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THIERRY〜1年間の記憶〜  作者: ナカダアヤ


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2/11

ふたりの場合①

ランス帝国。その日は、国中が祝福の空気に包まれていた。

帝国を治めるサイラム王家、第一皇子のルイが、16歳の誕生日を迎えるのだ。

城の庭園には、この日のために抽選をくぐり抜けた国民達が集まり、王家を一目見ようと待ちわびている。

城の外でも、多くの人々が家の屋根に登り、双眼鏡を構えている。


そんな中、本日の主役であるはずのルイは、足早に廊下を進んでいた。目指すは姉、エヴァの部屋だ。


「姉さん!」


扉を叩くと、ルイよりほんの少し大人びた少女が顔を覗かせた。


「どうしたの、ルイ」

「どうしたの、じゃないだろ! 今日は式典があるから、魔法の研究は程々にしてくれって言ったのに」


あら、とエヴァは時計を見る。

時間を区切るつもりが、いつの間にか没頭してしまったらしい。


「ごめんなさい、すぐに準備するわ」

「間に合うの?」

「いつものことだから慣れてるわ」

「慣れないでくれよ…」


そう言いながら、ルイは遠慮なくエヴァの部屋に入る。姉はカーテンの向こう側で準備をするし、何より会場まで一緒に行ったほうが早い。


「『呪いと魔力の相乗効果について』…」


読みかけのまま置かれている論文に視線を落とす。

このテーマは、エヴァの魔法研究の主軸だ。呪いという形で何かしらの負荷をかけると、かけられた本人の魔力は一定条件のもと増幅する。

エヴァはこの研究をもとに自らの魔力を増幅させ、18歳ながら、ランス帝国で随一の魔力を持つようになった。魔法の腕前も天才との呼び声がある。

ルイにとっては尊敬できる姉であるが、同時に悩みの種でもある。それは父王にとっても同じらしく、ルイは父王から姉についての相談をされることすらある。


「父さんに聞いたけど、ついに旅に出るんだって?」


先ほど父王が呟いていたことを、本人に問いかける。


「遅すぎるくらいよ。二十歳になる前に見聞を広げなきゃ」

「…王位につくのは僕なんだけど」

「なに、心配してるの?」


カーテンを少し開けて、エヴァがいたずらっぽく顔を覗かせる。

王位の心配などしていない。姉が自分を信頼してくれているのは知っているし、ルイ自身も王位に就くための努力を怠っていない自負はある。

それはエヴァも分かっているだろうから、この質問にまともに答えるのは愚策だ。からかわれるのがオチである。


「前から思ってたんだけど、視察じゃだめなのか?」

「父さまと同じこと言うのねえ」


甘い甘い、と心の中で呟いているのが聞こえてくる気がする。


「視察じゃ、護衛がつくでしょ。それじゃ本当の国の生活は見えてこない。あんたの護衛を外して、万が一があったら遅いじゃない。私がお忍びで行くのが一番よ」

「なるほど、そうやって父さんを丸め込んだわけか…」

「人聞きの悪い」


カーテンの向こう側。着替えの音。

エヴァは着替えに召使いを使わない。それは彼女の事情ゆえだとルイは知っているが、それを知らない城の人間から見れば、なんでも一人で出来る優秀な皇女なのだろう。


姉が必要以上に自分の傷を晒したがらないのは、よく知っている。だから余計な無理をするのではないかと、それが心配なだけなのだ。


「お忍びは、姉さんには無理だと思う」


なんでよ、とカーテンの向こう側。


「姉さんは自分の人気に無自覚すぎるよ。いくら肖像画を嫌がっても、姉さんの顔はみんな知ってる」


言いながら、多分眉間にぎゅーっと皺を寄せているんだろうなあ、と想像する。

時折式典で見せる姿だけでも、彼女の気さくさや明るさは充分国中に伝わるのだ。加えて研究者としての顔もあり、彼女に憧れる国民は少なくない。


「とにかく、それでも、行くって決めたの。式典が終わったら」

「…式典が終わったら?」


聞き捨てならない言葉に思わず聞き返してしまった。

嘘だろ、それってつまり…。


「そうよ、今日、このあと」

「父さんには」

「言ってないけど、城からいなくなってたら察するでしょ。ルイには伝えたし」

「伝書鳩扱いかあ」


彼女はこうと決めたら絶対に押し通す意固地な性格だ。こうなっては、ルイが何を言っても無駄なのだろう。

王族の自覚は彼女にももちろんある、けれどそれ以上に彼女は自由なのだ。彼女がいない間、今まで彼女が担当していた政務はルイが引き受けることになるが、そのあたりも抜かりなく準備してあるのだろう。


ああ、胃が痛い。

そうこうしているうちに、カーテンが開き、すっかり皇女然としたエヴァが出てきた。


身内贔屓だと言われてもいい、エヴァは美しいと、ルイも思う。

姉弟で同じ茶色がかった髪の色に、母譲りの深い紫の瞳。ずっと伸びた背筋。彼女の高貴さを引き立たせている。


どんなドレスでも着こなせる彼女だが、どんな時でも身につけているものが一つある。左手の、革製のグローブだ。

指先だけ覆われていない形のそれは、何度かデザインを変えて、ルイが8歳の時、つまりエヴァが10歳の時から彼女のトレードマークのように常に彼女と共にある。


「姉さん、それをつけてたら、身元なんて余計にわかりやすくなるんじゃないの?」


エヴァが言うには、彼女はこの左手に、自らの研究する「呪い」を付与したらしい。

左手を使って魔法を使うと、その威力は相当なものになるのだが、身体が慣れていないため使わないようにグローブをしていると。

そう聞かされたのはいつのことだったか、しかしルイは彼女のその言葉の全てを信じてはいなかった。

何かにつけて姉が強がるようになったのも、その頃からだからだ。


「…外して、行ったら?」


この言葉は賭けだ。

もしかしたら旅に出る前に、この呪いについて聞かせてくれるかもしれない。

しかし、ルイの期待はエヴァの微笑みであっさり流されてしまった。


「慣れちゃったんだもの。今更外すほうが不便よ」


今はまだ話さない。そう言われた気がする。

ここも現時点では譲ってくれないようだ。


「とにかく、式典は最後までちゃんと出てくれよ」

「任せなさい。あんたの婚約発表を見るのが今日一番の楽しみなんだから」

「…ああもう、父さんか…!!秘密にしてくれって言ったのに…!!」


眩しいほどの笑顔で、エヴァはルイに笑いかけた。

エヴァに人気があるだけではない。国民の中では、この姉弟が並んでいるだけで幸せ、という声も聞かれる。それほどこの二人はお互いを尊敬し、仲がいいのだ。


「その子、一年後には城で暮らしてるんでしょう? 帰ってきたときの楽しみにしておくから、振られないように頑張って」

「縁起でもないこと言わないでくれ!」


二人で騒ぎながら、城の広い廊下を進む。

皇太子ルイの、16歳の誕生式典は間もなくだ。

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