噂と罠
王都の社交界は、噂で動く。
「辺境の女領主が、不正をしたらしい」
「聞いた? 国の支援物資に紛れて、粗悪品を混ぜているとか」
誰が言い出したのか、わからない話が、酒場や舞踏会で広がっていった。
その裏で――
「順調ですわね」
セシリアは鏡の前で髪を整えながら言った。
「放っておけば、勝手に信じる人間は出てきますもの」
「……あいつの顔が、困惑に歪むのが目に浮かぶ」
レオンは、愉快そうに笑った。
「俺を見下した報いだ」
二人は、偽の証言書まで用意していた。
「この農家が“質の悪い作物を混ぜるよう命令された”と書く」
「それらしく、印も押してありますわ」
誰かを雇って書かせた、でたらめな紙切れだ。
「これを提出すれば……」
「辺境の女は終わりですわね」
二人は、満足そうに頷いた。
⸻
その頃、リュシア領。
「……そんな噂が?」
エリスは、アレクの言葉に目を見開いた。
「王都で広まっています」
「……私が、不正を?」
胸が、きゅっと縮む。
「心当たりは?」
「ありません。
作物は、すべて自分の目で確認しています」
「なら、大丈夫です」
アレクは迷いなく言った。
「事実は、あなたの味方です」
だが噂は、じわじわと影を落としていった。
「本当に大丈夫なのか……」
「王都に出すほど、量も質も保てるのか?」
村人の間にも、不安が広がる。
エリスは、皆の前に立った。
「疑うのは、当然です」
静かな声だった。
「でも……私は、皆を裏切りません」
「エリス様……」
「不安なら、倉庫を見てください。
作物も帳簿も、全部、見せます」
彼女は隠さなかった。
誤魔化さなかった。
その姿を見て、村人たちは黙った。
「……信じます」
「エリス様が嘘をつくはずがない」
少しずつ、不安は消えていった。
⸻
数日後。
王城から、正式な呼び出しが届いた。
「不正疑惑について、説明を求める」
「……行きます」
エリスは、逃げなかった。
⸻
王城・調査室。
重い扉の向こうで、レオンとセシリアは待っていた。
「……来ましたわね」
「震えてるだろうな」
だが、扉が開いたとき。
入ってきたエリスは、顔を上げていた。
「……なぜ、そんな顔で来られる」
レオンは苛立った。
「不正の疑いがかかっているんだぞ」
「だから、来ました」
エリスは、まっすぐ言った。
「事実を話すために」
調査官が、淡々と告げる。
「証言書が提出されています。
“あなたは質の悪い作物を混ぜるよう命じた”と」
「それは、嘘です」
即答だった。
「私は、品質を落とす指示など出していません」
「証拠は?」
「あります」
エリスは、持参した箱を開いた。
「これは、支援物資として送った作物の記録です」
帳簿、封印付きの箱、検査印。
「すべて、王都の検査所を通っています」
調査官が目を見開く。
「……これは」
「不正があれば、通るはずがありません」
レオンは舌打ちした。
「帳簿なんて、いくらでも誤魔化せるだろ」
「では」
アレクが前に出る。
「こちらをご覧ください」
差し出されたのは、別の書類だった。
「証言書に書かれている農家ですが、
その人物は、三年前にこの国を出ています」
「……は?」
「名前を使われただけです」
セシリアの顔が青ざめた。
「な、なによ、それ……」
調査官は、ゆっくりとレオンとセシリアを見る。
「では、この証言書は……」
「偽造です」
アレクは冷静に言った。
「筆跡も、印も、粗悪です」
「……っ!」
空気が、冷たくなった。
⸻
「……違う! 俺は関係ない!」
レオンが叫んだ。
「全部、あいつが……!」
「私ですって!?」
セシリアが声を上げる。
「レオン様が考えたんですわ!」
「嘘をつくな!」
「あなたこそ!」
互いに責任を押し付け合う。
その姿に、調査官は眉をひそめた。
「……見苦しい」
「私は、ただ……」
エリスが、口を開いた。
「何もしていません」
「……」
「それなのに、
私を貶めるために、嘘を作ったんですか」
セシリアは、目を逸らした。
レオンは、黙り込んだ。
⸻
「結論を出します」
調査官が、書類を閉じる。
「不正の事実は認められません」
「……!」
「それどころか、虚偽の告発と偽造文書の提出」
空気が、張り詰めた。
「関係者の処分を、貴族裁判に委ねます」
レオンとセシリアの顔が、引きつった。
⸻
廊下。
「……エリス」
レオンが、追いかけてきた。
「……悪かった。
ちょっとした、出来心だ」
「……」
「昔みたいに……」
「ありません」
エリスは、はっきり言った。
「私に、あなたの居場所はありません」
それだけ言って、歩き去った。
レオンは、その背中を見つめるしかなかった




