76.逆襲
大雨と洪水のため、俺たちは町に戻ることになったが、町に戻ると決めたからって、すぐに町に到着するってわけじゃない。
ここまでしっかり一日半かけて歩いてきたわけだから、町に戻るにしたってそれなりに時間がかかるのだ。しかも街道はところどころ泥沼のようになっている。
道のところはかなり盛り土もされていて、周囲よりは高くなっているんだけどねぇ。今回の大雨はそんなことはお構いなしだったようだ。泥沼のようになっているのは、荷車の轍が深く掘られているのが原因だしね。
まだ状況は正しく伝わっていないのか、いつも通りに町から出て北へ向かう人の数もかなり多いのだと思う。そうして町から出てくる人たちと、町に戻ろうとする人たちがぶつかって、泥だらけの街道の上は、かなり渋滞し始めているようだった。
町に戻ると決めた後、俺たちはお昼過ぎまで交替で睡眠をとると、街道ではなく、そのまま草原を町に向かって歩き始めた。
草原だから歩きやすいとか、そういう理由ではない。草原だって周囲より低いところは泥沼になっているし、周囲より高いところは沼になっていないだけで、泥だらけなのは変わらない。
街道を行かない理由は非常に単純、立ち往生した荷馬車が詰まっていて、動けないでいるからだ。
泥沼の中で頑張ってUターンしようとしているみたいだけれど、上手くいっているようには見えないんだよね。あんなところに近づいたら、手伝わされるに決まっている。
馬車を押すのを手伝ったら、その代わりに盗賊から守ってくれるっていうのなら、手伝ってもいいかもしれない。
しかし実際には馬車を押すのを手伝った上に、さらに盗賊からも守れと言われるのがオチだ。だったら最初から近づかない方がお互いのためなのだ。
夕方近くになって、休憩のために高台になったようなところを探したんだけど、そういった場所は既に誰かに取られているなど、どこもみんな混んでいて、丁度良さそうな空いた場所が見つからなかった。
お願いすれば近くに入れてもらうことも出来るだろうけど、それは馬車を押す手伝いと、盗賊から守って戦う手伝いがセットでついてくる話だ。それどころか、深夜になったら盗賊に変身して、こちらに襲い掛かって来ないとも限らない。
人がいるからって安心できるわけじゃない。人の近くに行ってみたら、それが全部盗賊だった、なんてこともあるのだから。この町の周辺には、それが冗談じゃないぐらいに盗賊が蔓延しているのだ。
「食事をとって軽く休んだ後、夜中も歩こうと思うんだけど、みんなはどう思う?」
「かなり疲れが溜まってるし、しっかり休みたいよ~ぅ。」
「町まであと一日ぐらいだし、一気に歩いちゃおうよ。」
しっかり休みたいのは、もうほんとにその通りなんだけど、いくら休憩を入れたところで、雷雨やら盗賊やらが襲って来たら休めないんだよね。
盗賊は昼だろうが夜中だろうが、関係なしに襲ってくる。それでもやはり、昼よりは夜、それも深夜以降。つまり普通だと寝静まっている時間帯に襲ってくることが圧倒的に多い。
それならいっそのこと、夜の間に移動してしまった方が楽じゃないか。
それはもう当たり前というか、誰もが思いつくような考えだった。
いったいどれだけ降れば気が済むんだろう。かなり小やみになっているとはいえ、雨はまだ降り続けていた。
魔法ランプが無ければ全く前が見えない、自分の手がどこにあるのかすら分からない、そんな真っ暗闇だ。
「それじゃあ、しっかり隊列を守って、敵を見つけたらすぐに報告するようにね。」
前衛には、ハヤトとダイキ、そしてホムラ。後衛にはサキとチヅルがついた。中央にはメガーミさんとアーネさん、その二人を挟むようにして、前は俺とシロ、後ろはマヤとウテナが守る形だ。
妖獣狩りの時とほとんど同じ、獲物を狩る時の隊列だ。
「こうして歩いてると、そこら中でチラチラ光が揺れてるのが分かるな。」
「あの光のうちのどれかが盗賊で、ああやって光で合図を送り合ってるんだろうね。どれかどころか、全部盗賊かも知れないけど。」
深夜にコソコソと合図を送り合っているのは、まず間違いなく盗賊だ。もしも盗賊じゃないとしたら、盗賊どもを罠に嵌めようとしている、盗賊狩りの一団だ。
チラチラと光が揺れた場所を、なんども魔法ランプで照らしてやる。別に意味があるわけじゃない、ただの嫌がらせだ。
「さっきからチカチカさせて、何してるの?」
「盗賊っぽい怪しい奴を、狙って照らしてるそうよ。」
「何それ! 面白そう!」
気が付いたら、盗賊を狙って魔法ランプで照らす遊びが、グループ全体で流行り始めていた。
「盗賊め、見つけたぞ!」
「よし、囲め! 囲んでぶち殺せ!」
「あっちに逃げたわよ!」
「追いかけろ、捕まえて首を切り飛ばせ!」
物騒なことを叫んでいるけれど、ただ魔法ランプで照らしているだけで、まだ盗賊を追いかけてはいないし、剣だって抜いていない。
今は盗賊狩りの時間じゃなくて、メガーミさんとアーネさんを護衛するっていう大切な仕事があるのだ。
いや、確かにね、メガーミさんとアーネさんまで面白がって、魔法ランプを左右に一個づつ持って、そこら中を照らして喜んでいるのだから、そのまま盗賊を追いかけて行っても良かったのかも知れない。
そんなわけで、こちらから盗賊を追いかけ回して、追い詰めて仕留めるってとこまではしなかったけれど、何事にも相手というものがある。
追いかけられた方が必ず逃げるとは決まっていないし、噛みついてこないとも限らない。
「なんだ、なんだ、お前らっ!」
「盗賊どもめ、ここで地獄に送ってやるから覚悟しなっ!」
「ガキどもが盗賊狩りの真似事かよ、舐め腐りやがって。」
「ごちゃごちゃ抜かすな、盗賊は黙って死んどけ!」
「逃がしちゃ駄目よ。」
「確実に息の根を止めましょう。」
そしてもちろん、逃げなければ何とかなるというわけでもないし、噛みついたところで勝てるとは限らない。
やってることはもう、どっちが盗賊なのかわからない気がする。
暗闇の中、魔法ランプの灯りだけとはいえ、仲間がうめき声をあげ、倒されていく姿が見えないわけがない。
命を賭けて戦うのは盗賊の仕事ではない。自分たちは傷つかず、相手を一方的に蹂躙し、奪うのが本来の仕事なのだ。劣勢だとわかれば、いつまでも戦う必要はないのだ。
頭に血が昇って、引き際を間違う盗賊の方が圧倒的に多いけどね。
「クソガキどもが。おい、逃げるぞ!」
今回の盗賊は、引き際を理解している盗賊だったようだ。だからといって、逃げ切れるとは限らない。
「は~い、逃がさないわよ!」
手下をどれだけたくさん殺したところで、頭領を倒さなければ大きな儲けにならないことは、これまでの戦いで良くわかっている。
そして盗賊の頭領というのは、たいがいの場合は後方に陣取っていて、危なくなったら逃げだすこともだ。
だから俺たちはもう、逃亡を簡単に許したりはしない。戦いになった段階で、チヅルとシロが盗賊どもの後ろに回り込んで、頭領の逃げ道を塞いでいるのだ。
やってることは本当にもう、どっちが盗賊なのかわからない。
盗賊団だってそれなりに人数はいるし、もしも正面からガチンコでぶつかれば、俺たちが必ず勝つとは限らない。
俺たちだって全員が剣の腕が高いわけじゃないし、相手にだって腕の立つ者はいるのだから、どちらが勝つかなんてやってみなければ分からないことだ。
しかし俺たちは盗賊団を正面から襲っているのではない。盗賊たちが獲物を囲んで散らばっているところを、横から襲い掛かっているのである。
仲間が攻撃されたからと言って、助けに向かってくる盗賊がそんなに多いはずがないことは、考えてみればわかることだった。
そして襲い掛かった時点で、心理的には俺たちが完全に勝っている。
つまり俺たちが襲い掛かった時点で、もう盗賊たちの負けは見えているのだ。
「何匹やった?」
「ここまでで十三匹だね。そのうち、魔法の袋持ちが三匹。探索者の札は無かったよ。」
「やっぱり全滅させるのは難しいな。」
「しっかり囲まないと、逃げられちゃうもんね。」
探索者の盗賊落ちはいなかったけれど、魔法の袋があるので少しは売り上げが期待できそうだ。
鎧の上から斬られたり、かすり傷は負ったりしていたようだけど、仲間には怪我人らしい怪我人は出ていない。
盗賊を狩るのに力を入れすぎたため、町にたどり着いた頃には完全に夜は明け、朝日が高く昇っていた。
まずは宿を押さえて、それから探索者協会に行って、これからどうするかを決めないとね。
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精霊さんなしでの戦いは、もうちょっと続きます。




