王都への初出荷
朝靄が、リュシア領を包んでいた。
エリスは屋敷の前に並べられた木箱を見つめていた。
中には、丹精込めて育てた野菜や果物が詰められている。
「……本当に、王都へ行くのね」
それは、ただの出荷ではなかった。
この土地が、“価値ある場所”として認められる第一歩だった。
「エリス様、馬車の準備が整いました」
村の青年が声をかける。
「お願いします。道中、気をつけて」
「はい! 必ず売ってきます!」
馬車がゆっくりと動き出す。
その背を見送りながら、エリスは胸に手を当てた。
(……失敗したら、どうしよう)
そんな不安が、頭をよぎる。
「大丈夫です」
隣で見送っていたアレクが言った。
「あなたの畑は、王都のどこにも負けません」
「……そう、でしょうか」
「ええ。私は騎士ですが、目は確かです」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
⸻
王都市場は、活気に満ちていた。
「新鮮な肉だ!」
「魚はどうだ!」
その一角で、リュシア領の馬車が止まる。
「辺境の作物……?」
商人たちは最初、疑いの目を向けた。
だが、箱を開けた瞬間、空気が変わった。
「……なんだ、この艶」
「土の匂いが、ちゃんとする」
一人の商人が、野菜を手に取る。
「どこの領地だ?」
「リュシア領です」
「聞いたことがないな……だが、これは売れる」
値段は、予想よりも高くついた。
「全部、買おう」
馬車は空になり、金貨の袋が積まれた。
⸻
その知らせは、数日後、リュシア領にも届いた。
「エリス様! 完売です!」
「……え?」
「全部、売れました!」
エリスは思わず椅子から立ち上がった。
「本当に……?」
「しかも、評判も良くて、また欲しいと」
胸が、じんと熱くなる。
「……よかった」
その夜、村では小さな宴が開かれた。
質素な料理。
けれど、笑顔があった。
「エリス様のおかげです」
「この土地、捨てなくてよかった」
その言葉を聞いて、エリスは目を伏せた。
(……捨てられたのは、私だったのに)
いつの間にか、自分が誰かの“希望”になっている。
⸻
一方、王都。
レオンの屋敷では、重苦しい空気が流れていた。
「なぜ、うちの商品は売れないんだ!」
「……市場では、別の作物が話題です」
「どこのだ」
「リュシア領、という辺境の……」
レオンの手が止まる。
「……また、その名前か」
胸がざわつく。
(偶然だ。あいつが成功するはずがない)
だが、現実は違った。
「品質が良いと評判で……」
「……」
レオンは何も言えなかった。
⸻
その夜。
エリスは、屋敷の庭に出て、空を見上げていた。
星が、王都よりも近く感じる。
「……王都に、届いたのね」
「ええ。ちゃんと、届きました」
背後から、アレクの声。
「あなたの努力が」
エリスは、少しだけ微笑んだ。
「……不思議です」
「何がですか?」
「捨てられたのに……今の方が、ずっと満たされています」
アレクは、少しだけ沈黙してから言った。
「それは、あなたが“選ばれた”からではありません」
「……?」
「あなたが、選んだんです。
この土地を。生き方を」
エリスは、その言葉を噛みしめた。
(……私が、選んだ)
初めて、自分の人生を自分で選んだ気がした。




