75.雷雨の襲撃
間違いない、盗賊だ。でもまだ距離はある。
それを見た俺はすぐに雨合羽を羽織り、シロにも鎧を着せたうえで雨合羽をかぶせた。
「シロ、敵が来たぞ。戦うか、逃げるか。どっちするか選べ。」
「戦う~!」
「よし、じゃあ、一緒に戦うぞ。」
「うんっ!」
こんなに幼い子だ。戦わずに隠れていたっていいし、逃げたからって誰も文句を言ったりしない。でも自分で戦うと決めた以上は、戦ってもらうぞ。
俺はシロと共にテントを飛び出した。皮帽子に縛り付けた魔法ランプが、すぐ目の前にいる知らないオッサンの顔を強く照らしだす。剣を抜いている、間違いなく盗賊だ。
「アチョ~~~ッ!」
突然魔法ランプの光を浴びて、目を眩ませた盗賊に、俺の剣が襲い掛かった。
「アチョ~~~ッ! アチョ~~~~ォオッ!」
しっかり斬った手ごたえを感じたので、さらにその横にいた盗賊に剣をぶち込む。
「くそっ、くたばりやがれっ!」
右手の方から斬りつけてくる盗賊がいたが、俺にとっては別にどうってことはない。切られたとしても、ただ痛いだけだ。
「アチョッ! アチョッ!」
反撃で敵の胴を薙いだが、どうやら鎧で防がれてしまったようだ。足元が悪いので、どうしても踏み込みが甘くなって、威力が落ちてしまう。
「うぐっ、痛てぇっ!」
「アチョ~~ッ!」
鎧で防いだとしても、剣で殴られた衝撃そのものは消せない。敵の動きが鈍ったところに、脳天からの一撃を決めた。
よし、これで三匹だ。
「盗賊は皆殺しだ~っ!」
俺は大きく叫び声をあげた。
一方、シロはというと、実はかなり苦戦していた。
服は雨でびしょびしょになってるし、地面は泥でびちょびちょになってるし、いつものようには動けないのだ。本人はわかっていないようだが、熱を出した影響でちょっと体のキレが悪くなっていたのも原因の一つだった。
だからといって、盗賊ごときに捕まるシロではない。でも倒せないなあ、どうしよう。そうだ、誰かの所に連れて行って、仕留めてもらうことにしよう。
後半組は盗賊の接近を完全に見逃していた。激しい雷雨の中である。すぐに気が付かなくても当然だ。
「くそがっ! 敵襲だっ!」
「盗賊だ、盗賊が出たぞ!」
ハヤトとダイキを前衛に、サキとチヅルを後衛にして、叫び声が上がった方に向かうと、前方から小さな影が飛び込んできた。
「な、なんだ?」
「シロかっ!」
シロの後ろには盗賊が二人、阿呆みたいについてきている。
まさにカモ!
ハヤトとダイキの二人はすぐにシロの意図に気づいた。そして盗賊たちは二人の手によって、瞬く間に切り伏せられたのである。
ホムラとマヤ、そしてウテナは完全に出遅れていた。
ウテナは後衛、そしてマヤはウテナの護衛と事前に決めていたので、出遅れても問題ない。しかし前衛を割り振られていたホムラは違う。そのため彼女は強い焦りを感じていた。
ホムラがテントから出た時には、実は大勢はほぼ決まっていた。ただ視界があまりにも悪く、声も届きにくかったために、敵も味方もそれが認識できていなかっただけだ。
焦って前に出てきたホムラの脇には、盗賊が一人潜んでいた。ホムラはそれに全く気付かない。後衛のマヤとウテナはまだテントでもたもたしている。
結果から言えば、ホムラは何も焦る必要はなかったし、盗賊は見つかっていないうちに早く逃げれば良かったのだ。でも現実はそうはならなかった。
盗賊三匹を斬り倒した俺は、次の敵を見つけようと周囲を見回していた。何匹来たのかわからないし、何匹倒したかもわからない。でもまだ潜んでいる、そんな気持ちが消えない。
その時、俺が女性陣のテントの方を見たのは、完全に偶然だ。俺の眼は、テントから出てくるホムラと、影に潜む盗賊の姿を完全に捉えたのだ。
「ホムラ、右だ!」
声を掛けたが、それが彼女に届いたとは思えない。俺はホムラに走り寄ろうとしたが、まったく間に合うはずがない。
そしてホムラが動くよりも先に、盗賊が動いた。
盗賊の刃がホムラに襲い掛かる。
駄目だ、間に合わない!
そんな俺の目の前、足元低くに、小さな素早い影が走った。
シロか! いや、シロじゃない、だとしたら一体誰が?
小さな影は盗賊に走り寄ると、その手を突き刺して、剣を取り落とさせた。そしてやっと気が付いたホムラが剣を振り上げ、盗賊を叩き斬る。
俺の手元には、殊勲を挙げたタワシがゆっくりと戻ってきた。なんとなくだけど、親指を立ててドヤ顔をしているように見えたが、おそらくただの錯覚だろうね。
ガシュガシューンッ!
大音響とともにゆれる地面。また近くに雷が落ちたのだ。
盗賊たちはひとまず撃退に成功したようだが、激しい雷雨はまだ続いている。
「みんな無事か? 怪我人はいない?」
とりあえず全員が揃っているようだ。良かった、シロもちゃんといる。
「後半組に怪我人はいないわ。」
「前半の女子三人も怪我人なし。危なかったけどね。」
「シロ、怪我してない?」
「うんっ!」
よかった、誰も怪我はしていないようだ。
「そう言ってるタカシは血まみれじゃないか。大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ。」
「雨合羽が斬られてて、真っ赤に染まってるんだが……。」
「ああ、大丈夫だ。雨合羽は縫わないと駄目そうだけどね。」
「……大丈夫というんだから、大丈夫なんだろうけど、無理はやめてくれよ?」
「だから大丈夫だってば。」
雷が遠くにいった隙を狙って、盗賊の死体を一時的に魔法の袋に回収していく。俺たちが倒した盗賊は合計で六匹だった。おそらくもっと来ていたんだろうけど、残念ながら逃げられてしまったらしい。
その夜はもうそれ以上の襲撃は無かったが、あまりに激しい雷雨のために、まともな睡眠はとれなかった。
朝になって雷は去ったものの、雨は止んでいない。それでもかなり小雨になっているので、昨日よりはマシな状況だ。テントから顔をのぞかせてみると、俺以外のみんなはもう起きて活動を始めているようだ。
「おはよう、みんな。ひどい夜だったな。」
「ああ、おはよう……って、タカシ、お前、明るいところで改めて見たら、とんでもないことになってるぞ。」
うん、自覚はあるんだけどね。
「ん~、繕って洗濯したいんだけど、時間があるかなぁ。」
他のみんなも、いくらか返り血を浴びて汚れてはいたけれど、どうみても俺が一番ボロボロの状態だった。三匹も盗賊を斬り倒したので返り血も多かったし、ちょっと切られもしたからね。
「で、死体の確認はした?」
「簡単にな。探索者の札はなかったし、荷物もほぼ空だ。」
「くそ~、頭領を逃がしたか。」
札が無いということは、探索者協会で報奨金は貰えない。あれは盗賊落ちをした探索者を粛清することによる報酬だからな。野良盗賊を狩ったところで何も貰えないのだ。
その上、荷物も空となると、せっかく頑張ったというのに、ほとんど儲けは無いことになる。
それにしても、まだ町を出て二日しか経っていないというのに、なんというボロボロ加減なんだろう。こんな調子で本当に三十日間も旅が出来るんだろうか。
俺たちがテントを張っているのは、少し小高い、丘のようになっている場所だ。そのためびしょ濡れになったこと以外には大きな影響は無かったが、少し離れた場所ではかなり状況が異なっている。
昨夜はあまりにも激しい大雨だったので、少し低くなった場所には周囲からも水が流れ込んで、まるで泥沼のようになっているのだ。こうして少し上から眺めていると、低い場所では膝の上まで泥に浸かっている、そんな姿が見える。
「これは街道を行くのは、しばらく無理じゃないかな。」
無理というのは言い過ぎかもしれないけど、少しは水が引いてくれないことには、まともに進めそうにない。
荷馬車なんか、身動きが取れなくなって、完全に立ち往生している姿まで見えるのだ。
そうして少し様子を見ていると、この先に進むのを諦めたのか、町の方に戻って来る人が増えて来た。そういった人たちに話を聞いてみると、どうやらこの先の橋が落ちたらしく、進みたくても進めない状態になっていると言うのだ。
「駄目だ、こりゃ。」
「いったん、町に戻るしかないわね。」
どこまで本当か分からないけど、戻ってくる人たちからは、川の堤防が決壊して、どうにもならないなんて話まで聞こえてくる。
メガーミさんとアーネさんも起きだしてきたので、この先どうするかを相談したところ、即決で町に戻る事が決まった。




