73.深夜の襲撃
盗賊相手は初めてかも知れないが、妖獣相手の時はいつも真っ先に気が付くのがマヤだ。彼女の繊細な感覚には、今まで十分な実績と信頼がある。
「どうする? 起こす?」
まだ見張りの交替までには、ちょっと時間がある。
「いや、まだ遠い。こっちに来ないかも。」
微妙な感じなのかな?
ホムラの方を見るとかぶりを振っている。まだ特に何も感じとってはいないようだ。彼女もマヤに続いて鋭敏な感覚の持ち主だ。それが何も無いということは、ただ単に、近くを何かが通り過ぎただけなのかもしれない。
「どうしようか。続けて巡回したほうが良いかな。」
「タカシ様、それなら私も行きますね。」
「そうだな、ウテナ、頼む。」
ウテナも立ち上がって軽く伸びをすると、テントの周囲の巡回を始めた。俺はウテナに同行はしない。少し時間を置いて、彼女が通り過ぎた後ろや逆側を索敵するのだ。
ウテナの後に続くようにして巡回を始めた俺の魔法ランプは、近づいてくる人影をはっきりと映し出した。
「近づいてくるぞ、人数はわからないけど、五人以上いる。」
人影はまるで逃げ散るようにして身を潜めたけれど、一度この目で捉えた以上はもう意味はない。
俺がみんなに聞こえるように声を上げると、俺とは逆側にいるウテナからも声が上がった。
「こっちにもいますよ、人数は分かりませんが複数です。」
ああもう、囲まれているってことかよ……。
「全員起きろ! 敵襲だ! 全員起きろ!」
こうなったらもう、まだ交替には早いなんて言っていられない。みんなに起きてもらうしかない。
ばい~~~ん、ばい~~~んっ!
マヤがフライパン二つを手に取って、それを打合わせて大きな音を立て始めた。シンバルとまでは行かないけれど、かなり大きな音だ。もしもこれを耳元で鳴らされたら、飛び起きる自信があるね。
「敵~、起きて~!」
「敵襲~! 敵襲~!」
俺たちが口々に叫んでいると、後半組も起きてテントからもそもそと外に出てくる。シロも起こされたのか、眠そうに目をこすっている。可哀そうだけど、これは仕方ない。
「タカシ、敵はどこ?」
「ぬし~、おしっこ~。」
あうう、同時に対応は無理だって。シロはちょっと待ってて、すぐ行くから!
「敵は俺が照らしているあたり、あとウテナの方にもいる。他にもいるかも知れない。」
「そういうことね。交替するから、シロの方に行ってあげて。」
「ああ、サキ、ありがとう。こっちは頼んだ。」
まだ敵はこちらを伺っているだけだ。もしも用を足すなら今しかない。
俺はサキと場所を替わると、半泣きになっているシロの方に駆け寄った。
「シロ、おしっこはまだ出てない?」
「うん……。」
よし、ちゃんと我慢してるのか、偉いぞ。シロにはさっさと済ませてやって、そのあとしっかり頭を撫でてやる。
なんだか緊迫している空気がまるで嘘のようだね。
「襲ってはこないな。諦めたか?」
「次の場所に移ったのかもな。」
盗賊どものやり方というのは、昼の間に何組か狙う相手に目をつけておいて、深夜になったら襲い掛かることが多い。つまり俺たち相手に失敗したのだとしたら、次の相手を狙うために移動するということだ。
そして他の盗賊たちについても同じことが言える。つまり、今この時、別の場所で別の相手を狙っている盗賊が、この後こちらに流れてくることもあるわけだ。
もちろんそれは襲撃に失敗した場合だけではない。襲撃に成功した場合でも、二匹目、三匹目の獲物を狙って、盗賊たちは闇の中を徘徊するのである。
「もう交替の時間は過ぎちゃってるし、前半組には休んでもらった方がいいわね。」
「ああ、後は俺たちに任せてくれ。」
「わかった、悪いけど俺たちは眠らせてもらうわ。」
「後は頼むわね。」
後のことは後半組に任せ、俺は半分寝たままのシロを抱いてテントの中に入った。こっちのテントは俺とシロだけなので、なんとも広々としている。これならシロの寝相とは関係なしにゆっくり休めるね。
そう言えば、この騒ぎでもメガーミさんとアーネさんはグースカ寝ているみたいだ。多分だけど中身の女神様とお姉さまはしっかり起きているだろうし、何があっても問題ないだろう。
その後、俺たちは二度ほど叩き起こされることになったが、結局、盗賊たちは逃げ散るだけで、襲撃はしてこなかった。
おかげで前半組はあまり眠れていないので、いつもより遅めに起きだして、いつもより遅い朝食を取る。最初から前半組はこうなる予想はしていたけど、眠いものは眠いのだ。
一晩中ずっと眠っていたメガーミさんたちも、起きるのは俺たちと一緒だった。一応は護衛対象だし、相手が相手だから文句は言えないけどね。
近寄ってきた盗賊たちはおそらく五組。いつもなら全部しっかり狩りとって、お金が儲かっていたところだろう。しょうがないとはいえ、もったいない話だ。
昨夜は襲われずに終わったけれど、これで終わったわけではない。道中はまだまだ続くというのもあるけれど、実はそれだけじゃない。
盗賊というのは一度失敗した相手は諦めるスタイルの者もいれば、一度狙った獲物を執拗に狙う者もいる。そして執拗なタイプの方が圧倒的に多いのだ。つまり昨夜失敗した盗賊たちは、明日も、そして明後日もやって来るということなのだ。
なんで俺がそんなことを知っているのかと言えば、それはゴミ一族を尋問しているからだ。こういうことになってしまったし、もう少し詳しく話を聞いておけば良かったと思うけど、それこそ後の祭りっていう話だ。
びしょびしょに濡れたテントを畳みながら、何度も中と外と行き来したために泥まみれになった床板を見て、こういうのも浄化の魔法一発で、布はすぐに乾き、汚れもすぐに落ちていたんだなあ、なんて思ったりする。
雨合羽無しで何度も外に飛び出したので、鎧どころか下着まで雨がしみ込んで、まだ湿ったままだ。
雨合羽だってテントの中に干してはいたけれど、もちろんまだ乾いてはいない。着ようと思っても手足に貼りつくし、中まで湿っているから着た後にも張り付いたままで、なんとも動きにくい。
俺はヤレヤレ系じゃないと自分では思うんだけど、この状況がまだ一ヶ月も続くのかと考えたら、やっぱりヤレヤレだと思うんだよなぁ。
「よし、今日も元気出していこうか!」
気合を入れ直したからといって、それで雨が止むわけではない。とはいえ、あんまり落ち込んでばかりはいられない。
まったく柄じゃないけれど、一応このグループのリーダーということになっているし、しっかり元気な声を出していこう。空元気だって元気のうちだ。
「おう! まだ始まったばかりだからな! 次はしっかり気合入れて狩ろうぜ!」
「そうだな。あと何日かは夜警になれる必要があるが、慣れてきたらしっかり引き込んで確実に仕留めていこうぜ。」
「収入のこともあるけど、食べ物の補給だって必要だもんね。」
いつの間にか護衛の仕事から盗賊狩りの仕事へと、目的が変わっている気がするぞ。それに盗賊は、食料を持って来てくれる人じゃないと思うんだ。
俺たちは昼過ぎに町を出発したこともあって、同じように北へ向かう旅人の姿はかなりまばらだ。
人が少ないので気を使う必要が無いのは楽で良いけれど、人が多ければ誰かに同行を願い出るなどして、警戒の負担を共有できるわけだから、一概にどちらが良いとは言えなかったりする。
「ぬし~、だっこ~。」
昨夜は何度も起こされて眠いのだろう。いつも朝は元気なシロが、かなりぐずっている。
「よ~し、ちょっと待っててね。」
どうやら長時間コースになりそうな予感だ。ここは抱っこ紐の出番だね。
自分でしがみついていてくれれば楽なんだけど、途中で寝ちゃったりして、ずっと腕だけで抱いているとかなりきつくなってしまう。そんな時は抱っこ紐が活躍するのだ。
抱っこ紐があると自由に動き回れなくなるから、シロはあまり好きじゃなくて嫌がるんだけど、眠い時は素直に受け入れてくれるんだよね。
いつも抱っこしたり、おんぶしたり、肩車したり。まだ幼いとはいえ、体重はかなり重たいから大変だ。でもこんなの、今だけの話なんだよね。
シロの母親が引き取りに来るから、という意味じゃない。あの草原の火事から二ヶ月以上が過ぎているのだ。シロの母親がどうなったのか分からないけれど、この先、名乗り出てくる可能性はかなり低いと思っている。
そうではなくて、来年か再来年にはシロは大きく成長して、俺の抱っこや肩車なんて必要とされなくなるって話だ。
こうしてシロを抱っこするのも、それまでの辛抱というか……、保護者の権利だと思って頑張るとしようか。




