09.奴隷の呪い
盗賊たちの始末を終えて馬車の側に行ってみると、馬も倒れているし馬車も壊されていて、もう散々な状態だった。そして馬車組で戦っていた人たちは、残念なことに全員もうこの世の人ではなかった。
無事に生き残ったのは、戦闘に参加していなかった若い女性四人だけのようだ。可哀そうに、盗賊に襲われたことが余程怖かったのか、そのうちの二人はまだ怯えていた。
それもそうか。自分たちを守って戦った人たちは、全員が散ってしまったのだから、怯えるな、安心しろと言っても、それはすぐには無理な気がする。
まずはちゃんと助かったこと、そして安全になったことを伝えてあげようか。
「お嬢さんたち、もう大丈夫ですよ。怪我はありませんか?」
優しく声をかけてみたが、やはり怯えている二人は恐怖が止まらないのか、半泣きになってイヤイヤをしているだけだ。
「野蛮人……、私たち、食べられちゃうの?」
「ママ、恐い、助けて……。」
いや、確かに素っ裸だし、股間で何かがプランプラン揺れているけど、これでも文明人なんだけどなぁ。これはちょっと困ったな。
仕方ないので、俺はあまり怯えていないように見える、残りの二人の方に向き直った。
怯えている二人もそうだが、目の前の二人もまたとんでもない美少女だ。顔も可愛いがそれだけじゃなく、スタイルも非常に良い。胸なんか、もうぷりんぷりんのドッカーンである。
それは別に良い。いや、もう非常に良いのだけれど、問題はそこじゃない。服装が薄着すぎるというか、何というか、見えそうで見えないというか、もういろいろ見えちゃってるんじゃないのかっていうか、ちょっと目のやり場に困るレベルなのである。
この世界ではそれが標準的なのかも知れないが、彼女たちの服装は薄い布を二枚重ねて肩のあたりを縛っただけの、かなり質素かつ簡素過ぎるものだ。
一応簡単なベルトで腰のあたりを留めているみたいだが、丈が膝上で太ももが見えているし、布がひらひらしていてどうしても中が見えてしまいそうになる。めくってしっかり確認したわけじゃないけれど、下着はつけていないような感じがする。
それに胸が非常に豊かなので、前面の布がどうしても谷間のあたりに寄ってしまっている。そのため胸の両横だけでなく先っちょの近くまでが、かなり危険が危ない状態になっているのだ。
誠に怪しからん。是非ともかぶりつきでガン見させてください、お願いします。
「俺は大宅タカシ、特に怪しい人間じゃないよ。盗賊に襲われているのが見えたので、助けに駆けつけてきたんだ。悪い事は何もしないから、あまり怖がらないで欲しいかな。」
こっちの二人は怯える素振りは見せないものの、訝しそうな顔で俺のことを見たり、お互い顔を見合わせたりしている。
やっぱり現実では、盗賊から助けても、「きゃーすてきーだいてー」という展開にはならないみたいだ。そりゃそうか。でも、返事すらしてもらえないのは、ちょっときつい。
「あの~、もしかして喋れない? 俺の言葉が理解できないとか?」
盗賊どもの言葉は理解できたから大丈夫だと思っていたけれど、もしかしたら異世界共通語スキルは一方通行で、俺の言ってることが分からないのかも知れない。
「ああ、ごめんなさい、理解はしてますよ~。私はシルビア、精霊で~す。」
「私も精霊、シルビアの姉でグロリアよ。よろしくね。」
ああ、良かった。シーっていうのが良くわからないが、ちゃんと通じているみたいだ。もしも言葉が通じなかったらどうしようかと焦ってしまったぜ。
異世界に来てからこちら、ずっと一人だったので気のせいかと思っていたけれど、なんだかこの二人、どこかで見た事があるような気がする。それにこの話し方も、最近どこかで聞いたような覚えがある。
誰だろう、アイドルか何かだったかな……。
あ、そうだ、女神様とお姉さまだ! 黒髪だった女神様たちと違い、シルビアは銀髪、グロリアは金髪になっているので分かりにくかったけれど、この二人は女神様たちにそっくりだった。
「もしかして、女神様とお姉さま?」
「えええ~、違いますよ~。私はただの精霊ですよ~。」
「そうね、間違ったりしたら女神様に失礼だわ。」
うん、喋り方もそっくりだ。
「ほんとに?」
「本当ですよ~。」
「そんなことで嘘をついても仕方ないでしょ?」
まあいいか。関係者なのかも知れないけど、本人たちが違うって言うんだから違うんだろう。
「シルビアにグロリアね。こちらこそよろしく。向こうの二人とも話をしたいんだけど、怯えられてしまって困ってるんだよね。」
「それは、奴隷だからだと思いますよ~。奴隷だと何をされても抵抗できないから、それで怯えているんじゃないですかね~。」
「私たちは精霊だから問題ないけどね。彼女たち、人間にとっては厳しいのよ。」
グロリアの言い方は、まるで彼女たちが人間ではないように聞こえるが、多分それで間違いない。おそらくシーって言うのは、エルフやドワーフみたいな、人間ではない種族のことなんだろう。俺はそう理解する。
「話を聞いてもらうには、どうすればいいのかな、何かわかる?」
「簡単よ、命令すればいいだけじゃない?」
「そうですよ~。奴隷なんですから~。命令は絶対ですよ~。」
もちろん奴隷の意味はわかっているけれど、俺の思っている奴隷と、彼女たちの言う奴隷とは、なんだか微妙に違うというか、そんな感じがする。
おそらくだけど、文化的な違いというか、背景の違いがとても大きいのだろう。この分だと奴隷のことだけじゃなく、他にもいろいろ違いがあって誤解が生まれそうだ。
「あの、悪いんだけど、ちょっと良くわからないから、奴隷のこととか、他のことも色々教えて貰えないかな?」
「ああ、野蛮人さんだと、分からないことも多いでしょうね~。」
「良いわよ? でも後で、こちらの要求もしっかり聞くこと。五分五分の取引ってことね。」
「ああ、出来ることなら問題ないよ。」
たとえば後になってから「死ね」と言われても困ってしまう。死にたくないっていうのはもちろんだけど、ここではそういう意味ではなく、死ねるのかどうか自分でもわからないのだ。だってタワシだし。
「奴隷になると、奴隷の呪いをかけられます~。呪いを解かない限り、ご主人様の命令が絶対で、どうやっても逆らえません~。ご主人様を傷つけることもできませんよ~。」
「魔法と違って呪いだから、感情まで縛られるわね。『俺を愛せ!』って命令すれば、嫌でも愛してしまうようになる。私たち精霊には呪いは一切無効だから、命令されても何ともないの。」
「私たちは、ただ面白そうだったから呪いにかかったふりをしていただけなんですよ~。だから奴隷じゃないんです~。」
恐ろしいな、奴隷の呪い……。
「命令のことはわかったけど、俺、彼女たちのご主人様になった覚えはないんだよね。なんで命令できるの?」
「奴隷の呪いは優秀ですから、ご主人様は自動的に適切に移り変わりますよ~。今は貴方、大宅タカシが彼女たちのご主人様です~。」
「奴隷は物だからね。そこで死んで転がっている奴隷商が元の持ち主だったの。それを盗賊が奪い取った形ね。その後、その盗賊を討伐した貴方が彼女たちの持ち主ってことになるわ。」
「盗賊を討伐すれば、盗賊の持ち物は全部、討伐した人の物になるんですよ~。」
つまり、ぎりぎりで間に合わなかったから、勝手に俺の物になってしまったってことなのか。なんだか盗賊を働いたようで、ちょっと申し訳ない。
「でもなんだかなぁ。命令できるのはわかったけど、他人の心を自由に操るって、あんまり気が進まないなぁ。」
「嫌々働かせたいってことですか~、思ったよりも鬼畜ですね~。」
「嫌なのを無理やり働かせるのと、嫌がらずに喜んで働かせるのと、どちらが相手にとって幸せだと思うの?」
「いや、そういう意味ではなくて、嫌かもしれないけど納得の上でっていうか……」
「同じことですよ~。どうせなら気持ちよく働いた方が良くないですか~?」
「貴族だと、嫌がるのを無理やり……っていうのが好きな人が多いらしいわね。」
「やっぱり鬼畜ですよね~。」
う~ん、文化的にというか、価値観に違いがあるのはわかったけれど、ちゃんと心から理解するにはまだまだ時間がかかりそうだ。
俺は人殺しはノリノリでできたというのに、奴隷の心をしばるのには強い忌避感がある。自己分析してみると、多分だけど、魔法や呪いなんかを使わずに、女の子の方から自発的に「好きスキ~」って言われたいんだろうなぁ。
自分でも無理ってことはわかってるのだ。でも道が困難であるからこそ、それに挑戦していく。それが男というものなのである。
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