出会い③
ルイ・サイラムは頭を抱えていた。
先日の彼の式典を終え、宣言通りすぐに旅に出た姉は、本当に彼以外の誰にもそのことを告げていなかったらしい。
姿が見えないと使用人たちが騒ぎはじめ、父王が何事かは察しながらも捜索隊を編成しようとしたぎりぎりのところで、彼が姉からの伝言を伝えたのだ。
旅に出ます。20歳の誕生日式典までには帰ります。19歳の誕生日式典は戻らない予定です。落ち着いたらルイに連絡を入れます。ーールイ、あとは任せた。
そう言いながらも、彼女はしっかり自分の仕事を終え、旅先でもできそうな仕事は持って出ている。準備万端だったのだ。
そんな誘拐騒動一歩手前から数日が過ぎ、ルイの映像端末に一本の連絡が入る。
待ちに待った、姉からの連絡。しかしそれは、思いもよらない報告だった。
「何を考えてるんだ!」
思わず声を荒げてしまったのも無理はない。
やっと連絡が来たと思ったら、彼女はたまたま出会った男と旅をともにすると言うではないか。
「無頓着にもほどがある!立場をわきまえるべき場所があるだろう!」
『待ってよ、怒るのはわかるけど話を聞いて』
ここまでルイが起こると思っていなかったのか、珍しく焦った様子のエヴァは、画面の外から一人の男を連れてきた。
ルイの怒号が聞こえてきたのだろう、かなり肩身が狭そうだ。
『この人。ミゲル・オガロ。あんたも噂は聞いてるでしょ、人格については問題ないし、私の敵にもならない』
「だとしてもだ!父さんにどう説明しろっていうんだよ」
『ルイのお墨付きなら何も言わないでしょ』
だめだ、こうと決めたら譲らない姉の悪いところだ。
ルイはますます頭を抱える。
エヴァは魔法の腕前も、単純な戦闘能力も高い。それは彼女の紛れもない努力の結果で、城の新人衛兵になら造作もなく勝てるし、騎士団長を唸らせる時もある。
だがそれとこれとは別問題だ。何が問題と言われると、もう何もかも問題だらけだ。
『あの…』
すると、エヴァの隣で小さくなっているミゲルが声を出した。
『ルイ殿下。万が一の時はエヴァ様のことは盾になってでも守りますので…』
「そういう問題でもないんだけど…ミゲル君、だよね。君は大丈夫なの?姉さんに振り回されてるんじゃないか?」
『…』
『…そんなことないわよ』
「姉さん…」
『…敬語はやめろって言った』
「早速無理言ってるじゃないか!」
『それだけよ、それだけ!』
初対面の、いわゆる庶民に、その要求は難度が高すぎる。
この様子では、ミゲルは渋々ながらも了承したーーもとい、拒否できなかったのだろうが。
『定期的に殿下に連絡を取るよう、私も務めます。ご心配は重々承知ですが、私もエヴァ様と共に行くことで、世界が広がると思うんです。どうか、我儘をお許しください』
誠実の塊のようなミゲルの物言い。もうルイが何を言っても無駄なのはわかっている。
そして、結局何があっても姉は自分で解決できることも、彼は知っている。
「…姉さん、定期的に僕に連絡してくれよ。父さんにはなんか、上手く言っておくから」
『ルイ!ありがとう!』
「ごまかせなくなったら容赦なく言うからな!」
『これ以上は心配させないから安心して』
満足そうにエヴァが笑う。
いつも根負けするのはルイなのだ。彼はふう、とため息をついた。
「で、姉さんたちは次、どこに行くつもりなんだ?」
『行く場所は決めてあるのよ』
『えっ?初耳だぞ』
『言わなかった?』
「姉さん…」
『ごめんごめん。次に行くのは、キャス島』
「ああ、姉さんらしいや」
キャス島は、ランスで処理しきれなかった廃棄物が集まる島だ。
それだけ聞くとゴミ屋敷だが、いつの間にかそこに人が集まり、集落を作っていた。
ランス帝国は最初こそ規制をしていたが、現在は黙認せざるをえないほど、彼らは独自の生活を築いている。
一方で、まだ整備されきっていない側面もあり、キャス島で生まれた子供たちは、大人になるまで戸籍がない場合が多いという問題もある。
見捨てられた島と揶揄されないよう、しかし彼らの意思も尊重し、一つの自治区として成立させる。それが今のランス帝国の課題のひとつだ。
『私が行って何か変えられるわけじゃないけど、やっぱりこの目で見ないことにはね』
「そういうことなら、あとで資料を送っておくよ。ミゲル君も見ておくといい」
『ありがとうございます』
「姉さんに巻き込まれた以上、出来る限りサポートするよ」
ミゲルは頭を下げた。
早速、庶民ひとりの旅では行けない場所へ足を踏み入れることになる。どんな場所なのか詳しくは知らないが、なるべく勉強しておきたい。
「あと、もし姉さんについて愚痴があったらいつでも連絡してくれ。僕も姉さんに手を焼いているから、相談相手にはなれると思う」
『恐縮です』
横でエヴァが拗ねたふりをしているが、ルイは無視することにした。これくらいの仕返しはいいだろう。
そのあとも少し言葉を交わし、ルイは映像通信を切った。
そして、椅子に深く座って背をもたれる。
正直、ミゲルが羨ましい気持ちもある。
ルイは一度としてエヴァと視察をともにしたことはないが、姉とともにいれば、学ぶことが多いのは目に見えている。
シスコンだと言われても構わない、ルイはエヴァを心から尊敬しているし、だからこそ誰よりもそばにいたいと今はまだ思ってしまう。
「あー…、いいなあ」
自分も近いうち、視察と地方自治体への挨拶回りも兼ねて、婚約者と国を回ることになるだろう。
その時、姉ほどの影響力を持てるのだろうか。
いや、持つために、今こうして努力しているのだ。
「とりあえず、キャス島の資料を送ってから…リアンスに行くかな」
ひとりごとを言いながら準備をする。
「ミゲル君か…チェリンなら何か知ってるかな」
数日後に迎えに行く婚約者を思い浮かべながら、彼は立ち上がり、姉へ送る資料の準備に取り掛かった。




