現代編 Ep.01『かわるせかい』
ここから3話が現代編です
(そんなバカなはずがない)
波琉はテレビの画面を食い入るように見つめる。
だが、当然ながら番組は何も変わらない。
女性アナウンサーが何か説明しているが、まったく頭に入ってこない。
「この無野町には伝説がありまして――」
(なんだこれ……そもそも無野町なんて場所、知らないし。
存在しなかったはず……)
ポケットからスマホを取り出し、震える指で検索する。
【無野町 伝説】
――東京都〇〇市無野町
鬼神を連れた天女が神馬の使いと共に悪鬼から救ったという伝説が残る村。
その鬼退治の際、一匹の狸が協力し、天女にこの地を守るよう命じられ建立されたのが狸吉神社である。
この神社に祀られている狸吉さまは、地元民からは愛称の「たぬ吉さん」と呼ばれている。
波琉はあまりの衝撃に、スマホを取り落としそうになった。
(知らない……こんなの全然知らない。
前に夢を見た時、“無野村”ってワードを検索したことがあるけど……
唯一出てきたのは、江戸中期に滅んだ村ってだけだったはず……)
ずきん、とこめかみが痛む。
「何ボケっとしてんのよ! さっきから聞いてるんですけど?」
パコン、と丸めた雑誌で頭を小突かれる。
「朝ごはんはどうするの? パン? ご飯?」
母が鬼の形相で睨んでいた。
「あ、ぱ……パンで」
やっと絞り出した声は、きっとひどく情けなかった。
(陰鬼よりよっぽどおっかねぇな……)
朝食を食べ終え、自室に戻る。
スマホで無野村の検索を続けてみるが、出てくる情報は先ほどと全く変わらない。
それとなく母に無野町について聞いてみたが、特に目新しい情報は得られなかった。
(って事は……おかしいのは俺って事か)
妙に冷静で、妙に肝が据わっている自分に気づく。
まるでハルのようだと思ったが、慌てて頭をぶんぶん振った。
(ん……? この町にも図書館があるのか)
地図アプリを眺めていた波琉の目に、図書館のアイコンが止まる。
(ネットに載ってない情報がある……か?
いや、でも調べてみる価値はある)
そう思い立ち、波琉は図書館へ向かうことにした。
***
波琉の住む町はそこまで広くはない。
ただ、主要電車が停まる駅があるため、駅前はそこそこ拓けている。
図書館もその駅前の一角にあった。
歴史はそこそこ古く、建物もどこか古臭い。
何か用事でもない限り、まず近寄らない場所だ。
併設された駐輪所に愛車を停め、図書館へ向かおうとした時――
前から来る少年にふと目が留まる。
雄一だ。
同じクラスの残念男子、御影雄一。
「あれ? 波琉? どしたのこんなとこに」
右手を三角巾で吊っている。
その怪我を見た瞬間、昨夜の夢が脳裏に重なった。
「お前、そのケガ……どうしたの?」
「え? あぁ、これ? この天才剣士たる御影雄一様がまさかの凡ミスよ!
昨日の稽古中に突きを肩で受けちゃってさー。今病院行ってきた!
骨に異常は無いから、2〜3日安静にしてろってよ」
どきり、と心臓が跳ねる。
右肩の怪我。
ユウイチと同じ箇所に受けた怪我――。
ゴクリと生唾を飲み込む。
「いやー、剣道歴十年のこの俺もこんな凡ミスやらかすんだな!
天才と言え油断は出来ねぇぜ」
「お、おう……そうだな」
目の前のおちゃらけた少年と、
夢の中の真面目で頑固な剣士は似ても似つかない。
だが――
どこか、雰囲気というか、醸し出す空気が似ている。
「まぁお前もケガには気を付けろよ~!
絶対安静の俺は絶対安静にしてるわ!
また月曜に学校でな!」
無事な方の手をひらひらと振り、
まるで嵐の過ぎ去ったかのように雄一は立ち去っていった。
「偶然……にしちゃおかしいよな……」
雄一の背中を見送りながら、波琉は小さく呟いた。
*****
結論から言うと、無野村という村は江戸中期から実在していた。
地図帳、古地図、伝記本――
どの本を読んでも、必ず“無野”という村、もしくは町が出てくる。
詳しく調べてみると、
博徒が居着いて用心棒のようなことをしていた、とか、
鬼神信仰が盛んだった、とか、
そんな記述がいくつも見つかった。
影に住む鬼を、太陽の鬼神が天女と神馬の力を借りて退治した――
そんな伝承も多く残っている。
(これは……否定のしようがない)
飲み込むしかなかった。
現実として受け入れるしか、なかった。
次いで波琉が手に取ったのは「夢」についての本。
予知夢、予言、都市伝説めいた書籍の数々。
本気で信じているわけではない。
だが、読まずにはいられなかった。
第一、予知夢と言うにはおかしすぎる。
未来の出来事を夢に見るのではなく、
過去の出来事を夢に見ているのだから。
結局この日は新しい情報は手に入らず、
夢について何か分かるという事も無かった。
(……一度、狸吉神社には行ってみても良いかな。
タヌ吉は気づくかもしれない)
そんな事を考えながらスマホをいじっていると、声を掛けられた。
「宇都宮くん……だよね?」
顔を上げると、黒髪なのに光の加減で銀色が差す――
どこか不思議な髪色の少女が立っていた。
竜胆愛であった。
「あ、えと……竜胆さん? 何でこんなトコに?」
「引っ越してきたばかりだから……色々探しておきたいなって思って」
朗らかな笑顔。
あの少女と同じ笑顔。
(やっぱり似ている……アイどのに、似ている。よな)
思わず、まじまじと見つめてしまう。
「えっと……そんなに見られると、少し恥ずかしい……かな」
愛は、えへへと頬を染めてはにかんだ。
「いや、その……ご、ごめん。
竜胆さんは本とか読むの?」
バツが悪くなり、波琉は急に話題を変える。
「うん。割と好きかな……ミステリーとかが多いかも」
「へぇ……ミステリーはあんまり読んだこと無いや」
「え、宇都宮くんって本とか読むの?」
愛は意外そうに目を丸くする。
「読書家ってほどじゃないけど……多少はね」
「じゃあ今度、お互いのオススメを貸し合いしようよ!」
ぱぁっと笑顔が咲く。
心から嬉しそうな、本気の笑顔だった。
******
構えている時は何も起きない。というのは波琉の18年の人生で得た教訓である
夢を見るはずだった。ハルの夢を。
頻度と今までの事を考えると、土日で夢を見るのが多かったのだ。
大岡越前のところか、あの守銭奴の田沼意次ところ辺りの夢を見るはずだった。
実際に前の時は無野村の異変を解決した後は田沼に嫌味をしこたま言われる夢だったのだ。
しかし、今回は全く違う。
江戸時代の風景でもないし、渋谷のネオンでもない。
ましてやテラアースの冒険者ギルドでもない。
なんというか…何も無い部屋なのだ。
真っ白い空間に何百と言うモニターの様なモノが浮かんでいる。
そのモニターに映るのは時代劇のような風景、都会の喧騒の様な風景、壮大なファンタジーの様な風景…様々な世界。
様々な風景。そこには人が動き、人が暮らしている…。
ここは世界の管理場所。
神世
一柱の女神がその何百枚のモニターの前に立っている。
髪は美しい銀髪で、腰まで伸びている。
どこか憂いを帯びた顔に黒よりも青に近い瞳。
西洋人よりもアジア人…とりわけ日本人に顔つきは近い。
『化成時代。修復率66%…世界とのズレが少し訂正されましたか…』
よかった。と心底安心している。
『世界修正率33%…観測者の覚醒が必須』
ふと何かに気づいたように、銀髪の女神は虚空を見上げた。
『観測者――あなたに見えるのを、楽しみにしています』
それは、波琉が“そこに居る”ことを前提とした言葉だった。
*****
「……このパターンは初めてだ」
目が覚めるや否や、波琉はスマホを掴んだ。
忘れないうちに、とメモ機能を立ち上げ、指を走らせる。
・白い空間
・無数のモニター
・銀髪の女神
・今まで見ていた夢と思われる映像
「……神世」
ふと、頭の奥に浮かんだ言葉。
「俺は……あの世界を、知っている?」
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