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夢と願いの学園恋歌  作者: surteinn
日常編
12/44

9月19日

予約投稿です。

 本日は金曜日。週末まで残り後僅かとあって気持ちも宙に浮くように上向き、足取りも軽やかとなる。雨雲が空全体に広がっており、見るだけで鬱屈となるような天候だが、そんな気持ちを一片たりとも感じさせないような軽やかな、普段どおりの会話を俺と文は交わし合った。

 平和、平穏、嗚呼何と素晴らしき響き。

 なるべく長く続いて欲しい、出来れば永遠に、そう祈るのは別段俺でなくとも大多数の人が思う事ではなかろうか。暗闇と暴力に支配された世界を望む奴なんて居ないだろうし。居たらそいつは病気だ。

 談笑しながら校舎へと足を進めていると、

 「せーんーぱーいー!」

 後ろから賑やかな声が聞こえてくる。振り返ると宙が物凄い勢いでこちらにやって来ていた。砂埃を立て疾走する様は、正に全力疾走の鋳型。その速度は自転車で走ったのと変わらない程度だ。

 「明らか俺らに突っ込んでくるよな」

 冷静にこの後起きるであろう事故を想定する。逃げたら追いかけられる上に威力倍増。留まっていたら昇天しかねない。避けたら宙が怪我をする。さて、どうしようかな。

 「宗くん。身代わりになって」

 「身代わりも何も、ターゲットは俺だろうからお前に被害は及ばないだろ」

 「わ、私ね、毎日病院に顔見せに行くからね」

 俺が重症を負う事を前提の発言だった。確かに。俺も腹を括らなきゃいけないみたいだ。宙を受け止めるしかもはや方法は無い。

 「死なないでね」

 「あぁ、迷惑掛けてばかりですまなかった。もしもの事があったらよろしグフォウ!」

 「先輩! お久しぶりです!」

 宙は加速したまま勢いを落とさず、そのまま俺にダイビングしてきた。宙と正面になるよう構えていたので受け止めるのは容易かった。宙が地面に倒れこむ、という事はなくなったが、代わりに腰から鳴ってはいけない音が鳴ってしまったのを聴覚が感知した。宙を地面に下ろすと、俺は地面に膝をつけ腰に手を当てる。

 「ガハッ。……毎日教室で会ってるだろうが。てか会いに来てるじゃねぇか」

 「愛に生きてる? はい、先輩にメロメロです」

 どや顔で宙が要らない宣言をする。宙が山上学園に転校して来てから早三日目、朝や昼休みに顔を合わせ、他愛無い会話をする程度の間柄に俺達はなっていた。奏に関しては宙と一緒にゲーセンに行ったりしたらしく、昨日仲良く喋っているのを見かけた。奏の影響もあってか、口調も砕け、彼女が抱いているであろう気持ちを全開にしている。奏に大分毒されてきたらしい。嬉しくないわけではないが、人の目があるところでアタックされたくはない。いや、本当に嬉しいけれど。

 「どうしたんです先輩。私の恋の勢いにたじたじですか?」

 「腰痛めた」

 「誰がそんなことを!」

 お前の所為だよ、という言葉は鈍痛によって喉元から腹の中へ押し戻された。隣に文が駆け寄り、大丈夫? と優しく声を掛けてくれた。ありがとう、文。でもお前、さっき身代わりになってと言ったよな。俺は忘れないぞ。

 「宙よ。何故ダイビングしてきた」

 「ふふふ。これは愛情表現の一種です」

 「お前が飛び込んでくると頭が丁度鳩尾に当たるから凄く痛い」

 「遠まわしに身長が低いって言われた気がします」

 間違いじゃない。

 「むむむ。あ、そうか。あと数年すればぴったり心臓のところに飛び込める。つまり私が成長するまで待ってあげるというわけですね」

 少し休んだおかげか、腰の痛みがある程度引いたので立ち上がり、また歩き始めた。文が不安そうな顔で見つめてきたので、大丈夫だと微笑んで見せた。途端に赤面し俯く文。気づかずに俺との会話に終始する宙。俺は宙の言葉を受けて、尚も会話という名のからかいを続ける。

 「成長しませんように」

 手を合わせて願う。

 「何て残酷な願い! それじゃあ私の愛情が先輩に伝わらない!」

 「お前の愛情表現は直球だからな」

 「もちろんストレートです。なるほど、ど真ん中過ぎて受け止めきれないということですね!」

 「キンキンに冷えたバッドはないかな」

 「打ち返す気満々!?」

 「かっ飛ばすぜ」

 「その熱意を私に一割だけでもいいので注いでください」

 「善処する」

 「大人な受け答えにメロメロです。さすがは先輩」

 「大変遺憾です」

 曇り空をふと仰ぎ見て思う。平和って続かないよな。

 

 「神崎先輩。今朝はすみませんでした。つい嬉しくなってやってしまいました」

 昼休みに入り、文、楓、和志と一緒に昼食を採っていた。今日は全員自前の弁当、または菓子パンを持ってきていたので机を固めて仲良く食べる事にした。食べ終わり一息ついていた時、全校で噂の転校生である宙が我がクラスの教室に入ってきた。真っ直ぐこちらにやって来た宙にどうしたのかと訊くと、今朝仕出かした事を謝罪したいとの事だった。その気持ちは素晴らしい、偉いと思うのだが、理由があまりにも曖昧というか可笑しかったので俺は豈図らんや(あにはからんや)、嘆息してしまった。

 「殺ってしまいました? 死んだらどうする」

 「大丈夫です。先輩は簡単に倒されるような柔な人ではありません」

 「あんたら。物騒な話をしないでよ。あと和泉さん。宗一……神崎は超人じゃないから」

 文と雑談をしていた楓は気になっていたのか俺と宙の漫才に乱入してきた。ある意味あり難い。このままグダグダトークをする予感がして兢々(びくびく)していた。

 その後宙を許し、残り僅かではあるが宙も混ざっての雑談となった。後輩が先輩と関わる事自体珍しいのだが、違和感無くこの空間に馴染んでいた。彼女が持つ力なのか、それともクラスにいる人全員が並外れた包容力を持っているのか、定かではないが騒ぎにならずに済み安心した。あ、そうだ。

 「そういえば来週の火曜日、休みじゃん。みんな何処か行く予定ある?」

 「秋分の日? 大した用事は無いけど」

 「そっか」

 「私は部屋の掃除かな。宗くんの家も掃除しに行っていい?」

 「いや、俺にやらせてくれ」

 「私の部屋!?」

 「いや、俺の家の掃除な」

 「俺はグラビアの写真集をかき集めて鑑賞するつもり」

 「あんたは口開かなくていい」

 良かった。全員これといった予定はないみたいだ。

 「でも急にどうしたのよ」

 「いや、あのさ、最近こうして皆が集まる機会って少ないからさ。ここは一つ、思い出作りでもしないか」

 「思い出作り、ねぇ」

 楓が訝しげな表情で呟く。

 「文化祭もある忙しくなるけどさ、これから先は受験勉強とか、大学とかあって顔を合わせる事すら難しくなるし。だから今の内に出来る事はやっておきたいと思うんだ」

 ここのところ、卒業した後俺達の関係はどうなっていくのだろうと不安に駆られる事が多々あった。勿論いつまでも変わらない関係など無い。だからというわけではないが、例え疎遠になったとしても、思い出は変わらないから、消える事はないから、俺はそう提案した。

 「……私はいいと思うよ」

 俺の発言に逸早く反応したのは文だった。

 「今でしか出来ないこと、たくさんしたいって気持ち、私もあるから」

 文の言葉を受けて、楓、和志が賛同の意を伝える。

 「そうね。私も一生物の思い出、欲しいかな」

 「俺も賛成。女の子とウキウキキャハキャハしたいし。楓なんかでもOK」

 「あんたは来るな、参加するな、家に引きこもってなさい」

 「ひどいいいいいいぎがぐるじいいぃぃぃぃぃぃぃ」

 「宙は?」

 和志が楓に首を絞められている間、宙にも意見を求めてみた。すると宙は不思議そうな様子で「え、私ですか?」と驚いた。

 「あ、あの、私、邪魔にならないですか? 先輩方の集まりなわけですし」

 戸惑いを顕にする宙に楓がくすりと笑う。

 「そんな、邪魔なわけないし、もしそうだったら和泉さん、ここにいないわよ」

 「そうだよ、宙ちゃん。細かいことは気にしなくてもいいと思うよ。あ、でも無理にとは言わないよ? 何か用事があったらそっちを優先して」

 「いえ、ぜひともお願いします。神崎先輩と共に居られるなら私は本望です」

 鼻息を荒くさせ顔をほんのり赤らめながら宙が参加の意を唱えた。

 「でも文、まだ具体的な事決まってないんだけど」

 「決まってない? うん、そうだね。でも宗くんは具体的な案はあるんでしょ」

 「まぁ、あるにはあるけど」

 曖昧に暈す俺の言葉に楓が先を促す。

 「何よ。煮え切らないわね。早く言いなさい」

 「おう。その前に和志そろそろ離そうぜ。顔真っ青だから」

 「あ、ゴメン」

 パッと楓が和志から腕を離す。力が入らないのか和志は地面に倒れ伏せる。和志は「このまな板め」と恨めし気に言うが、楓に腹のど真ん中を踏まれると意識を手放した。

 「はい。大丈夫よ」

 「何が」

 「聞く準備」

 楓の、人の意見を聞く準備はどうやら和志を沈める事らしい。南無。和志以外こちらに耳を傾けているのを見て俺は言った。

 「……あのさ、海に行かない? シーズンから外れてはいるけど、まだ暑いから水着でも寒くないと思う」

 「という事は先輩。私の水着姿を見せ付けられるんですね」

 「目をキラキラさせて言うことか。てか大分砕けてきたな。その方がいいけど」

 「無問題もうまんたいです。敬語と敬意は忘れません」

 「ってわけでどうだ? 宙はいいみたいだけど、文と楓は?」

 「別にいいわよ。ただ天候に左右されるから雨天の時の計画も立てないといけないけど」

 「私もOKだよ」

 二人の賛成の言葉を聞いた所で予鈴が鳴った。

 「じゃ、詳しい事は後日知らせると言うことで」

 「秋分の日に海へ行くは決定ね」

 「はい。では先輩方ごきげんよう」

 宙が颯爽と教室内を駆け抜け、自分のクラスへと去って行った。

 「楓。和志、どうする」

 「放置」

 簡潔且つ明瞭、そして残酷な返答に言葉を失ったが、それではいけないだろうと俺と文で和志の復活に善処した。教師が来る前に目を覚ませることに成功し、正直奇跡は本当にあるのだと思った。


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