ふたりの場合②
リアンス島。
人口数百万人の、島にしては大規模な、しかし国としては小規模な島国だ。
「国」と称しているのも便宜上で、ランス帝国のように誰かが島を統治しているわけではない。
島民の自主性と良心に基づいた、完全中立の島だ。
その歴史はランス帝国の何倍も長く、古くは中立者として数々の争いを記録する立場を担っていたーーというのは、もう昔の話。
現在はランス帝国とも良好な関係を築きながら、中立を謳っている。
とはいえ、外の世界に興味がないわけではない。特に今日は、島民の多くが映像通信機に釘付けになっていた。その理由はーー。
「ほら!ルイが映ったー!」
本日誕生日を迎える第一皇子、ルイの誕生式典は、ここリアンスでも中継されている。
国民に手を振るルイの姿が映し出されると、少女は黄色い声を上げた。その横で、おろおろとする青年の姿。
「チェリン、好きなのは分かるけど、さすがに呼び捨てはまずいんじゃ…」
「ミゲル兄、ダメだよそれじゃ!慣れてね!」
「慣れてはいる、慣れてはいるけど…」
15歳の少女チェリンと、20歳の青年ミゲル。
二人はリアンス島で、兄妹のように育った。というのも、ミゲルの両親は彼が幼い頃に亡くなり、島の長を務めるチェリンの祖父が彼を引き取ったからだ。
チェリンは年頃の少女らしく、ここ数年はランス帝国の第一皇子に夢中だ。それは島でも有名で、彼女のこの興奮振りは皆の予想の範囲内であった。
皇子の横に並んでいた第一皇女が映像に映る。
「エヴァ姉!」
これにはミゲルもぎょっとした。
中立のリアンスだが、決してランス帝国に対して敬意がないわけではない。チェリンも島でかなりしっかり教育されており、かなり頭のいい少女なのに、どうしてこうなるのか…。
「エヴァ様をそんな呼び方しちゃだめだぞ」
「ふふふ、いいのいいの」
軽く嗜めてもこれである。
何か含んだような言い方でミゲルの言葉を受け流したチェリンは、にっこり笑ってミゲルを見た。
「今度、ミゲル兄だってびっくりするんだから!」
きっと、何か第一皇子にかかわる大きな話題でも拾ったのだろう。
ミゲルがため息をつくと、奥の部屋からチェリンの祖父が顔を出した。
「ミゲル、ちょっといいかね」
「じっちゃん、どうした?」
「うむ…少し、外に出ないかね。チェリン、お前はどうする」
頭に疑問符を浮かべて、ミゲルは頷く。
チェリンを振り向くと、彼女もこちらを見て、心なしかむっとしている。
「ちょっとだけ待って!もう少しだけ中継見させてよ!」
「と言ってもなあ、急いだほうがよさそうなのだよ」
「…録画する…」
渋々彼女は映像通信機を録画モードに切り替えた。
この作業は、ミゲルには出来ない。なぜならこの通信機は魔導性で、ミゲルには魔法の源である魔力が一切ないからだ。
人類の99%が魔法を使える今、ミゲルのように一切魔法を使えない人間はとても珍しい。
ランス帝国のように人口が多ければ、それによる差別もあり得るかもしれないが、ここは小さなリアンス島。ミゲルは珍しいだけで他の島民と変わりないと、誰もが知っている。
そして島民は皆、魔法が使えずとも、血縁がいなくとも、何事にも一生懸命なミゲルを好いていた。
三人は家を出て、少し離れた広場へ向かう。この広場は、島民代表の会議に使われたり、学校行事にも使われる場所だ。
そして、そこにあるものに、ミゲルは思わず目を見張った。
空を覆うように大きな飛行船。きっと、軽く十人は乗れるだろう。
そして、数百万人の島民から今季選ばれた、島の代表たち。
チェリンたちはミゲルを少し追い越すと、振り返って笑顔を向けた。
「ミゲル兄、遅くなったけど、成人おめでとう!」
ミゲルの誕生日は先月だった。
その時もチェリンたち家族に祝ってもらったので、追加で、しかもこんな島の代表たちにまで祝われる理由はないのだが…。
「お前がいつも島の細かいことをやってくれるから、俺たち感謝してるんだぜ!」
棟梁風の男が言う。家を作るときに人手が足りないからと手伝った男だ。
「お前さん、昔っから言ってたろ。世界旅行をしてみたいって。だからなあ、島民でちょっとずつ金を集めて、でかいプレゼントをしようって思ったんだ」
一緒に蜂の巣を駆除した男が言う。
「中古品だから、魔導性じゃないんだよ。うちの亭主が見つけたのさ。あんたにぴったりだろ」
大家族のパン屋の女将が言う。末の五つ子の世話をして、とても感謝されたことを思い出す。
「皆さん、ありがとうございます…!」
断ることはできない。ずっと諦めていた夢を、皆が叶えようと奔走してくれたのだ。
自分がそれに値する働きをしたとは思わないが、この人々の温かさが好きで、彼はずっとリアンスで生きていけた。
涙を堪えていると、チェリンが目を輝かせながら寄ってきた。
「ねえ、折角だから中を見てよ!」
皆に促され、ミゲルは飛行船に乗り込む。
本当に中古なのか疑うほど、船内は整備されていた。個室もいくつかある。
キッチンまで完備してあるのだから、もとは相当いい値がついていただろう。
ひと通り見て回って、操縦室へ。ここも整えられている。今すぐにでも出発できそうだ。
操縦席から広場を見て、皆に手を振ろうとしたときだった。
ふわり、と身体が浮く感覚。飛行船が音を立てて、発進しようとしている。
はっとして広場を見ると、にこやかに笑う島民たちの後ろで、チェリンの祖父が魔法陣を発動させていた。
「じっちゃん!? どうして…」
思わず窓を開け、抗議する。
発進させるだけなら、もちろん魔法でも可能だろう。しかしそもそも、ミゲルは出発の準備もできていない。
何も言わないチェリンの祖父に代わり、チェリンが大声で答えた。
「すぐに出発できるように、全部準備してあるから!」
「そういう意味じゃない、なんで今すぐ発進させるんだ!」
「ミゲル兄はきっと、もたもたするでしょーっ!」
その声と同時に、風が巻き起こり、飛行船が舞い上がる。ミゲルは慌てて窓を閉めたが、まだ納得がいっていない。
『飛行船、発進します。行き先はーー』
機械のオペレーションの声。
きっとすぐに戻っても強制的に出発させられるだろう。ならばしばらくは旅をして、戻ったときにこってり絞るとしよう。主にチェリンを。
半分諦め、しかしどこか高揚した気持ちで、ミゲルは操縦席に腰を下ろした。
「…行っちゃったね」
はるか彼方を飛んでいく飛行船を眺めながら、チェリンはぽつりと呟いた。
「これでよかったんだよね、おじいちゃん」
「ああ、あいつを巻き込むわけにもいかないからな」
ミゲルの行き先と反対側から、物々しい戦車の音がする。あれと戦うには、魔法の使えないミゲルは非力すぎた。
「ランス軍が来るまで、いっちょ頑張ろうぜ!」
男たちの雄叫び。
映像通信機の向こうでは、サイラム王家が笑顔で手を振っていた。
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