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観測者は夢を見る  作者: 東雲


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繚乱編 第三話『陰鬼』


「無頼者のくせに中々筋の通った男子のようじゃの」

老女は倉庫に入るなり往来で見せた警戒も訝しむ雰囲気も見せずに笑う

「なんだ…さっきの怯えた振りは演技かい」

源蔵が周囲を警戒しながら老女に近寄る

「演技…あぁ、そうかもな…まぁ、()()()()()()()()()()()()()

その瞬間、空気がひやりと冷えた。

ぐにゃりと老女の顔が歪む。

チッと舌打ちをして銀次郎が野太刀を抜く。

「旦那、こいつはマトモじゃねぇ…お嬢達と合流して――」

「黙ってろ、このドサンピンが」

声は低く、怒気はない。

だが倉庫の空気が一瞬で凍りついた。

ゴクリと源蔵の生唾を飲む音が響く。

「ほぅ、動揺しないとはやるね」

「ババァ…ちげぇな。幻術…違う。あぁ変化術か。たぬきかキツネか…」

「正解さね、私は年経た狸さ。この村で育ててもらった狸さ」

老女の姿がどろんと変化し少女になる。少女は更に変化して小さな狸に変化。いや、本性を表す。

「化け狸たぁ珍しい。暁丸もそりゃ反応せんわ」

「カカッ…珍しいはこっちのセリフよ。霊刀持ちかよ、お前さん」

とぼけた顔をしているが、口調は重く、仰々しい。

「喋る化け狸よりは珍しくねぇよ…お前が異変の正体か?」

ハルは暁丸に手をかけ鯉口を切る

「早まるな、ここで刀を抜いたら怪我じゃすまんぞ?」

たぬきの顔がニィと笑い、重圧が倉庫中に広がる。

空気が押しつぶされるように重くなり、

銀次郎と源蔵の呼吸がわずかに乱れた。

たまらずといった風に二人は武器を構え臨戦態勢を取る。

「旦那――」

銀次郎が野太刀を抜いてハルの前に立つ。かばうと言うよりも、初撃は自身が加えると行動で示している。

緊張感が極限に達し、物音一つで戦闘開始となった瞬間に、化け狸が言う

「まぁ、怪我じゃ済まないのは儂だがの」

コロンと転がり腹を見せる。

降伏のポーズである。

「こーんな愛らしいたぬきちゃんがお前らみたいな屈強な無頼に勝てるわけなかろうが」

きゅるっと効果音が聞こえそうな顔で鼻をひくつかせ化け狸は続ける。

「そもそも剣士のお前から奉行さまの匂いがするわい…儂は彼の人には逆らえんのじゃ」

「奉行さま…あぁ、大岡のおっさんか」

「貴様!!大岡忠右衛門さまをおっさん呼ばわりするでないわ!燻し銀の美中年じゃろがい!」

「いや、おっさんだろ……まぁいいや。んでタヌ吉、お前さんなにを知ってるんだ?」

「タ、タヌ吉……!? 儂はそんな安っぽい名では――いや今はどうでもええわ!」

空気が一気に弛緩する。

化け狸が一切の悪意も敵意も持っていないことに気づいていたのは、ハル――そして暁丸だけだった。

「まぁいいわい……この村は今、悪鬼に支配されつつあるんじゃわ」

「悪鬼?」

思わず源蔵が合いの手を入れる。

「おうさ、悪鬼じゃ。この世の理を捻じ曲げ、現界しよった悪鬼じゃよ」

化け狸は頭に柏の葉を乗せ、ぼむんと変化した。

暗く、昏く、光をいっさい反射しない“黒”の鬼。

「此奴の名は陰鬼(かげおに)。影に潜み、影を貪る餓鬼畜生の一種じゃ」

ぬらりとした体表は墨のようで、

口は頬まで裂け、口腔の奥まで真っ黒。

なのに眼だけはぎょろりと赤い光を宿している。

「こいつは……」

銀次郎がつばを飲み込む音が、やけに大きく響いた。

「この化生はの……まず牛馬を襲った。村の者共も柵を作ったり対抗はしたんだがの」

陰鬼がぐにゃりと歪み、化け狸の姿に戻る。

「牛馬が尽きると、今度は子供を襲った。この化生は子供の影を好むようでの」

化け狸は今度は元の老女の姿に変化した。

「おい、タヌ吉。影を食われた人間はどうなる」

「タヌ吉ではないわ!……影を食われた人間は、日を追うごとに衰弱しておる」

どこからか煙管を取り出し、紫煙をふぅと吐く。

「最初に食われた娘が確か十日前……あの娘子は明日の日を見ることは叶わぬかもなぁ」

「つまりお前さんは、それをなんとかして欲しい。と」

「んな……儂がいつおキヨが心配で村を見に来たと言うた!

誰も心配してないし、何とかして欲しいなどと思っておらんわ!

儂は誇り高き化け狸ぞ? 人間なんぞどうなってもいいわい!」

物凄い早口でまくし立てる。

「素直じゃねぇなぁ……」

源蔵がぼそりと呟く。

「素直ってなんじゃ素直って!」

化け狸が鼻息荒く源蔵に掴みかかろうとした、その瞬間――

空気が急激に冷え込んだ。

村全体を覆うような、異質な気配。

暁丸が鞘の中で光り輝く。

まるで、ハルに何かを伝えるように。

「どうやらお出ましのようだぜ」

*******

何だこの夢……?

知らない。俺はこの夢を知らない。

確かこの時、俺は山爺と大喧嘩するんだ。

それで村の襲撃に間に合わなくて……そうだ。

なんとか辿り着いた村で、源蔵と銀次郎が死んでて、

ユウイチも深手を負ってるんだ。

相手が何か知らずに、俺とアイどの二人で戦う羽目になって……

陰鬼に逃げられるんじゃなかったか……?

展開が……変わっている?

俺が山小屋に行かなかったからか?

夢の展開が変わるのは――初めてだ。

*******

弾けるように倉庫から飛び出すと、時刻は夕暮れ。

逢魔時。

太陽が沈み、月が顔を出し始める刻。

最も魔の物が活発になる時間帯。

ここから先は――化生の時間。

ずるり、ずるぅり……

何かを引き摺る音が、静まり返った通りに響いた。

「ひッ」

源蔵の小さな悲鳴が、やけに大きく聞こえる。

それは、暗く、昏く、黒い“人間の形”をした何かだった。

妙に長い手足。

ぎょろりと光る赤い眼。

物の怪に慣れているハルでさえ、背筋が粟立つ風体。

宿場の博徒でしかない源蔵と銀次郎が恐慌状態に陥るのは当然だった。

「う……あ……」

喉の奥が引きつり、声にならない声を漏らす。

銀次郎か、源蔵か――どちらにせよ、二人とも正気ではない。

刀を握る手がぶるぶると震えている。

今まさに、無策のまま真正面から斬りかかろうとしたその瞬間――

「落ち着け、田分け共」

ハルは鞘で二人の頭を軽く小突いた。

その一撃で、二人はハッと我に返る。

(俺は今……飛びかかろうとした?

無策で?

そんなの、殺してくれって言ってるようなもんじゃねぇか……)

銀次郎はべったりと汗で濡れた掌を見つめる。

源蔵は正気に戻った途端、腰が抜けてその場にへたり込んだ。

「タヌ吉。お前さんは源蔵を担いで後ろに下がれ。

どうせ戦う術は持たないのだろう?」

「タヌ……はぁ……もういいわい、タヌ吉でいいわい……

ホレ、儂らは下がるぞ」

化け狸はどろんと馬へと変化し、源蔵を背に乗せて後方へ下がった。

「銀次郎、いいか? 気を込めろ。絶対に気を抜くな。

化生相手は、気を抜いた方が食われる。

いいか、お前さんは物の怪退治の専門家じゃねぇ……だが、その気迫は通じる」

銀次郎の身を案じつつ、ハルは首を鳴らし、指を軽く弾いた。

「旦那、まるで宿場で喧嘩するみてぇですな」

「あん? 物の怪退治も場末の喧嘩も大した違いはねぇよ」

ぐるり、と肩を大きく回す。

「こんなもん――根性入ってる方が勝つんだよ」

獰猛に、凄惨に、ハルは嗤った。

その笑みは、

“人間”と“化生”の境界に立つ者だけが浮かべられる、

底知れぬ闘気を孕んでいた。

その気配に反応し、陰鬼は一歩、後ずさる。

「おいおい、下がっちゃ駄目だろ。化生なんだからよ……」

鯉口を切る。

暁丸の刀身が露わになり、薄い橙の光が夕闇を裂いた。

暁の名に恥じぬ、まるで小さな太陽のような輝き。

「いざ、尋常に――」

神速の踏み込み。

一息で陰鬼の懐へ潜り込む。

「――勝負」

肩口から腹へと斜めに薙ぎ払う、袈裟斬り。

ギャリンッ!

甲高い金属音。

寸前で陰鬼の爪が刀身を弾いた。

すかさず、胸元へ迫る黒い貫手。

刺突のように鋭く、速い。

ハルは柄でそれを弾き返し、

その回転を利用して身を低く――独楽のように回る。

踵が地面を滑り、

陰鬼の向脛へと突き刺さった。

ぐらり。

ほんの一瞬、陰鬼の姿勢が崩れる。

「銀!」

「応ッ!」

銀次郎の大柄な体躯が前へ躍り出る。

振り下ろされる野太刀は、技というより“質量”。

まるで西洋の両手剣のような、力任せの一撃が

陰鬼の頭へ叩きつけられた。

刀身は頭部の半ばまでめり込む。

通常なら、人間相手なら――これで終わりの一撃。

だが。

その瞬間、銀次郎が見たのは、

頭に野太刀を生やしたままの陰鬼の“陰惨な笑み”だった。

「クカカ」

赤い眼がぎょろりと笑い、口が裂ける。

「しまっ――」

言い終える前に、銀次郎の巨大な体躯が宙に舞った。

ドン、と鈍い衝撃音。

地面に叩きつけられる直前、陰鬼が首を傾げる。

「クゥエェ?」

腹を貫くつもりだったのに、銀次郎は吹き飛んだのだ。

貫手ではなく、拳だった――それが銀次郎の幸運だった。

もし貫手だったなら、確実に貫かれていた。

さらに、念のために着ていた帷子が衝撃をわずかに殺し、

銀次郎自身が“飛ぶ”ことで貫通力を最小限に抑えた。

「銀次郎、無事か?」

「生きている、って意味じゃあ無事ですぜ……

 しかし、肋がやられたみてぇです」

銀次郎は苦笑しながらも、

その手はまだ野太刀を離していなかった。

その様子を見て、陰鬼が陰惨に嗤い、銀次郎へと歩み寄る。

「おいおい、一人にするなよ淋しいだろ」

銀次郎を庇うように、ハルが間に身を滑らせる。

陰鬼は一瞬身を強張らせ、ぎょろりとハルを睨めつける。

まるで、獲物の止めを邪魔された事に苛立つように。

ハルは身を低くし、切っ先を陰鬼に向ける。

次の瞬間、刀での最速と言われている攻撃、刺突が陰鬼の喉へ繰り出される。

寸での所で半身を逸らし、刺突を避ける陰鬼。

そこに追撃の薙ぎ払い。

確実に首を落とすよう、速度に乗った斬撃だったが、陰鬼の黒い腕が首の代わりに切り落とされる。

「クソっ」

ハルは一瞬で半歩下がり、間合いを取る。

今まで自分が居た場所に轟音と共に腕が通り抜ける。

肘と手首の半ばあたりで切断された腕が、

ゴポリ、と肉の塊のような音を立てて再生する。

黒い肉が蠢き、骨が伸び、皮膚が張りつく。

まるで逆再生のように、腕が“元に戻る”。

「……やっぱり、そう来るかよ」

ハルが低く呟く。

陰鬼は再生した腕をぶらりと下げたまま、

ぎょろりと赤い眼を細め、ハルを見据える。

今度は、先ほどまでの“獲物を見る目”ではない。

明確な“敵意”が宿っていた。

「クゥゥ……アァァ……」

喉の奥で、獣とも人ともつかぬ声が鳴る。

ハルは呼吸を一つ整え、

切っ先をわずかに下げて構えを変える。

「銀次郎。まだ動けるか」

「……動けますぜ。

肋は折れてるみてぇですが、死んじゃいません」

銀次郎は血を吐きながらも、

野太刀を地面に突き立てて立ち上がる。

その姿に、陰鬼の赤い眼がまたぎょろりと動いた。

「狙いは……まだ銀次郎か」

ハルは一歩、前へ出る。

陰鬼の視線がハルへと移る。

「そうだ。こっちを見ろよ、化生」

暁丸が夕闇の中で橙に光る。

ハルの足が、わずかに沈む。

次の瞬間――

陰鬼が地を蹴った。

黒い影が、音もなく迫る。

「――(はら)(たま)(きよ)(たま)

(かん)ながら守り(たま)へ (さきわ)(たま)へ――」

澄んだ声が、夕闇を裂いた。

略拝詞(りゃくはいし)が響いた瞬間、

陰鬼とハルの間に、ぱん、と弾けるように光の壁が立ち上がる。

白く、しかしどこか金色を帯びた光。

まるで神域そのものが、地上に降りたかのようだった。

陰鬼の足が止まる。

ぎょろりと赤い眼が見開かれ、

黒い体がビクリと痙攣する。

「……ッ、アアアアアアアアッ!」

影の肉が焼けるような音がした。

光の壁に触れた部分が、

じゅ、と黒煙を上げて溶けていく。

ハルは一瞬だけ振り返る。

そこには――

息を切らしながらも、両手を合わせて祈るアイの姿があった。

その背を、ユウイチが必死に支えている。

「ハルどの!

山爺様から聞きました……!

かの者は、火と――強い光を嫌うと!」

アイの声は震えていたが、

その祈りは揺らがなかった。

「アイどの!よくやった!!」

端的に、しかし万感の思いを込めてハルは叫ぶ

「私もやる時はやるのですよ」

ふんっと胸を張るアイ、先ほどまでの神々しい雰囲気はなりを潜めている

ハルはその後ろで支えていたユウイチに向かって言う

「娘子の支えより戦働きの方が得意だろ?」

「それは…そうですね。アイどの、御身を離れる事をお許しください」

腰の刀を抜き、ユウイチが歩み寄る

「ユウイチ殿、ハル殿、銀次郎殿…やっちゃってくださいな」

グッと拳を握るアイ

ひらひらと手を振りそれに応えるハル

「しかし、強い光とか火と言われてもな…」

刀を構え、未だ苦しむ陰鬼と対峙するハル

「霊刀の御力ではダメなのですか?」

ユウイチがハルに並び、構える

「神気を溜める時間が必要だな」

「なれば、そのお役目引き受けましょう。ねぇ、銀次郎殿」

「応さ、まだこの身果ててはおらん」

額に脂汗を浮かべながらも銀次郎が野太刀を構える

しゅうしゅうと煙を吐きながら陰鬼は再度此方を睨みつける

「ゆくぞ」

短くしかし、気合の入った声でユウイチが剣気を漲らせる。

次の瞬間、ユウイチの影がゆらりと揺らめく

「御影流、影絶ち」

流れるような足運びと刀捌きで陰鬼とすれ違ったようにしか見えない。

次の瞬間、陰鬼の二の腕、手首、肩に無数の斬撃が疾走る。

「おおおぉぉぉぉ!!」

雄叫びとともに銀次郎が即応する。

先程の力任せに振り抜くのではなく、恐ろしいまでの膂力での乱撃。

一呼吸の間さえ空けないただの素早い斬撃。

銀次郎は理解していた。

己の技術ではこの鬼にダメージを与える事は出来ないと。

一撃で葬る戦法しかなかった銀次郎が初めて行った”時間稼ぎのための攻撃”

その乱撃は嵐の如く、吹きすさぶ暴風の如く荒れ狂った。

ぶはぁと大きく息を吐き、攻撃の手が止まる。

その一瞬の隙を付いて陰鬼が反撃をしようとしたが、別の方向からやってくる斬撃に今度は封じられる。

別の方向、ユウイチの御影流である。

銀次郎の乱撃が吹きすさぶ暴風の如しであれば、ユウイチの乱撃は篠突く雨の様だった。

しゃりん――と鈴の音が後方で鳴り響く。

「ひふみよいむなここのたりふるべゆらゆらとふるべ」

再度しゃりん――と鈴がなる

「ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」

しゃりん――三度目の鈴が鳴る

布留部(ふるべ)由良由良(ゆらゆら)と、布留部(ふるべ)


最後の祝詞が響いた瞬間、空気ががらりと変わる。


澄んだ神気が辺りに満ちていき、

それに呼応するように暁丸は橙の光をさらに強めた。


陰鬼は危機を察したのか、ぎょろりと眼を見開き後退する。


(――ダメだ。逃げられる)


神気を溜めながら、ハルは素早く周囲を見回す。


銀次郎は疲労困憊で膝をつき、

ユウイチは距離がありすぐには動けない。


アイに至っては滝のような汗を流し、

二度の祝詞で精神力を削られ限界が近い。


(クソっ……まだ早いがぶっ放すか?

 だが止めを刺すには少し足りない……どうする)


【大丈夫。さっき()()()()()()


(は?)


脳内に声が響く。

誰かが話しかけているというより、

“自分の内側”から聞こえたような感覚だった。


「旦那ァ!!!」


源蔵の怒鳴り声が戦場を裂く。


化け狸が変化した馬に跨り、

陰鬼の背後へと駆け込んでくる。


その手には――松明と油袋。


「行きますぜ皆の衆!!」


馬上で松明を掲げる源蔵。

その合図と同時に、周囲の篝火が一斉に灯る。


「無理をしねぇで追い立てるんだ!

 あの化物は火が嫌いだ! 逃がすな!」


源蔵の叫びに、村民たちが奮い立つ。


「おおおぉぉぉ!!」


鬨の声が上がり、

松明を掲げた村民たちが陰鬼を取り囲む。


火の輪が狭まり、

陰鬼は完全に包囲された。


逃げ場は――もう無い。


「よくやった源蔵!」


銀次郎が叫び、源蔵が右手を高く掲げて応える。


「ユウイチ!」


「御意にッ!」


呼応即応。

ハルが名を呼んだ瞬間には、ユウイチはすでに走り出していた。

陰鬼の間合いの内側へ、滑り込むように踏み込む。


二合、三合と打ち合い――

爪がユウイチの肩に突き刺さる。


「ぐぅ……!」


苦悶の声。それでも怯まない。

ユウイチは踏みとどまり、刃を離さない。


「ユウイチ、下がれ!!」


裂帛の気合と共に、ハルの声が飛ぶ。


「――神気一閃!」


暁丸の刀身は橙を通り越し、紅く――

紅蓮の太陽の如き輝きを放つ。


次の瞬間、腰だめに構えたハルの姿が“消えた”。


否。

消えたかのような速度で、陰鬼との間合いを一気に詰めたのだ。


「塵に――還れぇぇ!!」


大上段から振り下ろされる兜割り。


正確に正中線を捉え、

陰鬼の身体を真っ二つに分断する。


振り抜いた刀の軌道は、

まるで日輪が描かれたかのように紅く煌めいていた。

「キィィィィィィァアァアアァァァ!」

甲高い悲鳴とともに、陰鬼の身体が燃え上がる。

真っ二つに裂かれた肉塊は、うぞうぞと蠢き、

再生しようと黒い影を伸ばす――

だが、神気の焔がそれを許さない。

影は焼かれ、縮み、

やがて蠢くことすら止めて、

僅かな黒い残滓だけを残し、霧散した。

その瞬間、村に歓声が弾ける。

「わぁあああっ!!」

「鬼神様だ! 太陽の鬼神さまが助けてくださった!」

「ありがたや、ありがたや……!」

「神馬に乗ったあの博徒が、鬼神様を導いてくれただ!」

「ありがてぇ……八幡様、大日様、ありがとうごぜぇます!」

ハルは照れくさそうに、拝む村人たちを手で払い、

アイはその声に満面の笑みで応えていた。

「ほら、()()()。皆様に応えてくださいな」

にやけ顔でアイがハルを促す。

どうやらハルが応えないと、この場は収まりそうにない。

渋面のまま、ハルは刀を天へと掲げた。

「悪鬼、討ち取ったぁ!!」

その声が響いた瞬間、場が一拍だけ静まり返る。

銀次郎がぷっと吹き出し、

ハルが鋭い目で睨み返す。

次の瞬間――

津波のような歓声が村中に巻き起こった。

その歓声の中には、

山爺と共に駆けつけた一郎の姿もあった。


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