ひとつめの島②
キャス島の市街地は、首都ほど綺麗ではないものの、もとが廃棄物の島とは思えないほどには整備されていた。今でもこの島の扱いはかわらず、廃棄物が運ばれてきているはずなのに、そんな様子は感じられない。
しかしよく見ると、店の看板などは廃棄物をうまく再利用して作られていることがわかる。
飲食店と町医者には何となく入る気がしないが、花屋、本屋、雑貨店など、店の種類も様々だ。
「意外と整備されてるんだな」
「島の中心地だもの。廃棄場の方が面積としては大きいはずよ」
二人がやってきた中央広場には、出店もでていた。飛行船から持って来た飲み物を片手に、二人は歩いて回る。
広場にいる大人のほとんどが、エヴァたちと同じ柄の服を着ている。一方で無邪気に走り回る子供達の中には、どこかで拾ったのであろう薄汚れた服を着ている者もいる。
「廃棄物を魔法で分解することは出来ないのか?」
「魔法はね、できないことの方が多いの。万能じゃない。大抵は、人間ができることを少し楽にしてくれる程度なのよ」
そう言われて思い返すと、リアンスで使われていた魔法も、生活に直結していることのほうが多い。
それ以上の規模になると使える人間は限られてくるのだろう。魔法専門の学校もあるくらいなのだから。
「エヴァはどれくらい使えるんだ?研究をしているって、俺たちの間では有名だったけど」
ふと疑問に思い尋ねると、エヴァはなんの抵抗もなくこう言った。
「ランス聖騎士団でトップを目指せるくらい、かしら」
「それってかなりすごいんじゃ」
「目指せるだけで、騎士団長には敵わないけどね」
とはいえ、ランス聖騎士団はリアンスでも知られる名門だ。
私はたまたま環境が良かっただけ、と彼女は続ける。
「たまたま王家に生まれて、勉強したいことは全てやらせてもらえた。そして、たまたま興味のあることと得意なことが一緒だった。もし私が料理の研究に目覚めていたら、目も当てられなかったと思うわ」
え、じゃあまさか今後料理は全部俺が、と一瞬ミゲルは頭によぎったが、口にはしない。
「私ね、人間が生きていくために一番大切なのは教育環境だと思っているの。最低限のことを学んだあとは、好きなことに好きなだけ没頭できる環境。大人になるべきタイミングも、大人になった時のスタート地点もみんなバラバラなんて不公平でしょう」
まだまだ考えが甘いって、うちの大臣には言われるけどね。
彼女はそう締めくくって、飲み物に口をつけた。
ミゲルはそれを聞いて、なぜ彼女が真っ先にこの島へ来たのかわかった気がした。
ここの子供達は無邪気だが、ほとんどに戸籍がない。今は何も知らずとも、いつか自分の境遇に気付いた時、何も思わずにはいられないだろうーーキャス島の市街地は思ったより栄えていたが、学校は存在しなかった。
今回の彼女は【名無し】としてキャス島にいるので、政治的な介入をする気はないだろう。
しかし、ここに来た経験を無駄にはしないはずだ。
「ミゲルはここをどう思う?リアンスとは全く違うでしょう」
「そうだな…正直、来てすぐに飲食店に入ろうとは思えない。どうしても島の成り立ちが頭をよぎる」
「そりゃあそうよね」
「あと…気になるとしたら、この服かな」
ミゲルは着ている上着の袖を撫でた。
ここの住民を見分けるための目印といえば聞こえはいいだろう。けれども…。
「俺は、なんとなく冷たい印象だった」
「服の柄?」
「いいや、服で人を区別することが。住民と外の人間の区別はつくけど、住民同士の区別はつけにくいだろ。」
人を相手に商売をする人間は、顔を覚えることもするだろう。
けれど、果たしてそれ以外の住民は?この服には個性がなく、住民も個性を出して着こなす者は見られなかった。
「冷たいというか、寂しいというか。どう言えばいいか分からないけど、必要以上の関わりを拒否しているような感じかな」
「…そっか。その視点は私にはなかった」
この違いは、彼と彼女の育った環境故だ。
血縁がおらず、チェリンの家族や島の人間に育てられたミゲルは、リアンス島での温かな交流を知っている。
一方でエヴァは、家族もいるし召使も多いが、庶民的な温かさには多く触れてこなかった。
「リアンスもいいところなんでしょうね」
「旅の終わりに来たら、案内するよ」
「国間通行証、持って来てないわ」
「エヴァは顔パスだろ、さすがに」
笑って立ち上がり、彼はエヴァの飲み物の容器を受け取る。
少し離れたところにあるゴミ捨て場に、それを捨てた時だった。
茂みの陰から何かーーいや、誰かーーが飛び出し、思い切りミゲルにぶつかった。
「あっ、ごめんなさい」
見ると、長い髪の少女が尻餅をついている。
ワンピースからは細い脚が覗き、すこし擦りむいたようだった。
「大丈夫ーー?」
言いながら手を伸ばすが、彼女はその手からするりと逃げ、走り去ってしまった。
「何だったんだ、あの子」
「ミゲル!」
様子を見ていたエヴァが走ってくる。
「荷物!大丈夫?」
「え?」
指摘されて鞄を見ると、何と大胆にも鞄が引き裂かれている。ーーまさか。
彼は慌てて中を確認するが、見事に財布がない。とても典型的なスリである。
「…盗られた」
「追いかけるわよ!」
「いや、でも子供だったしーー」
「関係ないわ!」
エヴァは彼の腕をぐいっと掴み、少女の走り去った方向へ顔を向ける。
「ちょうどいい、子供達にインタビューでもしましょう」
悪人のセリフじゃないか、とミゲルは心の中で呟いた。
彼女はそのまま、少女の消えた雑踏の中へ走り出す。
「付いてこられなかったら、置いていくわよ!」
およそ一国の姫とは思えない言葉と共に。




