80.雨期の終わり
昼夜逆転していた生活を元に戻すため、丸一日を完全に急速に当てたあと、俺はシロとホムラ、そしてウテナとチヅルを伴って、孤児院に向かっていた。
メンバー全員に声をかけたんだけど、ハヤトとサキは畑仕事に駆り出されていて忙しく、マヤは料理の研究、そしてダイキはというと、盗賊狩りで何かを掴んだとかで個人鍛錬をするらしく、俺たちには同行していなかった。
メガーミさんとアーネさんの二人も、ずっと同じ宿に泊まっているんだけれど、完全に別行動をしているので一緒に来ることはない。
ここの所ずっと夜中の盗賊狩りで昼夜逆転生活をしていたので、同室の女性陣もほとんど会話らしい会話はしていないそうだ。
俺たち男性陣なんかはたまに食堂で見かけるぐらいで、それも難しい顔をして、二人で何かを話し合っていることが多かったので、声をかける機会すらほとんどなかった。
何かやっかいな事が起こっていなければ良いんだけどね。
これ以上の災害は遠慮してもらいたいところだ。
昨日まで空を分厚く覆っていた雨雲はすっかり姿を消して、頭上には雲一つない青空が広がっている。どうやらこれで長かった雨の季節も終わったようだった。
「晴れたね。」
「ええ、すっかり晴れましたね。」
シロは道のあちこちにある水たまりにジャバジャバと入って行っては、アメンボに似た虫を追いかけて遊んでいる。
せっかく雨が止んで水に濡れなくて済むようになったというのに、もう水|《浸》びたしのドロドロになっている。雨が止んでも洗濯から解放されることは無いみたいだ。
泥んこのままで俺の肩にまたがってくるから、俺の服も合わせて洗濯するところまでがセットなのだ。
「走り回って転ぶなよ~。」
「わかった~!」
分かったと言いつつ、わざわざ水たまりを選んでは、水を飛び散らせながら走り回っている。いつも返事だけは良いんだよなぁ。
「うお~、つかまえるぞぉぉぉ~!」
「うわあ~、鬼でた! たすけて~、ぬし~。」
そんな水たまりを走り回っているシロを、チヅルが追いかけ始めた。キャッキャと声をあげながら遊び回っているけど、これは二人して転んで泥だらけになるところまでがセットかな?
孤児院に到着すると、いつものサチウス院長が出迎えてくれた。
「院長、あれからどうですか? またヤクザ者が押しかけてきたりしていませんか?」
「ええ、あの者たちなら先日も。」
なんだあいつら、もしかしてシルビアたちが女神様に封印された影響で、奴隷の魔法が解けたのか?
俺の顔が剣呑に変わったのを見て、サチウス院長が慌てて訂正してくる。
「いえ、脅しに来られたのではなく、あの者の所にいた子供たちを預かって欲しいという申し出でございました。」
ああ、そういうことか。真人間になるように命令したから、手下にしていた子供たちを支えきれなくなったわけだ。
「全部で十名ほどでしょうか。孤児院も立て直していただいて余裕もございましたので、そのまま受け入れておりまする。働き者の良い子たちですよ。」
受け入れを求められた中には、何人か成人したばかりの者もいたらしいけど、数日ならともかく、大人は長期で受け入れることはできないと、お断りしたらしい。
街中では食糧不足の声が大きく、状況は深刻になってきているが、孤児院の方は俺が使役しているゴミ一族の寄付が安定してきたようで、かなり余裕が生まれている。
どちらかというと子供たちの面倒を見る人手が足りないことの方が問題で、サチウス院長は孤児としてではなく、働き手として孤児院に来ることを提案したそうだが、本人たちがチンピラと離れることを嫌がって断ってしまったそうだ。
この世界では俺と同い年ぐらい、つまり日本の高校生ぐらいの年になれば、もう一人前の大人として扱われる。大人になれば当然、自分たちで働いて食べていかねばならない。
この孤児院にいる子供たちだって、いつまでも子供でいるわけではない。あと何年かすれば大人になって、そうして自分の力で生きていかねばならなくなるのだ。
しかし今のこの町の状況では、まともな仕事があるのかと聞かれると、それは疑わしいとしか答えようがない。景気も悪化している中、何の後ろ盾もない若者を雇うような人たちが、そんなに多くいるとは考えにくいのだ。
サチウス院長の憂いもそこにあるようだ。子供たちはやっとのことで、お腹いっぱい食べて笑顔で過ごせる環境を手に入れた。しかしこの子たちが大人になったとき、どれだけの人数が笑って暮らしていけるのだろうか。
笑顔になった子供たちが大人になった時、ヤクザや盗賊になるしかない世の中だったとしたら、そこには何の救いもない、ただの地獄ではないか。
「やっぱり安定した仕事が必要だね。」
「はい、タカシ様の言う通りですね。孤児院を出ても仕事が無くては。」
俺は孤児院の広い庭の片隅を借りて、ホムラとウテナにも手伝ってもらいながら、そこにびしょ濡れになったテントを出して立て始めた。
干すにもそれなりの場所と設備が必要になるし、もしも乾かそうと思ったら、こうして立ててしまうのが一番簡単なのだ。
いつも使う時と同じようにしっかり基礎の太い角材を敷いて、その上に床を、そして天井の布を張っていく。
地面はまだ泥だらけだから基礎は乾かないし、天井のせいで床の渇きは悪くなるけれど、こうしてしっかり立ててしまわないと布が張れなくて乾かせない。
孤児院の壁を利用させてもらって、テントとの間に簡易屋根に使っている大きな防水布も張ってしまう。ただ干してるだけなんだけど、見た目だけはキャンプを始めるような感じだね。
「シロのおじちゃん、何してるの?」
「おじちゃんのおうち? 布のおうち?」
テントが珍しいのか、数人の子供たちが寄ってくる。
「そうだよ、布のおうちだよ。」
相手をしていたら、さらに数人、そしてまた数人と、どんどん小さな子供たちが寄ってきて、あっという間に二十人ぐらいに増えてしまった。
数が増えて来るにつれて、最初はおっかなびっくり遠くから眺めているだけだったのが、すぐ近くまで来て眺めたり、テントの大きな布をぺたぺた触ったりしはじめた。
「あらあら、駄目ですよ、いたずらしちゃ。」
ウテナがテントで遊ばないように注意するが、そのぐらいのことなら許してあげても良いんじゃないかな。
「まあ、良いんじゃないの。でも暴れたりしたら駄目だよ? おうちが壊れちゃったら、おじちゃんの寝る場所がなくなっちゃうからね。」
「はーい!」
うん、返事は良いな。
俺が許可したので、子供たちはテントの中に入って寝てみたり、そのままごろごろ転がろうとしてみたりと、いろいろ試して遊び始めた。
ウテナがハラハラしながら見ているが、それほど気にすることはないと思う。ただ暴れて怪我をするといけないから、それだけは注意しないとね。
それにしても、俺って昔からこんなに子供好きだったかなぁ。シロと暮らしてるうちに変わって来たのか、それとも別の何かなのか。まあ気にしたところで何も変わらないから別に良いか。
テントの中で寝っ転がるといっても、集まってきた子供たちはもう二十人を超えている。大人六人が寝られる大きさのテントが二つあるが、それでも二十人となるとぎゅうぎゅう詰めだ。
「みんなで代わりばんこだぞ? 小さい子を押しのけちゃ駄目だからね。」
「はーいっ!」
うん、やっぱり返事は良いな!
折り畳みの椅子を出して腰かけながら、テントでおとなしく遊んでいる子供たちを眺めていると、孤児院の入り口あたりが騒がしくなってきたのが聞こえてきた。
「なんだろう、もう押しかけて来るヤクザはいなくなったと思ってたんだけど。」
「主様、ちょっと見に行ったほうが良いわ、何かあったらいけないし。」
ホムラの言う通り、もしも子供たちに何かあってからでは遅い。
テントの中にまるで板ウニのように詰まっている子供たちはウテナに任せることにして、俺とホムラは孤児院の入り口へと向かった。
騒ぎを聞きつけたのか、孤児院の建物の奥からサチウス院長も出てきた。
「いったい何事でしょうか?」
「さあ、わかりませんけど、行ってみましょう。」
孤児院にはシルビアとグロリアの結界が張られているし、二人が封印されている今でも、ちゃんとそれは生きている。だから暴れ者が乱入してくる危険性は低いはずだが、それでも絶対に安全だとはいえないのだ。
「ああ、あなた方は……。」
孤児院の入り口で暴れていたのは数人の若者だった。俺も彼らの顔に見覚えがある。たしかチンピラに従って、神殿前広場で露店を脅してお金をゆすり取っていた奴らの仲間だ。
チンピラの子分たち。その彼らがそこにいた。
「お願いです、神さま、兄貴を助けてください!」




