表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
観測者は夢を見る  作者: 東雲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/7

日常編 Ep.02『すばらしいひび』

波琉は、神世ガーデンの夢を見た日曜日は何もやる気が起きず、

ひたすら家でダラダラと過ごした。

手持ち無沙汰になって再度「無野村」について検索したり、

神世を検索してみたりしたが、収穫は全く無かった。

「くぁ……」

欠伸を噛み殺しながら登校する。

本日は四月二週目。

高校最後の一年の幕開けに相応しい、小春日和の暖かな日だ。

波琉の通う鴨宮高校は、進学校という訳でもない。

かといって落ち零れが集まる学校という訳でもない。

ただの田舎の公立高校である。

都内の大学を狙う生徒もいるにはいるが、

ほとんどは地元の大学を志望している。

ごくわずかに地元企業へ就職する生徒もいる。

「でけぇ口あけてンじゃねぇよ」

後ろから声を掛けてきたのは、身長一八〇センチ近い大柄な男だった。

「あ?……おう、ケンちゃん」

ケンちゃんと呼ばれたその大男は、津村健司つむら けんじ

地元企業に就職予定の“ごくわずか”の一人である。

「お前だけだわ、未だに俺ン事ケンちゃんとか呼んでくれるの」

たはは、と力なく笑う健司。

「ケンちゃんはケンちゃんだろ。何言ってんだか」


健司との付き合いは、もうかれこれ十年以上になる。


中学時代からの悪友が健一なら、

小学校時代からの戦友が健司である。


鴨宮高校三大残念男子の一人であることは、ここに記しておく。

ちなみに三人目は、何を隠そう宇都宮波琉である。


「波琉は変わらなくて安心するわ……《《あれ》》以来、腫れ物に触るみたいにみんな接してくるからな」


「あー。《《あれ》》は不可抗力だろ……」


《《あれ》》とは、今から半年前の出来事である。


健司の通う道場の娘が、地元の有名な不良集団に絡まれたのが発端だった。


どうやら喧嘩自慢の不良が道場破りめいた真似をしたらしく、

健司が一方的に叩きのめしたらしい。


一応フルコンタクトではないので寸止めではあったが、

反撃の余地すら与えなかったという。


それに怒りを燃やした不良少年は、

よりによって道場の一人娘に因縁をふっかけ――


ヤンキー漫画のような展開だが、事実である。

廃工場(この時代にまだあるのか廃工場)に拉致られ、

娘さんが今まさに――という時に健司が到着した。


ブチ切れた健司が大立ち回りを演じ、

見事、不良集団は壊滅しましたとさ。


めでたしめでたし。


……とはいかなかった。


どこからか学校にその話が漏れ、

健司は一ヶ月の停学処分。

空手部もクビになり、見事に“悪漢”のレッテルを貼られることとなった。


話を聞いた波琉と健一が学校に直訴しようとしたが、

健司の「いいさ、悪いのは俺だ」の一言で引き下がらざるを得なかった。


こうなると頑ななのは、長い付き合いでよく分かっている。


頑なで、固くて、でも――いい奴だ。


「そんな事より……波琉、お前まだあの夢見てるのか?」


どきり、と心臓が跳ねた。


「夢は……うん、見てるよ。相変わらずわけわかんねぇ夢だよ」


「ふーん、そっか」


健司は興味なさそうに返す。


随分前に、波琉は健司に夢の話をしていた。

退魔剣士だとか、超能力探偵だとか、冒険者だとか――

普通に聞いたら黒歴史一直線の内容だ。


だが健司は一度も笑わず、

「なんでそんな夢を見るんだろうな」と一緒に悩んでくれた。


空手の師匠にスピリチュアルな知り合いがいないか探してくれたり、

駅前の胡散臭い占い師に一緒に行ってくれたりもした。


結局、スピリチュアルな人は見つからず、

占い師はただの詐欺師で散々な結果だったが。


「なんだよ、なんかあったのか?」


「いやぁ……俺もこないだ夢を見てさ」


その瞬間、心臓が跳ねた。


無野村の異変に《《ケンジは出てこない》》はずだ。

関係ない。

その後の守銭奴の話にもケンジは――


思考が一瞬、眩む。


『はん、霊刀持った程度で粋がるんじゃねぇよ……男なら拳で勝負しろや』


違う。このケンジは健司じゃない。


『探偵さんよ……何も本音が、正論が正しいって訳じゃあねぇんだよ』


違う。このケンジは健司じゃない。


『さっさと行こうぜ! あと少しで魔王城なんだ』


違う――違う、違う、違う――!


ありとあらゆる“ケンジ”が、

コマ送りの映像のように脳内に流れ込み、消えていく。


「おい波琉! 大丈夫か!?」


健司の声で現実に引き戻される。


「え、あ……おう。何がだ?」


「お前……顔、真っ青だぞ……?」


薄ら寒いものが背筋を撫でた。


(なんだ……これ……)


そのまま、意識が闇に落ちた。


「おい! 波琉!? おい!! 大丈夫か!?」


健司の声が遠くで揺れる。

その声に合わせて――ビシリ、と何かに亀裂が走るような音がした気がした。


『修正率が一気に33%上昇……観測者ウォッチャーの精神に多大な負荷が掛かってる……

 だけど、ごめんね……貴方を巻き込んだのは私達だけど……修正は必要なの……』


ポロリ、と涙が零れ落ちる。


『……感情を切り離します。…………切り離し完了』


銀髪の女神の表情が、切羽詰まったものから――

一瞬で、無機質な仮面のような顔へと変わった。


『目覚めなさい、観測者ウォッチャー


***


目が覚めたら、そこは保健室だった。


消毒薬の独特な匂いが鼻をつく。

天井の白い蛍光灯がじんわりと滲んで見えた。


「目が覚めた?」


シャッ、とカーテンが開く。

保険医の先生が覗き込んでいた。

優しげな瞳のおばちゃん先生で、親身になってくれると評判の人だ。


壁の時計は9時半を指している。

登校してから考えると――およそ一時間ほど意識を失っていたらしい。


「……うん、大丈夫そうね?」


先生はほっと息をつき、軽く笑った。


「今から教室に戻っても一限の途中だから……そうね、二限の前には戻りなさい。

 それまでは……はい、サボろう」


コーヒーの入った紙コップを差し出してくる。


「あ、あざます」


クスクスと笑う先生。

自分の机に戻り、コーヒーを飲みながら何か作業を始めた。


邪魔するのも悪いと思い、波琉はベッドに腰掛けてスマホを開く。


メッセージが八件。

健司から、雄一から、そして――母から。


四年生の時に溺れた事故以来、母はすっかり心配性になってしまった。

メッセージの内容は他愛もない。

「帰りにマヨネーズ買ってきて」とだけ。


どうやら学校から親への連絡は行っていないらしい。


ほっと胸を撫で下ろす。


(他のメッセは……と)


メッセージアプリを開き、一覧を確認する。


その中に――見覚えのない相手からの通知があった。


(なんだこれ……スパムか?)


---


Message


Porta mundi aperta est.

Observator.

Oculi tui mundum creant.

Vide, aspice, intuere.

Deus somnians exspectat.


---


(手の込んだ悪戯かな……)


シュッとスワイプして削除する。


「メッセージを削除しました」の文字と、

ゴミ箱のアイコンが画面に表示される。


ふう、と一息つき、温くなったコーヒーを一気に飲み干した。


「ごちそうさまでした」


ベッドから立ち上がり、流し台にカップを置く。


「変だな?って思ったら、またおいでなさい。

 本格的に体調が悪くなったら病院行くのよ?」


「うす」


短く返事をして、保健室を後にした。




教室に向かうと、雄一が相変わらずヘラヘラしながら近寄ってきた。


「お、上手いことサボったねぇ……と、言いたいけどぶっ倒れたんだって? 大丈夫か?」


片手をまだ吊っているが、雄一はいつも通り元気そうだ。


「もう一時間くらい寝ればよかった……夢見が悪いもんでな」


「あー、週末か。相変わらず?」


雄一には前に夢の話をしているし、

月曜に体調を崩しがちなことも長い付き合いで知っている。


「宇都宮くん……なんか悪い夢でも見るの?」


黒銀のボブヘアの少女――竜胆愛が会話に入ってきた。


「悪いっていうか……まぁ、変な夢を子供の頃から定期的に見るんだよ」


「予知夢的な?」


「んー、予知夢とはちょっと違うかなぁ」


コホン、と咳払いが聞こえる。


「お前らな……授業はとっくに始まっているんだが?」


現国の担当教員――担任でもある先生が、大げさに咳払いをした。


「え……?」


三人の声が重なる。


「早く席につかんかぁ!!」


担任の怒声が教室に響いた。


***


その後の授業は特別なこともなく、いつも通りに進む。

数学、英語、日本史……眠気を誘うラインナップだが、

一限をサボった手前、今日くらいは真面目に受けようと必死になった。


そして、昼休み。


朝から調子が良くなかったせいもあり、弁当を食べる気にもならず、

中庭でパックのジュースを飲むだけにした。


「お、波琉。もう大丈夫なのか?」


筋骨隆々の大男――健司が、大量のパンや握り飯を抱えてやってきた。


「相変わらず物凄い食欲だな……俺の三日分は食ってるぞそれ」


「いやいや、食わなすぎだろ」


「お前が食い過ぎなんだって……あーでもデカいからな、お前」


妙に納得してしまう。

デカいということは燃費が悪いということだ。


健司は焼きそばパンだろうか、コッペパンを二口で平らげ、

次の握り飯の封を切る。


「そういえばさ」


咀嚼しながら、次のパンの袋を破りつつ健司が続ける。


「最近、あいつらまた出てるみたいなんだわ」


思わずジュースを飲む手が止まった。


「アイツらって……あの?」


「おう、あのクズども」


恐らく、例のゲーセンにたむろしている前時代的不良集団のことだろう。

半年前に健司にボコられてから、この町には近寄らなかったはずなのに。


「雄一とお前はアイツらに面割れしてる可能性があるから……気を付けてくれよ」


「安心しろ! 俺は真っ先に逃げるから」


胸をどんと叩き、情けないことを堂々と言う波琉。


健司は呆れた顔で「お前はそういうヤツだよ」と言いながら、

次のパンを開けるのだった。


***


火曜日は特に何も起きず、

普通に授業を受けて、

普通に雄一と無駄話をして、

普通に一日が終わった。


無野村について調べても進展はない。

直接行くしかないのだが、電車代が捻出できない。

自転車で行くには距離が厳しい。


マップアプリと睨めっこしているうちに、火曜日は終わった。


そして水曜日――つまり今日。


授業が終わり、放課後となり、

今は本屋にいる。


竜胆愛と二人で。


何が起きたのか、波琉自身も混乱の極みにいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ