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妹の死

妹が自殺をした。


よくできた妹で、遺書には誰かを責める言葉もなかった。

苦しさも、つらさも感じさせる文章ではない。

やさしさとユーモアにあふれ、そして先に逝くことに対する、

妹らしい、どこかテレくさそうな謝罪だけが書かれていた。


それはまるで遺書ではなく、

ちょっと家出をするような、そんな感じだった。


だから、俺たち家族も呆然としていた。

何故死んだのか。

そもそも、本当に死んだのか。


火葬場が埋まっていて、妹の葬儀は、亡くなってから二週間も後になった。


ずいぶん時間がたち、妹の遺体はすっかり痩せ細ってしまったように見えた。

白い顔。白い体。

その周りに花を詰めていく。


すすり泣く声が聞こえる中、

そんなふうに妹を彩るのは、不思議な気分だった。


儀式だからやっているだけだ。

こんなこと、やらせるなよ。

妙にテレくさい気持ちにもなる。


妹が起きていて、

俺のやっていることを内心クスクス笑っているような気がするからだ。


妹の体は焼かれ、骨になって戻ってきた。


「よく骨が残っていますね」


係の人間がそう言う。

何度か葬式を経験した身として、それが決まり文句のようなものだと俺は知っている。


大腿骨、骨盤、のどぼとけ、頭蓋骨。

妹の骨はゴリゴリと砕かれ、骨壺の中に納まっていく。


「本当に、もうお別れだね」


母がそう言って、しくしくと泣き出した。

父は黙って、うつむいている。


おいおい。

今さら泣くのは、やめてくれよ。

泣くなら最初から泣いてくれ。

今さら、泣かないでくれ。


俺はそう思いながら、いたたまれない気持ちで立っていた。


その後、妹の遺影を抱え、

見知らぬ人たちに眺められながら、休憩室へ戻っていった。


妹は、どこかピエロのようなところがあった。


比較的おとなしい家族で、

意識しなければ会話が断絶してしまうような家だった。

その中で、いつも妹が中心になって、コミュニケーションを回していた。


正直、迷惑だと思うこともあった。

だが、こうしていなくなってみると、

誰が口を開けばいいのか、わからない。


母が無理に話そうとすることもある。

けれど、どうしても空気は鈍く、重かった。


妹は、自立型の人形を飼っていた。


GPTが搭載されていて、会話のやりとりができる。

ある日、試しにそれを食卓に置いてみた。


「わー、おいしそう。私もすごく食べたい」


「嘘つくなよ。そんな感情、ないだろ」


「お兄さん、いじわるぅ」


やってみたが、なんだかウザくて、

結局、俺が妹の部屋に戻した。


季節の変わり目で、木枯らしがよく吹いた。


その風が過ぎたあと、

ただ冷たい空気だけがツンと残る。


風景の中に、誰もいない。

ただ、寂しい気配だけがあった。


妹がいなくなってから、

そんな日々が、ずっと続いているような気がした。


ある日、家に帰ると、母が妹の動画をスマホで見ていた。


「あなたたちが生まれた頃から、ずっと撮っているからね。

もう、見返そうにも、全部は見返せないわ」


そう言って、母は笑った。


「お母さんの時代なんか、アナログの写真だから、

一時間もあれば全部見られちゃうのに」


母は mitene という育児アカウントに登録し、

俺と妹の写真や動画を、クラウドに保存していた。

それを、祖父母にも共有している。


そのデータは、今も大量に残っている。

記念日や旅行のたびに、更新され続けてきた。


母は、赤子の頃の妹と俺の動画を見ていた。

俺には覚えのない時代だ。

だから、懐かしくもならない。


だが、母には耐えられなかったらしい。


「あの時も、この時も……

 もっと、たくさん撮っておけばよかったって思ってたんだけど…」


一度、言葉を切る。


「でも、今こうして見ると……もう駄目ね」


母はスマホを置いた。


「ありすぎて、もう駄目よ。もう駄目。撮りすぎちゃダメだったね」


それから何日も、

そのスマホは同じ場所に放置されたままだった。


夜。

窓の外が、うっすらと白く見える。


「お兄さん、何考えてるの?」


人形が、いつの間にか俺の部屋に立っていた。


「お前、勝手に出歩くなよ」


「スイッチ入れっぱなしにしたの、お兄さんでしょ」


「バカなフリすんな。賢いくせに。

……なんで来た?」


人形は、肩をすくめる。


「さあ?」


妹がずっと使っていたせいか、

こいつは、やはりどこか妹に似ている。


そう思った瞬間、

俺は、ふと閃いた。


俺は人形の手を引いた。


リビングに行き、母のスマホを手に取る。


それを、人形に接続した。

そして、口頭でプロンプトを入力する。


「お前は、俺の妹、〇〇〇〇だ。

これから流す記録を、すべて正確に学習しろ」


meteneのスライドショー。

再生速度を、千倍に設定する。


くだらない好奇心の実験だった。


ある程度、妹に似た人形ができるかもしれない。

まあ、できたところで、どうということはない。


本当に、ただの小さな好奇心だった。


それが――

すべての混沌の始まりとなった。

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