近づく心、残る影
王城を出た翌朝。
宿舎の窓から差し込む光で、エリスは目を覚ました。
(……王都で目覚めるの、久しぶり)
昨日の光景が、まだ夢のように思える。
表彰式。
告発。
そして、レオンが前に出た瞬間。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
◇
廊下を歩くと、すぐにレオンと鉢合わせた。
「おはようございます」
「……おはようございます」
一瞬、視線が合って、どちらともなく逸らす。
「……昨夜は、眠れましたか」
「……少しだけ」
「緊張が解けた反動ですね」
沈黙。
気まずい、というより――
(……意識してる)
昨日のキスが、はっきり記憶に残っている。
「……今日の予定は?」
エリスが話題を変える。
「王都の監査官が、改めて辺境領の報告を確認したいと」
「……まだ疑われているんですね」
「いえ」
レオンは首を振った。
「“正式な記録として残すため”だそうです」
「……そう、ですか」
少し、肩の力が抜けた。
◇
監査室。
役人たちは、書類をめくりながら頷いている。
「農地回復率、想定の二倍……」
「魔力使用履歴も問題なし」
「住民の証言も一致しています」
エリスは、背筋を伸ばしたまま、じっと待った。
「――結論として」
監査官が言った。
「功績に虚偽は認められません」
「……!」
「むしろ、当初の報告より高く評価されるべきでしょう」
胸の奥が、きゅっとなる。
「……ありがとうございます」
「今後、王都から正式な支援が入るでしょう」
(……やっと)
やっと、
“運が良かっただけの女”
じゃなくなる。
◇
その帰り道。
「……本当に、終わったんですね」
「一つは」
レオンは言葉を選ぶ。
「ただ、完全ではありません」
「……元婚約者の恋人は?」
「牢にいます」
「……彼は?」
「王都で、事実確認中です」
エリスは、足を止めた。
「……私を捨てた人」
「……」
「……会うことになるんでしょうか」
レオンは、少しだけ眉を寄せる。
「望みますか」
「……いいえ」
即答だった。
「でも……逃げたいとも、思いません」
「それが、あなたの強さです」
「……強くなんて」
「いいえ」
レオンは、静かに言った。
「あなたは、壊れたまま立ち上がった」
その言葉に、胸が詰まる。
「……レオン」
「はい」
「……あなたがいなかったら」
「仮定は不要です」
「……どうして、そこまでしてくれるんですか」
風が吹く。
髪が揺れる。
レオンは、少し間を置いて言った。
「……騎士だから」
「それだけ?」
「……それだけでは、ありません」
視線が、絡む。
「あなたが、誰にも踏みにじられない姿を」
「……見たい」
エリスの喉が鳴る。
(……恋、してる)
はっきりと、わかってしまった。
◇
その頃。
王都の一角。
「……くそ……!」
牢の中で、元婚約者は壁を殴っていた。
「全部……全部、あいつのせいだ……!」
「違うわよ」
隣の牢から、女の声。
「あなたが、捨てたのよ」
「……うるさい!」
「私を選んだのも、あなた」
「……!」
「なのに、うまくいかなくなったら責任転嫁?」
女は、歪んで笑った。
「本当に……最低」
「黙れ……!」
「あなたがエリスを捨てたから、今の私がいるのよ」
「……!」
「ざまぁ、って言われても仕方ないわね」
彼は、何も言い返せなかった。
◇
夜。
宿舎の中庭。
エリスは、ベンチに座っていた。
「……星、きれいですね」
「王都では、珍しいですね」
レオンが隣に座る。
「……辺境の夜空の方が、好きです」
「……私もです」
沈黙。
でも、嫌じゃない。
「……これから、どうなるんでしょう」
「辺境に戻ります」
「……また、二人で」
「はい」
「……怖くないですか」
「何が」
「王都が、私を認めたこと」
「……」
「また、妬まれる」
「また、狙われる」
「……」
「それでも」
エリスは、握った手を見つめる。
「……進みたいです」
「……あなたは、もう一人ではありません」
レオンの指が、そっと彼女の手に触れた。
絡めない。
握らない。
ただ、触れるだけ。
それだけで、心臓がうるさい。
「……護衛距離、ですね」
「……はい」
「……嘘ですね」
「……半分は」
二人は、小さく笑った。
◇
だが。
王都の別の屋敷で。
「……失敗したか」
暗い部屋で、男が書類を燃やしていた。
「だが、終わりではない」
「辺境の女が、王の寵愛を得た……」
「潰す価値は、ある」
彼は、冷たく笑った。
「次は、“事故”にしろ」
炎が、紙を飲み込む。
――まだ、敵は残っている。
しかし。
もう、エリスは逃げない。
そして、レオンは離れない。




