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THIERRY〜1年間の記憶〜  作者: ナカダアヤ


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7/11

ひとつめの島①

ランス帝国のキャス島は、もともとは小さな無人島だった。

帝国の発達とともに、処理しきれなかった廃棄物が捨てられるようになり、その嵩が増すほどに肥大化していったのだ。

そしていつからか、この島には人が住み着くようになった。彼らは捨て子を育て、まだ死んでいない傷病者を癒し、徐々にその人口を増やしていった。

しかし元は無人島、まともな自治体が存在するはずもない。この島はランス帝国の中にありながら、帝国の影響をほぼ受けない社会を形成している。

一方で、社会福祉などはどうしても行き届かず、ランス政府の目下の課題は、キャス島で生まれた子供達の戸籍問題の解決だ。


自由と混沌を併せ持つこの島は、驚くほど門戸が開かれているにもかかわらず、ランスの国民が観光や興味で訪れることはない。成り立ちを踏まえれば当然だ。

そして、政府の人間もなかなか入らない。

エヴァやルイはもちろんのこと、政府の大臣でも、ここに足を踏み入れたことのある人間はいないだろう。


そんなキャス島に、一隻の飛行船が降り立った。


「飛行船と訪問者の登録をお願いします」


係留地の管理人だろうか、特徴的な模様の服を着た男が近づいてきた。

飛行船の登録など想像もしていなかったミゲルは面食らう。


「ええと、俺の名前はーー」


言いかけたところで、エヴァがすっと前に出て、ミゲルを遮った。


「飛行船【旧型】、私たちは【名無し】よ。それでも問題ないわよね?」


すると、管理人らしき男は一瞬驚いたような目をして、やがてにやりと笑う。


「この島のことをよくご存知なんですね」

「初めてだから自信はないけれどね」

「いいえ、充分ですよ。【名無し】様、キャス島へようこそ。少々お待ちくださいね」


そう言って、男は奥の小屋から小さな箱を持ってきた。

中を見ると、男が着ている服と同じ柄の上着が二着入っている。


「この島の住人は、見分けがつくよう、この服を着ています。ぜひ、ご着用ください」


ありがとう、とエヴァは礼を言い、着替えるために一度飛行船の中へ戻っていく。ミゲルは眼を白黒させながら、訳もわからずエヴァの後ろについていった。


飛行船の扉を閉めると、エヴァはふう、と一息ついてミゲルを振り向いた。


「何とかなったわね、よかったよかった」

「どういうことだ?あの人はエヴァの身分に気付いたってこと?」

「どうかしら。ひとまず一時的な住民として迎え入れられたはずよ」

「どういうことだよ?」


尋ねると、エヴァはうーん、と言葉を選びながら答える。


「ここに来る人間は、大抵何かしらの事情があるのよ。借金取りから逃げてきたとか、罪を犯して逃亡中とか。ただ、ここでは一度過去をリセットして、一から名無しの人間として人生を始めることができるの。戦闘機能のない飛行船は、持ち物としてカウントされる」


旧型はなおさら無害だしね、と彼女は付け加えた。

なるほど、故にランスの法が通じない可能性があるのか、とミゲルは理解した。

名無しと名乗ることは、この島におけるある種の住民登録なのだろう。


「キャス島の住民が似たような服を着ているのは知られているわ。だから、違う服の人間はよそ者。よそ者は殴られても盗まれても文句は言えないのが、ここのルールよ」

「ランスはそれでいいのか?」

「いいわけないでしょう。でも一応、これで秩序は保たれてるのよ。住民同士では争わない、絶対に助け合うのもルールだから」


国の法とどう折り合いをつけるかなのよね、と彼女は言う。それがどれほど骨の折れることなのか、ミゲルには想像もできない。


はい、とエヴァは彼に服を渡した。


「まずは着替えて、街中に行きましょう。ルイからもらった資料も必要最低限しかなかったから、私たちでアップデートしてあげるつもりで」


大臣の悔しがる顔が楽しみだわ、と悪い顔をしてみせるが、その表情の後ろには知的好奇心もあるのだろう。

それはミゲルも同じだ。旅に出てこんなにも早く、一人では行けなかった場所へ行くことになるとは。


二人は街に出る準備をするべく、自室へ向かうのだった。

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