先達に学ぶ
「小太郎がまた独り言を言っている」
その言葉は村を生きていれば誰もが聞く言葉だ。
小太郎とは齢五つになったばかりの男の子で、彼はいつだってぽかんとした顔をしたまま宙を見ている。
父や母が声をかけても聞こえているのか聞こえていないのか。
反応が実に鈍く、あまりに何もないので父が引っぱたいても一度や二度じゃ反応をしない。
大きなタンコブが出来た時になり、ようやく「あっ」と言って気づくのだ。
「聞こえんのか。人の声が」
周りの友達がそう言ってからかう。
虐めに近かったかもしれない。
しかし、小太郎は気にした様子もない。
殴ってきた輩を見つめて問いかける。
「何の用じゃ」
「用などあるもんかい。お前に」
そう言われると小太郎は「ん」と一言漏らして呟くように言う。
「もうええんやな」
再び宙を見つめている。
「おい。小太郎。何が見える」
そう聞いても小太郎は答えない。
引っぱたいても変わらない。
虐める側としても反応がなさ過ぎてつまらない。
かといって、退屈が極まれば誰かが虐める。
それでも小太郎は変わらない。
「おい。誰と話している」
小太郎は時折宙を見てぱくぱくと口を開けていた。
耳を澄ませば風の音のようなものを放っているが、おおよそ言葉とは思えないものばかり。
「見えんものが見えているんだ。馬鹿だから」
そう言って村の人々は小太郎を馬鹿にしていた。
けれど、小太郎は今日も気にもしない。
*
「おい。小太郎」
「なんじゃ」
こちらを見たまま目を離さない小太郎に私は告げた。
「いい加減、人間と生きようとは思わんのか」
「思わん。おっちゃんと話している方が楽しい」
私はため息をつく。
この子には悪いことをした。
本気でそう思う。
「おっちゃんは何でも知っている」
「そら、五百年を生きているからな」
「だから、おっちゃんと話すのは楽しいんや」
この子が風の精である私を見ることが出来るのは幸運か、あるいは不運か。
「小太郎。人間は五十年程度しか生きられん。こちらと話しているより、人間と話して過ごす方がよっぽど意味がある」
もう何度告げたか分からない言葉を改めて口にする。
しかし、小太郎はにっこり笑って答える。
他の人から見れば言葉どころか声にもなっていない、風の精である私にだけ分かる音で。
「いい。おっちゃんと話す方がよっぽど楽しいから」
*
小太郎は十の齢を迎える前に私と同じ風の精になった。
友達はおろか、父も母も特に気にした様子もなかった。
私はそれをどう解釈すべきか悩んだが、隣で小太郎が楽し気に笑うので気に留めることもやがてやめてしまった。




