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THIERRY〜1年間の記憶〜  作者: ナカダアヤ


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9/11

あたしとお姉さん

キャス島の市街地は、土地があるところに建物を建てて作られている。そのため、都市設計などあるはずもなく、雑多な建造物と入り組んだ街路が、まるで迷路のようだ。

少女を追いかけながら、エヴァは小さく舌打ちをした。地の利がないと、こんなにもイライラするのか。


あと少しで少女を捕まえるところまで来ては、この複雑な街の作りに邪魔される。

先回りなど当然できるはずもなく、このままでは見失ってしまうのがオチだ。

しかも、思った以上に後ろからついてくるミゲルの足が…早くはない。


「ミゲル!もうちょっと頑張れない!?」

「エヴァが早すぎるんだよ!」


決して遅くはないのだが、今の状況ではヤキモキする。

ああもう、とエヴァは走りながら声に出した。


「じゃあ、あなたは広場に戻っていて!私一人で捕まえる!」

「危ないだろ!」

「あなたを一人にしておく方が危ないわよ!」


エヴァよりもミゲルのほうが、防衛手段が少ない。そして、実戦経験は皆無だろう。

そんな彼を初めて来る土地に一人にするのは不安だったのだが、なりふり構ってはいられない。


「だったら財布くらい諦めたっていいんだ!」

「良いわけないでしょ!飛行船の鍵!」

「あっ」


ーーすっかり忘れていた。

呆れたような視線を感じる。これはどうしようもない。

ミゲルはエヴァの背中を叩き、足を止めた。


「ーー悪い!任せた!」

「任せなさい!」


エヴァは足を止めることなく、一気に加速して街中を駆けていく。


「あーあ」


その背中を見送って、ミゲルは悔しそうに声を出した。

夕食はリクエストを聞いた方が良さそうだ。



ここの市街地は、入り組んでいるようで、実はほとんどの道が中央広場に繋がっている。

それを知らないのは、外から来た人たちだけ。最近は住民の服を着ている人も増えたけど、道を知らないってことは、そういうことだ。


中央広場。さっきまであたしが隠れていた場所。

ここは絶好の隠れ場所で、しかも逃げた先にもちょうどいい。雨も風も凌げるから、夜を過ごすことだってできる。


耳障りな自分の呼吸を整える。

それにしても、今日のあのお姉さんはしつこかった。撒くまでに時間がかかったし、なんなら捕まるかもと何度も思った。

でも、なんとかなった。今日の夜は何か食べられそうだ。


お兄さんから奪い取った財布を開いてみる。

うーん、特別多くはないけど、まあいいや。キャス島の大人たちより余程持ってる。

お金の他に、身分証と何かの鍵。さすがにこれは返した方がいいかなあ。広場に置いておけば拾うかな。


「…これ、なんだろ」


何かの鍵についている、これまた何か。

ビー玉のような透き通った球体に、不思議な柄が彫られている。文字なのか、魔法陣なのか、どちらも知らないあたしには分からない。

でもなんとなく、これは持ち主に返したほうがいいかもしれない。


球体を空に透かして、その輝きに目を細める。

いいなあ、本当はこれもほしいなあ。


そんなふうに思っていたから、油断した。

あたしの首の後ろを、誰かが掴む。さっきのお姉さんだ。


「見つけたわよ、おチビさん…!」


あたしは息切れしていたのに、お姉さんは呼吸ひとつ乱れていない。

おかしいな、ちゃんと撒いたと思ったのに。


「よくも走り回らせてくれたわね。しかも、結局さっきの近くじゃない」


でもこれは、怒っているというよりどこか楽しんでいる、ような気もする。

だって、怒った大人はもっと怖い。


じっとお姉さんを見つめていると、お姉さんもあたしの目を見た。


「意外と捕まるときは大人しいのね」

「…殴らないの?」

「はい?」

「好きなだけ殴らせてあげると、大人は満足して離してくれるから」


お姉さんの眉間に皺が寄る。もったいない、美人なのに。

なにか変なことを言ったかな。わからない。


「殴るわけないでしょ。あんたみたいな子供」


お姉さんの小さな声。何で泣きそうなんだろう?泣きたいのはこっちだ、お夕飯が逃げて行ったんだから。


「あんた、名前は?」


え、と今度はあたしが驚く番。

そんなことを聞かれたのは初めてだ。ここでは、お互い名乗ることなんてないから。


なにかされるのかな、と不安もあるけれど、このお姉さんは酷いことはしない気がする。あたしの直感はよく当たる。

あたしは、数年ぶりに自分の名前を口にした。


「ティエリー。苗字は知らない」

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