出会い②
「じゃあ、この飛行船壊れてるの?」
ひと通り話を聞き、もったいない、とエヴァは飛行船を撫でた。
「だと思うんですが…俺ーー私も機械には詳しくないので、どうして動かないのかは分からないんです。それで途方に暮れて…」
「なるほど」
彼女はぐるりと一周、飛行船の周りを歩く。
中古品と言っていたが、立派な飛行船だ。もともと欠陥があったわけではなく、厳しい飛行状況に耐えきれなかったのだろう。
「動力は魔力じゃないのね」
「はい、私には魔力がないので…なので修理も自分ではできず…」
「へえ、珍しい」
初めて知らない人に打ち明ける事情だが、口にするのがこんなに緊張するとは思わなかった。
ミゲルはエヴァとの身分差もあり、内心はらはらしながら口にしたのだが、当のエヴァはあっけらかんとしたものだ。
「魔導性じゃないものって夢があるのよね。燃料によって機体の動き方が違うらしいじゃない?」
「…お詳しいんですね」
「こういうの調べるのは好きだから」
「噂通りの勤勉家なんですね」
そう言うと、エヴァはじとっとミゲルを見た。
失敗した、これは不敬と言われるかもしれない。ミゲルは心の中で、らしくもなく神に祈った。
「噂ってどんな?」
どんな、と言われても。
「…才能に頼るだけでなく、研究にも熱心だと。公務の合間を縫って本を読んだり、寝る間も惜しんで研究に勤しんだり。エヴァ様を目標にする学生も多いと聞いています」
チェリンが自慢そうに話していたことを、当たり障りなくまとめてみる。
まあ、チェリンの場合はこのエヴァ姫語りの後に、「そのエヴァ姫に劣らない努力家で、今すでにサイラム王の右腕と言っても過言ではないのがルイ様でね」と続くのだ。少なくとも数ヶ月前までは様をつけていた。
エヴァを見ると、しっかり褒めたにも関わらず、どこか釈然としない顔をしている。
「あの…どうか…なさいましたか」
「その敬語、やめない?」
「はい?」
堅苦しいのよね、とエヴァは続ける。
「城の外を知りたいから出てきてるのに、城と同じ扱いされるの。それに私のほうがきっと年下でしょ、もっと普通に喋ってよ」
「いや、エヴァ様にそんなことは…」
「様もいらない」
「えええ…」
無茶な要求だが、これはきっと彼女も譲らないだろう。
反抗しても無駄だと悟ったのが伝わったのか、エヴァは品のよい、勝気な笑みを浮かべた。映像や写真ではあまり見られない顔だ。きっとこちらが彼女の素なのだろう。
彼女は右手を差し出した。
「エヴァ・サイラム。もうすぐ19歳よ。よろしく」
「…ミゲル・オガロ。20歳…です。」
「やり直し」
「…20歳、よろしく」
王家相手に、とまだ抵抗はあるもののなんとか敬語を外すと、エヴァは嬉しそうににこりと笑った。
ああ、美しい人だ、とミゲルは思う。
「こんな風に話せるお友達は初めてよ!任せて、飛行船、時間はかかるけど直すから!」
「直せるのか?」
「エンジンのここが、少し焦げついてるでしょ。中で熱が籠ってるのよ。それを直せば万事解決」
指摘されたところを覗くと、確かに微かな焦げがついている。
ともすれば砂埃にも見えるのに、よく気がついたな、とミゲルは感心した。彼のような素人では絶対に気付かないし、少し興味がある程度でも見つけられないだろう。
ふと視線を感じ、ミゲルはエヴァを振り向いた。
彼女はなにか含みのある笑みを浮かべている。
「エヴァ様?」
「なあに、ミゲル様」
「…エヴァ、何か言いたそうだけど」
「そうね」
少し考えて、彼女は言う。
「ミゲルは世界旅行をするんでしょ?私も色々なところに行きたいし、飛行船を直す代わりとは言わないけど、一緒に行動してみない?」
「荷が重すぎないか」
「地図に載っていない場所で、魔法陣を使えないと入れないところも、私なら案内できるわよ」
うっ、とミゲルは言葉に詰まる。
エヴァの言うとおり、古代遺跡などは入場券代わりに魔力の登録が必要なところもある。地図に載っていない場所も含めるならば、彼女と共にいるほうが行動範囲が格段に広がる。そう思うと気分は高揚する。
しかし、相手はこの国の第一皇女だ。なにかあったら死罪どころの話ではない。
いや、そもそもこれを断ったら不敬罪になるのか…?と、あらぬことをミゲルは考えてしまう。
考え込むミゲルを見ながら、エヴァは穏やかに微笑んでいた。
得体の知れない相手ならともかく、彼は見るからに善良だ。というか、本人は知らないだろうが、「リアンス島のミゲル」は政治に関わる人間の間で有名なのだ。なにしろ、リアンスでは唯一の、魔力を持たない人間。
存在だけなら、ランス帝国の政務に関わる者全員が知っているだろう。
加えて、その人柄についても、以前リアンスへ視察に行ったルイから聞いていた。
自分の境遇を嘆かず、目の前の出来ることを堅実にこなすらしい。人を放っておかないくせに、本人もどこか放っておけない雰囲気の青年らしいと。
図らずも、互いに名の知れた者同士が邂逅することとなったのだ。
「いいよ、お供します、お姫様」
「そうこなくっちゃ!」
改めて、二人は握手を交わす。
よし、とエヴァは気合を入れて、飛行船に入っていいかと尋ねる。答えはもちろん、オーケーだ。
意気揚々と飛行船に入り、中の様子に歓声を上げるエヴァ。こうしていると、まるで普通の少女のようだ。
「そうだ、あとで弟にだけ紹介させてね。誘拐犯じゃありませんよって言わなくちゃ」
「それは是非ともお願いしたいな…」
俺は食事の準備でもしておくよ、とミゲルは彼女に背を向けた。
これからが楽しみだ。そう思っているのはきっと、二人ともにだろう。
感想などいただけたら励みになります!




