08.盗賊団
野原だ。うん、野原だ。そして今度こそ藪ではない、ちゃんとした草原だ。
最初の藪とは違い、草丈は膝、背の高い物でも腰のあたりぐらいだ。ただ最初とは違って、地面に高低差というか、丘というか高台になっているような場所もあって、そこまで遠くまでは見通せない。
丘には何本も木が生えているのや、所々に大きな岩や倒れた巨木が転がっているのが遠目でもよくわかる。多分だけれど、大雨が降ればあの川が流れ込んできて、このあたりは水浸しになるに違いない。
そうして大雨のたびに滅びて、水が引いたら今のような姿に再生する、それを繰り返しているのだろう。この野原は、そんな破壊と再生、そして生命の力強さを感じさせる。
怪物や猛獣のたぐいは、森を出る前にはほとんど見かけることは無くなっていたが、もちろんこの野原でもそんな姿は見当たらない。空を見上げても、普通の鳥がピヨピヨ鳴きながら飛んでいるだけで、巨大な怪鳥なんてものはどこにも見つからなかった。
うん、とっても安全だ。今になってやっと、俺の異世界での冒険が始まるって感じがするぞ。こういうので良いんだよ、こういうので。
広々とした緑の野原に、とても強い解放感を感じる。もう何もかも忘れて走り回りたい気分だ。だって素っ裸だしね。でも誰かが見ているわけでもないし、なにも問題ないのだ。
せっかくなので軽くちょっとだけ走り回ってみようか。
すると腰の高さぐらいの草が、ちょうどいい具合に当たるというか、その、なんだ、あまり大っぴらには言えないアレで……、くうぅ、これはたまらんっ!
「うっひょ~~~っ!」
俺は手で股間をガードしながら走ることで、何とか事無きを得たのだった。
ガード技を覚えた俺は、野原を思う存分走り回った。もう飽きるまで走りまくった。だって他にやる事なんて何もないし、ゲームとかしたくてもスマホはないし。
そうして走り回っているうちに、かすかに街道のような物が見えてきた。野原の中に一本道の道が、少しカーブを描きながら続いている。遠くには馬車のような影が見えるし、どうやらついにこの世界の住人に出会えそうだ。
馬車の方に向かって近づいてみる。すると何やら物騒なことが起こっているのが見えた。
「あちゃぁ、あれは盗賊かな。」
そう、馬車らしい物の周囲では、何人かが剣を抜いて戦っているのが見えたのだ。
馬車を取り囲んでいるのはおそらく盗賊だろう、十人以上いるようだ。それに対して馬車を守って戦っているのは数人しかいない。あとは馬車のお客さんだろうか、戦わずに馬車の側にいる人が四人ほどだ。
これってまるでラノベにありがちな出会いイベントみたいだな。ここで盗賊から助けたら、「命を助けてくれてありがとう」とか言われて、優遇されるパターンと見た。
俺はさらに走って馬車に近づいていく。あ、馬車側が一人倒された。さらに走って近づいているうちに、また一人倒されてしまった。これはマズいぞ。
俺は盗賊たちの気を引くために大声で叫び声を上げながら、剣陣の中に飛び込んでいった。
「アチョ~~~~ッ!」
「な、何だ、野蛮人の襲撃か!」
うるさいわっ! 素っ裸だし、見た目はどうだか知らないが、こっちは立派な文明人だってのっ!
近くにいた盗賊が剣を突き出してくるが、こちらもパンチで応戦だ。俺のパンチは誰が見てもわかるようなへにゃへにゃパンチだったが、よっぽどタイミングが良かったのか、盗賊の顔面にクリーンヒットした。
もちろん盗賊の剣を躱すなんて高度な芸当は俺には出来ない。盗賊の突き出してきた剣も同時に俺の胸にクリーンヒットして、ぐっさりと突き刺さってしまっていた。
い、痛ってええ~~。
で、でも、血は出てないぞ! さすがタワシだ。俺のパンチに驚いたのか、盗賊が剣から手を離したのを見て、俺は刺さった剣を自分で引き抜いて構えた。
何を隠そう、俺には剣道の経験があるのだ。高校になってから体育の授業で三回だけなんだけどな。
「なんだ、こいつ、不死身なのか?」
どうやら相手がビビっているようなので、ここは一気に畳み込むべきだ。俺は弱腰な奴が相手の時には、めっぽう強いのだ。
「アチョ~ッ!」
剣道で鍛えた強烈な一撃かも知れない何かが、盗賊の頭にうまく直撃する。よし、一人倒した。あとはこれを繰り返すだけだぜ。
盗賊たちは突然現れた素っ裸の闖入者に、かなり混乱していたらしい。
「アチョッ! アチョッ!」
俺はさらに二人の盗賊を血祭りにあげることに成功した。おい、これは現実か? 体育の授業でちょっと習っただけなのに、まさかこの威力とは……すごいな、体育! 今まで完全に馬鹿にしてた、ごめんっ!
「く、取り囲め! 取り囲んで、その野蛮人を仕留めろ!」
盗賊の首領だろうか、そいつの命令で、盗賊たちが俺の左右や後ろに回り込んできた。かなり危険な状況だが、そんなことで怯むような今の俺ではない。
だってそうだろう? あいつ盗賊の首領なら、あいつを倒せば勝ちなのだ。つまり、もう勝ったも同然!
俺は取り囲んでくる盗賊たちには目もくれず、ひたすら首領と思われる男に突貫していく。
首領を守ろうとする盗賊もいるが、それにもいちいち相手をしない。さっきから剣がブスブス体に突き刺さってきてめちゃくちゃ痛いけれど、それも完全に無視だ。
ただひたすら、目指すは盗賊の首領のみ!
~~~~~
盗賊の首領は、自分の目の前で起こっている現実に、まったく理解が追いついていなかった。
盗賊というのは弱肉強食で、強い者だけが集団をまとめ上げることが出来るものだ。逃げてばかりの弱腰では、配下の盗賊たちはついて来ない。ついて来ないだけではなく、寝首を掻かれることになりかねない。そういうものだ。
だから盗賊の首領はこの滅茶苦茶な野蛮人から逃げ続けることは出来なかった。首領の前に立っている配下の者たちだって、命がけで首領を守ろうなんて思っていない。ヤバいと感じれば逃げるだろうし、いつ裏切って首領に向かって剣を振ってくるかもわからないのだ。
首領は目の前の野蛮人を見た。腰巻一つつけていない、完全な素っ裸だ。そして何より、伝説の魔人のような真っ黒な髪をしている。見た目が邪悪なだけではない、剣で斬っても傷つかない、そんな化け物がニタニタ笑いながら奇声を上げて襲い掛かってくるのだ。
命を大事に逃げるのか、それとも首領の地位を守るために戦うのか。首領は腕っぷしには自信があったが、それはあくまで人間相手の話だ。目の前の野蛮人に通用するのかどうか……
「アチョオ~~~ォッ!」
盗賊の首領はどうするか迷っているうちに、ほとんど何もできず、あっさりと頭を割られて息絶えることになった。
~~~~~
なんだかよくわからないが、盗賊の首領には戦う気があんまりなかったようだ。抵抗らしい抵抗をすることなく、あっさりと俺の剣を頭で受けて倒れた。
よし、これで勝ったな!
しかしここで手を抜くような俺ではない。たとえ姑息と罵られようが、相手が弱っている時にこそ全力で叩きのめす、それが俺の生き方なのだ。
「アチョッ! アチョッ!」
首領を守ろうとしていた奴らだろう、すぐ近くで茫然としていた盗賊二人を続けざまに血祭りにあげる。
「お、お頭がっ!」
「駄目だ、逃げろ!」
ふははははは! 逃がさんぞ~。
「アチョ~ッ!」
逃げ出そうとしていた盗賊を一人切り倒し、さらにもう一人の盗賊の後を追いかける。
「アチョォ~~ッ!」
逃げる盗賊を後ろからバッサリと斬る。
俺は次の盗賊を追いかけようと思ったが、盗賊たちは散りぢりになって逃げているので、さすがに俺一人では全滅させるのは無理なようだ。まあ、これは仕方のないことだろう。
戦いには勝った。そして俺は盗賊とはいえ、初めて人を殺すことになった。だからだろうか、俺は一つ大きな後悔をしていた。
剣で戦うなら、掛け声はアチョーじゃなくて、キエーだった……。
最初は素手だったから、つい間違っちゃったよ。




