85.撃退
何も武器を持っていなかった俺は、ハヤトとダイキに前衛を任せて、後ろに回った。
すでに着ている服はズタズタで、完全に血まみれになっている。元から盗賊たちにボロボロにされていたとはいえ、実に無残な状態だ。
他の部屋からは大きな物音は聞こえてこない。
つまり、他の部屋は襲われていない。もしくは、すでに全滅して沈黙しているか。
しかし俺は後者の可能性はまったく考えていなかった。
魔法使い部屋にはヤマブキがいる。一人で南の森へ向かうほどの探索者、当然一人で野営してもなんともない、それだけの力を持っている。
同じ部屋にはスザクとマミコもいる。女性ばかりだと舐めて、こんなところに忍び込んだりしたら、生きて帰れるはずがない。
もう一つの女性部屋についてもそれほど心配していない。あの部屋にはメガーミさんとアーネさんもいるのだ。戦闘となれば一切手出しをしないかもしれないが、黙って暗殺されてしまうなんてことがあり得るはずがない。
つまり黙って全滅するなんてことはあり得ない。今静かだということは、戦闘は無い、そういうことなのである。
後ろにまわってみると良く分かったけれど、ハヤトとダイキの二人には、あせりというか、心配というか、そういう感情があふれていることが、ありありと見て取れた。
これはマズいな。こういうのは相手を飲んだものがち、焦った方が負け、そう相場は決まっている。
「落ち着け! 女性陣は無事! こいつらぶち殺せば、それで終わりだ!」
「わかった!」
「おうよ!」
俺の言葉に、二人の剣に力が漲っていくのが分かった。逆に覆面どもは、怯んでいるようにみえる。
そりゃそうだ、何人で押し入って来たかは知らないが、他で戦闘がおこっていないことは確か。ならばこいつらの仲間はどうなったのかって話である。
潜んで機会を待っているならともかく、この二人を置いてとっとと逃げ出している可能背だってあるのだ。
いくら凄腕だとしても、結局は盗賊。他の仲間のためにいつまでも戦い続けられるだろうか? しかも見捨てられている可能性が高いのに?
「よし、勝った! ゆっくり着替えるから、そいつら押さえててくれ。あとで拷問して全部吐かせて、バラバラにしようぜ?」
余裕の発言をかまして、本当に後ろに下がり、鎧に着替え始める。
にやにやと笑いながら、そしてその嫌なにやけ顔をわざと覆面たちに見せつけるようにしながら、ゆっくりと鎧を身に付けて行く。
ほ~ら、あせれ、あせれ。
……?
ああ、そうか。うん、それがいいかもね。
そう、今だ、やっちゃえ!
グサッ!
テケテケと盗賊に駆け寄っていたシロの短剣が、覆面の一人のふくらはぎにしっかりと突き刺さった。
「ウグッ!」
思わず声を上げる盗賊、そしてハヤトの斬撃!
これは決まったかと思ったが、敵もなかなかの者、後ろに跳び下がってハヤトの攻撃をかわしていた。
「ちっ!」
ハヤトはさらにもう一撃を加えたいところだったが、もう一人の覆面が入り口をふさいでいて、前に出ることができない。
グサッ!
テケテケと回り込んだシロが、もう一人の足に短剣をぶち込んだ。
「んなっ?」
黒覆面とシロとでは大きな身長差がある。一対一ならともかく、大人であるハヤトやダイキと組めば、かなりの脅威だ。
なにしろシロに視線をやれば大人への視線が外れ、かといって大人に集中すればシロを見逃す。シロに剣を向ければ大人への防御がおろそかになるし、普通に大人と対峙すれば、簡単にシロに一撃を食らってしまう。
慣れてなければこうして簡単に餌食になってしまうわけだね。
足を刺されたというのに、それをものともしないような素早い身のこなしで、覆面たちは撤退していく。
「追うか?」
「深追いは危険だ、それより体制を整えようぜ。」
俺も深追いには反対だな。どうせ奴らの本拠地は、神殿前で悪さをしているヤクザか、それとつながっているのだ。そっちをぶっつぶせばそれでいい。
テケテケとこちらに戻ってきたシロに鎧を着せていると、ダイキがボソッとつぶやく。
「それにしても、シロにいいとこ全部持って行かれたなぁ……。」
今回は部屋の入り口だったからなぁ。横に二人並ぶのは難しくても、縦になら楽に二人並べたってことだね。
俺とシロが着替えをすませたころ、
向こうの部屋から
ドタンバタンという音が聞こえ、それが階下に、そして遠くになっていくのを感じながら、俺は眠くてむずかるシロを着替えさせ、自分もしっかり鎧を着こむ。
部屋を出ると、そこには同じように着替えを終えた女子組が勢ぞろいしていた。
「そっちは無事だった?」
「ええ、部屋の前の盗賊をハヤトたちが追い払ってくれたわ。そっちは?」
「部屋に入られた。でも、うまく気づいて撃退できたよ。」
魔法使い組の方は、結界の魔法でなんともなかったらしい。そんな魔法があるなら、こっちにも張っておいてくれればいいのに。
「おい、一体なんだ、なにがあった?」
「盗賊だ。部屋の中まで入って来たんで、撃退したとこ。」
あまりの騒動に起きてきたのだろう、宿の主人が出てきたので簡単に状況を説明する。
「しかし、またなんでうちが……。」
それは襲われた俺たちじゃなくて、襲って来た覆面どもに聞いてほしい。
この主人によれば、宿の中に泥棒が忍び込んでくることは、それなりにあるそうだ。しかし武装した盗賊が強襲してくるなんてことはそうそうないらしい。
そりゃそんなことが日常茶飯事だったら、宿屋なんて仕事はやってられない。
しかもこの宿、探索者、それも中級以上が多く泊まっている。今だって、飛び起きて加勢しにきた探索者は、一人や二人ではない。
不利と見るや一目散に撤退していった、その理由も良くわかるというものだった。
しかし、宿屋に襲撃ねぇ。これってつまり、神殿前の広場で暴れるなんて悠長なことはせずに、直接アジトを襲ってくれという意思表示かな?
「魔法で追跡はしているわよ。いつでも行けるわ。」
ヤマブキが煽ってくる。
ほら、そこの男子組! なんでそんなやる気満々の顔してるんだよ。
いや、心配しなくても止めたりしないって。やられた分はやりかえさないとね。
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黒覆面のリーダーは手勢をまとめて、月の明かりだけを頼りに深夜の町を走っていた。
なんでバレた?
今回の襲撃では、人の気配や周囲の音をかき消すという、高価な魔法の道具を二つも投入したというのに。
たとえ上級探索者であっても、そうそう気が付くことは無い、今までの経験からもそう信じていた。それがあっさりと覆ったのだ。
内通者がいた?
それもちょっと考えられない。今回の襲撃を決めたのはアジトを出発する直前だった。まったく信用ならない連中だが、たとえ裏切者がいたとしても、知らせに走る時間はどこにもなかったはずだ。
ただの偶然?
そんな馬鹿な。相手のうちの何人かはしっかりと鎧を着こんでいたという。全員ではない。あくまで『何人か』だ。
襲撃を知られていたなら、相手の全員が鎧を着ていてもおかしくない。反対に偶然気づいたなら、鎧を着た者がいるというのはおかしい。
いくらリーダーが頭の切れる男だったとしても、襲撃に気づいたのは偶然、鎧を着ていたのはただ勝手に訓練していただけ、なんて、そんなことが想像できるはずもなかった。
まったく不気味な連中だ。二人も手負いを出してしまったが、それがわかっただけでも今夜の襲撃は成功だったとみても良い。負け惜しみではなく、心からそう思う。
最初から、今夜で片付けばそれで良し、だめだとしても相手の戦力情報を得る、それが今夜の襲撃の目的だったのだ。それは全員に周知してあったし、だからこうしてスムーズに撤退できているのである。
少し退却の判断が早すぎたかもしれないが、それも仕方のないことだ。こいつらはただの盗賊。鍛えられた兵士でも騎士でもない。
命が危ないと思えば逃げだすし、リーダーが大したことないと思えば平気で逆らう、そういう奴らなのだ。
だいたいからして、毒の短剣で切りつけて血を流させたというのに、笑いながら素手で殴りかかって来るなんて、いったいどんな化け物だって言うんだ。
魔人。
リーダーの頭の中に、そんな冗談のような言葉が思い浮かんでくる。
まさか、な。
それは真実なのか、ただの思い過ごしなのか。
リーダーにもそれはわからない。しかしはっきりとしていることはある。
それは、明らかにするための掛け金は、自分の命しかない、ということ。




