95.領主軍
俺たちは狩りを中断して、急いで町に戻ることになった。
(ヤマブキには遅れるって連絡しておいてもらえる?)
《わかりました~。》
ヤマブキの応援も大切だとは思うけど、どう考えてもまずは領主に対処することが優先だ。
町は三倍の大きさになっていて、城壁や堀などは一応出来上がってはいるけれど、新しく作ったところはまだ防衛機能が完成していないため、攻められたら脆いはずだ。
例えば城壁の上には、敵の弓矢を防ぎながら打ち返すために凸凹が作ってあるものだけど、俺が速攻で仕上げたところにはまだそういったものは全く用意されていない。
新しく作った城壁に敵が登ってしまえば、そこから今までの城壁に伝ってこられてしまうわけで、大きくなったからといって防衛力が上がったというわけではないのだ。
(町はどんな様子? 瞬間移動で戻るべき?)
《領主の軍が布陣を始めたところですね~。まずは城門を開けるように使者を出してるみたいですよ~。》
ふむ、ということはすぐに戦になるわけじゃないのか。
「領主って何もしないのに、税金だけとるようなヤツだろ?」
「ほんと、盗賊みたいなものっていうか、盗賊だよね~。」
「盗賊か……、ならば狩るしかないな!」
「報奨金出るかな?」
こいつらの言うことだから完全に信じるのも良くないけど、領主だからって「へへ~~~」っとへりくだって従わなきゃならない、ってことでもないらしい。
あと、多分だけど報奨金は出ない。下手するとハンターギルドのマスターとして、報奨金を払わなきゃならないかも知れない……。
というのは、城外に狩りから戻ったハンターたちが集結を始めているのだ。城門が閉じてて町に入れないんだから外で集まるのは仕方ないんだけど、どうやら領主軍とガチンコでやりあう気満々らしい。
《領主軍は二千五百ほどですね~。ハンターは三百ほどですけど、どんどん増えてますよ~。》
二千五百とは、結構な大軍で出てきたみたいだ。内訳を聞くと、騎馬が千に徒歩が千五百ほどらしい。徒歩の千五百のうち五百が弓だというから、かなりの精鋭を連れてきたのかもしれない。
だってその辺の農民兵だったら、弓なんて使ったことがないだろうし、射ても当たるわけないもんね。
俺たちが城外のハンターたちに合流するまで、そのままイナーカの町と領主軍は戦いを始めることなく、にらみ合いを続けていた。
戦いを始めてしまえば死傷者が出るし、その保証もしなければならなくなる。領主としてはそんな無駄金を使いたくないのだろう。とっとと町が降伏してくれればいいと思っているわけだ。
町は町で、攻めてこない軍隊を恐れる必要はどこにも無い。誤解とはいえ攻め寄せられた以上は立てこもらざるを得ない、なんて、誰も信じるはずがない言い分をしれっと流し続けている。
とはいえこんな膠着状態がいつまでも続くはずはない。時間制限があるのははっきりとしている。なにしろ兵糧が足りなくなるのだから。
囲んでいる領主側の兵糧が厳しいのはもちろんだが、囲まれている町側もけっして余裕があるわけではない。もともと食料不足だったこともあるし、肉を狩って戻ってきたハンターたちが町に入れないでいるのだ。
一番最初に我慢しきれなくなったのは、ハンターたちだった。俺たちが到着するころには千人弱に膨れ上がっていたハンターたちは、俺たちの合流に合わせて進軍を開始した。
領主軍には騎馬もいれば弓もある。徒歩で飛び道具なしの上、人数も領主軍の半数以下のハンターたちには勝ち目がないように見えるかもしれない。
しかしハンターたちには凄腕の者も多数含まれており、魔法使いだって少なくはない。そして何より俺が、というか、シルビアとグロリアが合流しているのだ。
(弓が怖いな。しっかり守ってね)
《わかりました~。まずは防衛優先で行きますね~。》
俺たちを含むハンター軍団は、ゆっくりと町の周囲に展開している領主軍へと近づいていく。
〈……なんだか敵の様子がおかしいわ。〉
領主軍の動きは、たしかにおかしいとしか言えなかった。
いくら自分たちの三分の一程度の小勢だといっても、それなりの数の軍団が近づいてくるのだ。それを迎え撃つために陣形を整えたりするのが普通である。
しかし領主軍はまったく動こうとしないのだ。
それだけではない。これから命のやり取りをすることになる、そんな恐怖心というか、高揚感というか、そんな感情の高まりが感じられない。
これは何も領主軍だけに限ったことではなく、俺たちハンター勢にも同じことが言えた。ハンターたちの主力は俺が使役している人造人間だ。俺の命令がある限り、彼らには感情的な揺れなどは存在しないのだ。
(もしかしたら、あいつらも奴隷とか眷属とか、そういうことか?)
《可能性は高いですよ~、それにどうやら幻影の魔法で見た目を胡麻化してますね~。》
〈敵の幻影魔法、強制的に解除する?〉
戦闘中に幻影など見せられていい事なんてあるわけない。当然、強制解除だ!
「……おい! 何だアレ!」
「化け物だろ……」
幻影魔法を無理やり消し去ったあとに見えたものは……普通の人間の軍隊の姿ではなかった。
いや、人間であることには変わりない。ただその首が、頭が、あり得ないような角度で折れ曲がっているのだ。
そしてその首には、その人間のものではない、とんがり帽子をかぶった別の小さな頭が生えていた。
「もしかして、あの時の闇妖精?」
その姿は、地下遺跡でヤマブキが吐き出した者と非常に似ていた。
《これは……寄生されてますね~。》
やはりアレと同じようなものなのか?
「クケッ!クケケッ!」
首の辺りから生えている闇妖精の頭が邪悪に笑う。
本来の顔は、あらぬ方向を向いてヨダレを垂れ流しているだけだ。その様子は激しく嫌悪感を刺激するものだった。
こっちも奴隷や眷属ばっかりだし、中身は似たような物なんだけどね。
「あの生えてる頭……気持ち悪いし、魔法で吹き飛ばせないかな?」
あれがヤマブキの時と同じヤツなら、こちらの魔法を反射してくるかもしれない。
《鏡は無いみたいですから、たぶん大丈夫ですよ~。》
〈まずは様子見で、一匹始末してみるわね、ほい!〉
べちゃっ!
騎馬兵の一人の首から生えていたとんがり帽子の頭が、グロリアの魔法で、まるでトマトのようにつぶれた。
「グギョッ! グゲゲゲゲッ!」
「グゴッ! ギョゲ!」
まさか狙い撃ちされるとは思っていなかったのか、領主軍が急に慌ただしく動き出す。
(手当たり次第にやっちゃえ!)
《は~い、そ~れ!》
〈ほいっ! ほいっ!〉
ぐちゃっ! べちゃっ!
寄生している闇妖精たちの動きよりも、シルビアとグロリアの魔法の方がはるかに素早い。
首から生えた闇妖精を遠距離魔法で破壊された領主軍の人たちは、その場で糸がきれた操り人形のように倒れると、まったく動かなくなっていく。
動き出したハンターたちも、そして町の城壁から様子を見ていた人たちも、その異様な様子にただ声を失うばかりであった。




