71.女神様?の護衛
俺たち『地獄の賢者』の中級探索者への昇格試験の課題は、メガーミとアーネと名乗る、女神様とお姉さまにとても良く似た二人の美女の護衛依頼だった。いや、十中八九、女神様たち本人だろう。
シルビアとグロリアの二人の精霊も、女神様とお姉さまによく似ていたけれど、髪の色が違っているのでかなり雰囲気が違っている。でもこの二人は髪の色まで同じ黒。そのため女神様たちと瓜二つと言っていいほどなのだ。
着ている服はギリシャ風のヒダヒダ服じゃなくて、探索者風の服に革鎧のコスプレだけどね。
お互いの自己紹介が終わったので、受付嬢のミハルさんが今回の仕事内容の説明を始めた。
「もうお分かりかと思いますが、みなさんにはこのお二人を護衛していただきます。目的地はこの国の王都ミヤーコ。移動は馬車ではなくて徒歩。片道でおおよそ一ヶ月くらいの距離ですね。」
行って帰ってくるだけで二ヶ月か。まだこの町に来て三ヶ月くらいしか経っていないというのに。護衛の仕事って、やっぱり時間がかかるなあ。
「探索者協会の規定により、途中の食事や野営などの設備は、各々自分で準備していただきます。途中で寄り道や行先が変更になった場合は、そこで護衛は途中終了です。」
「途中の町での宿はどうなるの? 別の宿だと護衛できないし、だからって高い宿に泊まられると、こっちは赤字になりかねないよね?」
「規定により、その理由によらず、宿代は依頼者側の支払いになります。今回の場合、基本的には途中の町には泊まらずに、野宿を続けるということですが、急病や突然の嵐など緊急事態には、町で宿泊する場合もあります。この場合は寄り道には当たりません。」
「例えば途中で妖獣や盗賊に襲われて討伐した場合、その取り分はどうなるのかしら?」
「今回の護衛は『地獄の賢者』だけですから、普段通り、探索者で頭割りですね。今回のお二人は探索者ではありませんので、『地獄の賢者』での頭割りになります。
リーダーのタカシさんには規定をまとめたものをお渡ししておきますので、出発までに熟読しておいてくださいね。」
他にも細かいことは、探索者協会の規定で決まっているみたいだね。別に杓子定規に従う必要はないけれど、もしも揉め事になった時にはそれに従う必要があるってことだ。
「あとは……出発はいつですか?」
「今すぐね。」
「あの……。」
「今すぐよ。」
ええっと、お姉さま、じゃなくて、アーネさんだったっけ?
準備期間なしってこと? そんなのアリ?
「それじゃあ最後に一つ、この依頼って断って良いですか?」
受付嬢のミハルさんは、俺の質問にびっくりしたような顔をしているが、グルプリーダーである俺の立場から言えば、これは必要な質問なのだ。
護衛依頼は儲からない。もうびっくりするほど儲からない。これは真実だ。だから本音を言えば、こんな依頼はまったく受けたいとは思わない。
例えば今回の依頼、行きに一ヶ月、帰りに一ヶ月、合わせて二ヶ月の仕事になる。しかしお金が貰えるのは行きの一ヶ月だけ。帰りの一ヶ月は自由時間扱いなので、収入は無いのだ。
もちろん帰りの分の護衛依頼を受ければ、この問題は解決する。だけど普通は、そんなに都合よく帰りの護衛依頼が見つかることはない。
たとえば隊商などは同じ経路を行き来するので、護衛のメンバーも固定のことが多く、部外者が護衛に参加できる可能性はほとんどないのだ。
それを見越して、護衛の依頼料は通常の五割増しぐらいに設定されているけれど、それでも収入が下がることは間違いないのである。
それだけではなく、俺たちの場合は狩り収入が非常に高いため、五割増しぐらいでは割に合わないのだ。
そして今は盗賊の多い雨の季節である。この時期に辺境を離れて王都方面に行くなど、お金を捨てるようなものだ。
「お勧めはしませんが、まだ受理されたわけではありませんので、断ることは可能ですよ。」
ミハルさんの答えは、断ること自体は可能というものだった。ただしそれは書類上での話であって、現実的にどうかといわれると、限りなく不可能に近い。
この依頼は中級探索者への試験を兼ねているので、もしも断れば中級への昇格は取り消しになってしまう。
でもそれだって些細な問題だ。メガーミさんとアーネさん、女神様たち本人では無い可能性も残っているけれど、その関係者であることはほぼ間違いない。
もしも断ったりしたら、いったいどんな祟りがあるか、想像することすら恐ろしい。
うん、かなり嫌だけど、この依頼は受けよう。
「この依頼は受けようと思うけど、食料の補給が必要かもしれない。みんなの在庫はどんな感じ?」
「確認が必要だな、ちょっと待ってくれ。」
全員が一斉に、自分の魔法袋の確認を始めた。人間には思い込みというものがあるので、在庫の確認作業は記憶に頼らず、ちゃんと現物を確認しておく必要がある。
もしも確認を怠って旅の途中で食料が尽きたら、全滅することだってあり得るのだから、これはとても大切な作業なのだ。
「一人なら三ヶ月分くらいだな、芋だ。」
「私も同じくらいか、ちょっと少ないぐらい。二ヶ月半ってとこね、芋よ。」
「俺は今までの取り分そのまま残ってる、二ヶ月分、芋だ。」
「同じく、芋が二ヶ月分だよ。」
「あわあわ、みなさん済みません、芋が一ヶ月分ぐらいしか……。」
「俺たち四人は一ヶ月分の芋、それと全員で十ヶ月分くらい肉があるから、今すぐ出発してもなんとかなりそうだ。」
「二ヶ月ちょっとなら、いつも通りに芋と肉を半分半分で行けそうですね。」
今すぐ出発というのは慌ただしい話だけど、食料の在庫は大丈夫そうだね。
「それじゃ、みんな、受けるってことで良いよね?」
「異議なし!」
「ああもう、お金がもったいないけど、やるしかないわよね。」
「賛成だ!」
こうして俺たちは、初の護衛依頼を始めることになった。
今すぐ出発ということだったので、急いで依頼書に署名をすると、そのまま探索者協会支部の建物から出て、町の城門へと向かう。
そしていつもの門番さんが手を振ってくれているのに軽く会釈すると、街道を狩りの時の西ではなく、王都方面に繋がる北へと足を進め始めるが、やはり何となくだけど西への道とは雰囲気が違う。
風景などはあまり変わり映えしないけれど、何というか、こっちに向かって歩いてくる人、つまり町を目指している人の数が多いのだ。
今は昼過ぎなのであまりわからないけれど、もしもこれが朝方だったとすれば、俺たちと同じように町を出る人が多かったことだろう。
「メガーミさん、アーネさん、雨が結構強いから、ちゃんと雨具を着てください。風邪をひきますよ?」
「大丈夫ですよ~、濡れませんから~。」
二人をよく見ると、魔法の結界か何かを張っているのか、雨水は体に全く当たらずに、何かに弾かれているように見える。
なんだか二人の周囲にガラスでもあるかのように、水滴が溜まっていて、まるで水滴の柱が勝手に歩いているようだ。
「それ、目立ちすぎですって。雨合羽の予備を貸しますから、ちゃんと着てくださいよ。こういうのも旅の経験になって、あとで懐かしく感じますから。ね?」
「しょうがないわね、それなら頂くわ。」
「貸一つですよ~?」
いや、あげないし、貸しはこっちの方だってば。
ちゃんと雨合羽を着て大きめのてるてる坊主になった二人を、隊列の真ん中に挟むようにして守りながら、俺たちはさらに街道を進んでいく。
(そろそろ周囲の警戒をお願いして良いかな? どこにどれだけ盗賊がいるかわからないし。)
《…………。》
〈…………。〉
シルビアとグロリアに周囲の警戒を頼んだのだけれど、まったく何の反応もない。こんなことは初めてだ、何か怒らせるようなことをしたんだろうか? まったく身に覚えが無いな。
(お~い、二人ともどうしたの?)
《…………ただいま封印されています…………》
〈…………ただいま封印されています…………〉
封印だって? なんだそれ、もしかしたら女神様の仕業?
{仕業はさすがに酷いですよ~、必要があって止めてるのに~。}
(ああ、メガーミさんの正体は、やっぱり女神様でしたか。)
シルビアとグロリアは女神様に封印されているようで、その代わりに女神様本人が反応してくれた。
{私の本体じゃなくて、影みたいなものだけどね~。それより貴方、無理をしすぎよ~。強い魔法の使いすぎて、かなり魂がすり減っちゃってるわ~。}
(え~っと、それってどういうこと?)
{極大魔法みたいなのとか、人間を混ぜ混ぜして人造人間を作るとか、魂の負荷が大きすぎる魔法ばかり使いすぎなのよ~。おかげでもう寿命がほとんど残ってないわよ~?}
なんと! あの大穴を空けた魔法はともかく、ゴミ一族の製造ってそんなにヤバいものだったのか。
痛みとか何もなかったから、気づいてなかったよ。そう言えばたしか、黒魔法の奥義とか何とか言ってた気がしないでもない。
(で、俺の寿命って、後どれくらい残ってるんですか?)
{そうね~、四分三十三秒くらいね~。}
みじかっ!
{貴方は四分二十五秒後に死んじゃいま~す。}
(うわ、もう八秒も減ってるし!)
{これから応急措置をして修復するけど、しばらくは魔法禁止ですからね~。}
(あの、しばらくってどれくらいですか?)
{そうね~、魔法が使えるようになるのは、だいたい二百四十万秒後くらいかしら~。}
(それって何年!)
{だいたい四週間後くらいね~。}
うわぁ、つまりこの護衛任務の間、ほとんどずっと、精霊さんたち無しでやらないと駄目ってことか……。
これは今回の護衛任務、かなり厳しくなっちゃったぞ。




