二日目の朝
キャス島二日目。
一日目がそれなりに濃かったので、二日目はティエリーに案内をしてもらうことになった。
ティエリーはここでまともな食事をしたことがないらしいので、食事は彼女の気になる店に入り、費用は全てエヴァとミゲルで支払うことにした。
「問題は服ね。ティエリー、キャス島の人たちと同じ服、ほしい?」
出かける準備をしながら、エヴァはティエリーに尋ねた。
エヴァとミゲルは来島した時に住民の証である揃いの服を貰っているが、ティエリーはそれを着ていない。もし必要なら、案内の例も兼ねて買い与えたほうが、今後の彼女のためだろう。
ティエリーは薄汚れたワンピースの裾をぎゅっと握った。
「あたしは…これがいい。ここに連れてこられたとき、渡された服なんだ」
連れてこられた、ということは、ある程度自分の状況がわかる年齢の時に親と離れたのだろう。
捨てられたのか売られたのか、それは分からないが、深く聞かないほうがよさそうだ。
ならばどうするべきか、ミゲルが考えるより早く、エヴァが言葉を発した。
「わかった、じゃあ私もいいわ」
彼女はそう言って、干してあったキャス島の服ではなく、畳まれていた私服に手を伸ばす。
「あの服だと生地がゴワゴワすると思ってたのよね」
取り出したのは動きやすそうなパンツだ。ミゲルとしても、サイズがあっていなかったので動きにくかった。
エヴァがなんの恥ずかしげもなくその場で着替え出すので、ミゲルは慌てて彼女に背を向けた。
「大丈夫なのか?部外者は襲われるんじゃ…」
「逃げ道はティエリーが知ってる。道さえわかれば捕まるわけないでしょう。あなたたち二人、抱えて走ったって逃げ切れる自信があるわ」
それに、と彼女は続けた。
「せっかく身分を隠してるんだし、喧嘩を買ってみるのも一興かと思って」
「それだけはやめてくれ」
何かあったら、ルイに顔向けができないのはミゲルのほうだ。最悪極刑である。
彼女の奔放さに深く息をつき、ミゲルも私服に手を伸ばした。もちろん、彼は自室で着替えるつもりだ。
「そうだ、ティエリー」
自ら危険に突き進んでいく二人を見て言葉を探していたティエリーに、エヴァが声をかける。
「趣味のいい服屋にも案内してちょうだい。大事な服なら大事に着なくちゃ」
それを聞いて、ティエリーは面食らった。
ーーみすぼらしいとか、言わないんだ。
新しい服を買ってくれるということだろう。でも、一方で今の服は捨てなくてもいいと伝えてくれる。
ーーお姫様の好きそうなお店、あるかなあ。
今まで服に興味を持ったことがなかったので、思い出さないと案内できないかもしれない。
ティエリーは頭の中で、街の地図を広げた。
*
飛行船から出てきた三人を見て、昨日服を渡してくれた管理人は目を丸くし、意地悪く笑った。
「万が一があっても、ランス軍に攻められる謂れはありませんからね」
「何の話? 私は【名無し】だって、昨日言ったでしょ」
ミゲルはそのやりとりを聞いて察した。きっとこの男は、エヴァが誰なのか気付いている。
身分を盾にするならば反感も買うだろうが、エヴァは本当に、ひとりの余所者としてキャス島に挑むつもりだ。
「あなたこそ、この程度で顔に動揺が出るんじゃまだまだね」
しかも煽っていく。ミゲルは思わず息を呑んだ。
映像で見ていた姫様と違い、案外好戦的な一面があるのだ、この皇女は。
エヴァの横顔を盗み見ると、彼女はどこか楽しそうに口角を上げている。今まで城の中で蝶よ花よと育てられたとは到底思えない。
「なあ、もしかして、城の中って継承権争いとかでギスギスしてる?」
小声で尋ねると、エヴァは、はあ?と、とても心外そうに眉を顰めた。
「いや、城で育った人間のする顔じゃないなって」
「性格が悪いって言いたいの?」
「断じて違う」
むっとした顔のままだが、エヴァは少し考える仕草をした。
「何もしなくても生きていけるって、やってみると退屈だし怖いわよ」
それが何な対する答えなのか、ミゲルにはわからないが、王族にも王族の悩みがあるのだろう。
ミゲルはそう解釈し、ふうん、と再び前を向いた。
ティエリーだけは、その二人の会話を聞きながら、一瞬、エヴァの拳に力が入ったのを見逃さなかった。




