中で一番身近な人に着せると思って』
「随分複雑な心理テストだな」
『へ? テスト? あ、あぁ、うん、そうそう。だからパッパッと答えちゃって』
身近な人か。異性で限定されるなら、やっぱり文に他ならない。もし文に着せるとしたら……。
「紫か紺の二択だな」
目を閉じて脳内でイメージしてみたが、結構似合っているのではなかろうか。俺のセンスがいいか悪いかは分からないけれど。でも文だからな。何を着てもかわいいと思う。
『ありがとうね! では宗やん。明々後日は楽しみにしててね。では、ほんじゃらば~』
無機質な信号音が流れ、そこで通話は終わった。結局心理テストの結果はどうなったのか、気にならないことはないが、また来週になってからでも訊いてもいいか。
再度コントローラーを両手でしっかりと持ち、ファンタジーの世界へと思考を飛翔させた。
その夜、居づらそうな雰囲気を漂わす文に、今日のデパートでの話を訊ねると。
「気にしないで! 忘れてね。本当に何もなかったから」
と顔を真っ赤にして、この件には触れないようにと何度も念押しされた。そうか。そんな大胆な水着を買ったのか。かなりの勇気を振り絞ったに違いない。少し海水浴が楽しみになったのは、心の中に秘めておこう。これだから男は。