遅すぎた訪問者
昼下がりの村に、見慣れない馬車が止まった。
高級な装飾。
王都仕様の紋章。
村人たちがざわつく。
「……誰だ?」
「王都の貴族じゃないか?」
エリスは畑の視察を終えたところだった。
遠目に馬車を見て、胸の奥がひやりと冷える。
(……まさか)
馬車の扉が開き、降りてきたのは――
アドリアンだった。
整えられた金髪。
だが、かつての余裕ある表情はなく、どこか焦りが滲んでいる。
「……エリス」
その声に、村の空気が凍った。
エリスは一歩も下がらず、静かに言った。
「何のご用ですか」
「話がある。二人で」
「ありません」
即答だった。
「私は、この領地の領主です。
王都の貴族と私的な話をする時間はありません」
アドリアンの顔が歪む。
「……ずいぶん、偉くなったな」
その瞬間、エリスの隣に立ったのはレオンだった。
「失礼ですが、用件を」
低い声。
剣は抜いていないのに、圧がある。
「あなたは?」
「この領地の警護を任されています」
「……邪魔をするな。
これは、俺とエリスの問題だ」
「いいえ」
レオンは即座に否定した。
「エリス様が拒否しています。
それで終わりです」
村人たちも、自然とエリスの背後に集まる。
「領主様に失礼だぞ」
「帰れ!」
アドリアンは、ぎりっと歯を噛みしめた。
「……エリス、俺は間違っていた」
場が静まる。
「お前の力を、見誤っていた」
「今さらです」
「戻ってこい。
王都に戻れば、もう一度――」
「お断りします」
はっきりとした声。
「私は、あなたに捨てられました」
「……」
「でも、そのおかげで、ここに来ました」
エリスは、周囲を見渡す。
畑。
村人。
立っているレオン。
「私は、ここで必要とされています」
「……俺だって」
「違います」
エリスは、初めて彼を真正面から見た。
「あなたは、“役に立つ私”が欲しいだけです」
アドリアンの喉が鳴った。
「私はもう、
あなたの評価で生きる人間ではありません」
沈黙。
「……俺は、調査を受けている」
ぽつりと漏れた。
「財産も、地位も、失うかもしれない」
「それは、あなたの問題です」
冷たくも、正しかった。
「私には、関係ありません」
アドリアンは、最後にレオンを見た。
「……そいつと、そういう関係か」
レオンは、答えなかった。
代わりに、エリスが言う。
「私の未来に、あなたはいません」
それが、完全な決別だった。
◇
馬車が去ったあと。
村は、静けさを取り戻した。
「……大丈夫ですか」
レオンが尋ねる。
「はい」
エリスは、深く息を吐いた。
「不思議ですね。
もう、何も痛くありません」
「……それは」
「今が、幸せだからです」
そう言って笑う。
レオンは、一瞬言葉を失った。
「……守ると言いましたね」
「ええ」
「約束は、変わりません」
彼女は、頷いた。
過去は、追いかけてきた。
だが、追いつけなかった。




