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観測者は夢を見る  作者: 東雲


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繚乱編 第二話『無野村の異変』

「さ、旦那。飲んでくだせぇ」

源蔵と名乗った卍党の小柄な男が、ハルに徳利を差し出す。

湯気の立つそば屋の中で、その仕草だけが妙にへりくだって見えた。

用心棒のように振る舞っていた大柄な男――銀次郎は、

呆れたように眉をひそめながらも、どこか諦めた顔でその様子を眺めている。

「お前さんに旦那と呼ばれる筋合いはねぇよ」

そう言いながらも、悪い気はしないのか、

ハルは猪口を差し出し、酒を注がせた。

「あ、あの……オラはなんでここで飯さ食ってんだ?」

無野村の少年・一郎は、状況が飲み込めないまま、

そばを啜りながらおずおずと問いかける。

「あら、一郎殿が助けを乞うて、ハルどのが助力した。

つまり一郎殿は依頼をしたという事ですので、何もおかしくはないですよ?」

アイはきょとんとした一郎の目をまっすぐ見て、

まるで当たり前のことを告げるように言った。

「そ、そうだべか……?

しかし、お侍様と同席ってのも不思議なもんだべ」

一郎はユウイチに視線を向け、

どこか憧れの色を浮かべる。

「私は旗本ではございませぬので……

ハルどのも侍というよりも――」

「なんでもいいんだよ、そんなモン」

ハルがピシャリと話を切る。

そば屋のざわめきが一瞬だけ止まり、すぐに戻った。

「それよりもだな、一郎って言ったか?

この()()()()()()に何を頼もうとしてたんだ?」

ずずずっとそばを啜りながら、ハルは箸で一郎を指す。

「お行儀よろしくないですよ!」

アイが嗜めるが、ハルは聞く耳を持たない。

「オラの村……無野村ってんだけどよ。

夜な夜な牛が減っててんだ……

この前は鶏だったんだがよ、先週は牛が三頭やられたんだべ。

野犬の仕業だとか、いろんな話が出たんだがよ……」

「牛……?」

ユウイチが怪訝な顔で唸る。

「あぁ、牛だべ。牛がいねぇと畑耕すのも大変だ。

鶏は野犬かもしんねぇが、牛は厩からいなくなったんだ」

「……人的被害。人間は居なくなってないのか?」

銀次郎も腕を組み、一郎の話に耳を傾ける。

「今んとこ、人は居なくなってねぇ。んだども……」

「?」

「木こりの山爺がよ……山ん中で“でけぇ陰”を見たって言ってた」

一郎は全員の顔を見回し、

自分で言いながら青ざめていく。

「でけぇ陰……熊とかですかね?」

「いんや。熊よりでけぇって話だ」

「では、その山爺様にお話を伺うのが一番でしょうか?」

アイが心配そうにハルへ視線を向ける。

「それもそうだが……

この()()()()()()に何を頼む気だったんだ?」

「村の用心棒を頼むつもりだっただ」

「なるほどね……じゃあその願い、受けろ」

ハルはそばを啜りながら、まるで雑談のように卍党の二人へ促す。

「は?」

「俺達が? 村の? 馬鹿言うな!

腐っても博徒衆、卍党を舐めてもらっちゃ困りますぜ旦那!」

源蔵が身を乗り出し、ハルに食って掛かる。

「あん? オメェに言ってねぇよ源蔵。

銀次郎、お前さんに頼みてぇ」

ハルは源蔵の威勢を軽くいなし、銀次郎へ顔を向けた。

「……俺はあんたに喧嘩で負けた。

負けたやつは勝ったやつに文句言う筋合いはねぇ」

「兄貴……」

アイが手を叩き、場を仕切る。

「では、山爺様のところには私とハルどの、一郎どので伺いましょう!

ユウイチどのは村の警護をお願い致します」

「アイ殿!? 私はアイ殿の警護が仕事でございます!」

ユウイチが席を立ち、声を荒げる。

「それ以上に、異変の解決が我らの使命にございます。

私の警護はハルどのがいらっしゃれば問題ありませぬ……それに」

アイはふっと遠い目をした。

「――見えたのです。少し先の未来が。

村に戦える者が居ないのは、少々不味いかもしれませぬ」

「異変……妖異と見て?」

「はい。間違いないかと思います」

アイの言葉に、ユウイチは何も返せなくなる。

沈黙を破ったのはハルだった。

「ユウイチ、アイどのの警護は俺に任せておけ。

爺さんの話を聞いたら、すぐに落ち合う」

「……御意に」

ユウイチは不承不承といった様子で席に戻る。

「ってわけだ、源蔵。お前さんは帰って良いぜ」

「なっ! 見くびってもらっちゃ困るぜ旦那!」

「お? 誇り高き卍党じゃねぇのか?」

「卍党総動員して無野村を警護してやるってんだ!」

「総動員って、残りは二人だけだろうが……粋がるんじゃねぇ」

「兄貴……それ言っちゃあお終いよ……」


*****

あぁ、だめだ。

ユウイチとアイを離しちゃ駄目なんだ……。

クソ……この夢は何度も見た。

ここで二人を離すから、アレの対処が出来なくなる。

*******


「……いえ、やめましょう」

「は?」

「山爺様のところには、私とユウイチどので向かいましょう」

アイは静かに、しかし確固たる声音で言った。

「ハルどのは銀次郎どのと村へ向かってくださいませ」

「アイどの……お告げか?」

ハルが怪訝な顔で覗き込む。

「はい。不確かですが……

“私とユウイチ殿を離してはいけない”と」

しん――と場が静まり返る。

先ほどまでのざわめきが嘘のように消え、そば屋の空気が重く沈んだ。

今度は、ハルが口火を切る。

「よし、そうと決まったらさっさと動くか。

銀次郎、源蔵。さっさと村へ向かうぞ」

異論も疑問も挟む隙を与えず、

ハルは猪口の酒を一息に飲み干し、立ち上がると店を出た。

「応さ」

銀次郎も腰を上げ、源蔵が慌てて後に続く。

その瞬間――

霊刀【暁丸】が、鞘の中でほんのわずかに光ったように見えた。

まるで、これから訪れる“何か”を予見したかのように。


ーーーーーーーーーーーーー


ずり、ずり、ずり……。

何かを引きずる音が、山間の闇に溶けて響く。

それは昏く、黒く、暗い――“陰”だった。

ぎょろりと血走った目だけが、闇の中で異様に光る。

そいつは牛だろうか、四つ足の獣を片手で引きずっていた。

引きずられた跡には、赤黒い血がぬらりと道を描く。

黒い陰は二足で歩き、

妙に長い腕で、ずるり、ずるりと牛を引き摺っていく。

やがて、音がピタリと止まった。

黒い陰はガパリと口を開け、

牛の腹に手を突っ込み、腑を引きずり出す。

ずり……ずり……という音は消え、

代わりに、ぐちゃり、くちゃりと咀嚼する音だけが

静まり返った森に響き渡った。

その額には――

大きな角が、二本、生えていた。


ーーーーーーーーーーーーー



宿場町から歩いて半刻ほど。

山間部の浅い森を、アイ、ユウイチ、一郎の三人は進んでいた。


「山爺はここらで木を刈って、炭を作ってくれてるんだ」


先導する一郎は、山に慣れた足取りで獣道をすたすたと進む。

小柄な背中だが、その歩みには迷いがない。


ユウイチはというと、

アイを気遣ってか、時折後ろを振り返りながら、

少しでも歩きやすいように藪を踏みしめて道を作っていた。


「炭焼きも…兼任なさって、いるの、ですね……」


アイは息を荒げながらも、必死に二人の後を追う。

霊山の巫女として山道には慣れているはずだが、

この獣道はさすがに堪えるのか、額にうっすら汗が滲んでいた。


「アイどの……大丈夫でございますか?」


ユウイチが心配そうに声をかける。


「だい……じょう……ぶ……じゃないかも」


弱々しい返事に、一郎が振り返って笑う。


「あと少しだべ。ほら、見えてきた」


木々の隙間から、小さな小屋が姿を現した。

木こりの住まいであり、炭焼き小屋も兼ねているのだろう。

もくもくと白い煙が、山の静けさの中にゆらゆらと立ち上っていた。


「山爺! 山爺! お客さんだべ! オラだ! 無野の一郎だべよ!」


一郎の声が山間の静けさを破り、木々に反響する。


程なくして、小屋の引き戸がガラリと荒々しく開いた。


「無野の小坊主!!

山では静かにせいと何度言えば分かるんじゃ!!!」


一郎よりもさらに大音声で怒鳴り返し、

筋骨隆々の老人が鉈を片手に姿を現す。


「山爺の方がうるせぇだ……」


一郎がボソリと呟く。


「おめぇ、えらく生意気な口を……あん?

お前さん等は誰ぞ?」


山爺はユウイチとアイに怪訝な視線を向け、

今にも鉈を振りかぶらんとする勢いだ。


(……ハル殿が居たら、間違いなく喧嘩になっていたな)


ユウイチは内心でそう思い、わずかに肩をすくめた。


「あー、山爺。この人等は大丈夫だ。

オラが無野村に招いたお客人だべ」


一郎が慌てて二人の前に立ち、両手を広げるようにして制した。


山爺はその様子に、どこかほっとしたように鉈を下ろす。


「お侍さんと巫女さんか? いったいこんなとこまでなんの用だ」


まだ警戒は解けていないのだろう。

下ろした鉈は収めず、握ったままだ。


「山爺様。貴方が出会った山の異変をお聞きしたく罷り越しました」


「……特に話すことはねぇな」


憮然と言い放つ山爺。

だがその声音には、怯えの色がわずかに混じっていた。


「何かお役に立てるかもしれません。

私とこの巫女様は、()()()()()モノの相手を生業としております」


ユウイチが静かに助け舟を出す。


「山爺……頼むよ。オラたちの村の危機かもしんねぇんだ」


一郎の言葉が決め手となったのか、

山爺は深くため息を吐いた。


「こんなトコまで来なさったんだ。疲れているだろう、上がりなさい。茶でもだそう」


鉈を鞘に納め、山爺は炭焼き小屋の中へと皆を促した。


*******

「旦那、こいつぁ明らかにおかしいですぜ」


無野村に辿り着いた無頼漢三人は、いち早く異変に気が付いた。


――人が少なすぎる。


「ハル殿、いくら寒村とは言えこれは異常だ。

童の姿が一切ない村など聞いたこともない」


「あぁ、聞いたことねぇな……

ジジィとババァしかいねぇ村なんてよ」


ギリ、と奥歯を噛みしめる音がした。


源蔵はその横顔を見て、

“羅刹とはこういうものか”と容易に想像がついた。


「……とりあえず、何故こうなったか?を聞くべきなんでしょうね」


源蔵が頭を振り、二人に提案する。


「あぁ、ひとまず話を聞かなきゃ前には進まねぇ……しかしなぁ」


ハルは同行者を見やる。


「厳つい無頼に、小狡そうなチビか……警戒されねぇのは俺だけか」


「え!? 人斬りと見紛う方がなんですって?」


「鬼や修羅と間違えられないよう気をつけるんだな」


「んだと!?」


そんな言い合い――いや、じゃれ合いに近い喧騒を聞きつけ、

畑仕事をしていた老女がこちらへと歩み寄ってきた。


「お前さんらは、なにもんだべ」


老女は警戒とも疑念とも取れる、訝しげな目つきで尋ねる。


「おい、ばあさん。この村でなんか異変は起きてねぇか?」


遠回しに聞く気がないのか、ハルは最短距離の質問をぶつけた。


「異変……? なんのことじゃ?」


「夜な夜な人が消えたり、作物が荒らされたり、 ()()()()()()()()()()()()とかよ」


老女の眉が、ほんのわずかに動いた。

その反応を見逃すハルではない。


「そうかそうか。村全体で子供の行方不明を隠してやがんのか」


「こっちじゃ……こんな往来のど真ん中で話す内容じゃありゃせん」


老女は周囲を見回し、三人を貯蔵庫のような倉庫へと誘う。


銀次郎は野太刀の柄に手をやり、いつでも抜ける構え。

源蔵も腰の短刀に手を添える。


ただ一人、ハルだけは何もしていない。

無手でも制圧が可能だから――ではない。


「お前ら、大丈夫だ。ばあさんはなんもしねぇよ」


静かに、重々しくハルは告げた。


「だけども旦那……」


「大丈夫だ。そういう事をする眼じゃねぇ」


ハルは緊張を解くように大きく息を吐き、続けた。


「助けてくれって眼が言ってる」



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