70.魔人と昇格試験
新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
俺たちはお昼には孤児院を出て、協会支部の訓練場で体を動かすことに決めた。ウテナは露店の見回りのあと神殿に報告に行くというので別行動だ。
ウテナによれば、女神様の神殿に使える人たちは、武器を持って守ることを良い事と思わない傾向があるらしくて、そのためにヤクザ者たちに良いようにやられているのが実情だという。
「なあ、タカシ、いっそのこと俺たちで、ヤクザ全滅させたら良いんじゃないか?」
「そうよね~、人の町で勝手な事ばっかりしてさ、ちょっと痛い目見せた方が良いよね、絶対。」
ハヤトとサキはこの町で生まれ育った生粋のイナーカ町民だ。戦争で流れて来た奴らに治安を乱され、町が、そして人の心が荒廃していくのが見ていられないのだろう。
「やりたいのなら、やったらいいと思うよ。」
「なによ、タカシは手伝ってくれないの?」
そうだなぁ、正直言えば面倒臭いと思っている。
目の前で人が殺されそうになっていたら、助けに行くと思うんだけど、そうじゃないなら、あまり手出しはしたくないんだよね。もちろん俺に襲い掛かってきたら、ぶち殺すけどさ。
もしも神殿がヤクザで困っているのなら、自分たちで戦うか、それとも誰かを雇うかしないと始まらないと思うんだよね。
「賢者は魔人ではないってことか。」
「その魔人っていうの、たまに聞くんだけど、いったい何のこと?」
最初に聞いたのは、たしかホムラやマヤを助けようと、盗賊たちに突撃した時だったかな? あの時、盗賊だけじゃなく、ホムラとマヤも、魔人って言葉をつぶやいていたはずだ。
「えええ~、魔人を知らないなんて、賢者っていったいどんなところで生活してたのよっ!」
「そんなに有名なの? その魔人って。」
「有名なんてものじゃない、たぶん孤児院のチビたちでもみんな知ってるぞ。」
「知らない人がいることの方が信じられないわよ。」
う~ん、そんなに有名なのか。
「主様は少しおかしいですから。」
「少しじゃない。完全におかしい。」
実はホムラとマヤは、タカシのことを魔人だと信じて疑っていない。
この世界で魔人というと忌避される存在なのだが、二人にはそれぞれの考えがあって、自由に振る舞って良いと言われているにも関わらず、こうしてタカシに付き従っているのだ。
「魔人っていうのはな、タカシ、その昔、世界を滅ぼした化け物たちのことだ。」
「黒髪黒目で、顔のっぺりしてて表情がなく、恐ろしい力で国という国を滅ぼし尽くした、なんて言われているわね。」
黒髪黒目、これは合ってるな。顔はのっぺり……してるかも。恐ろしい力……これは俺じゃなくて、精霊さんたちの力だけど、まあ合ってる。てことはつまり、俺って魔人なの?
でも黒髪黒目といえば、女神様やお姉さまだってそうだったし、精霊さんたちとは比べ物にならないくらい、とんでもない力を持っていたけどなぁ。ちょっと実感がわかないな。
「この国のやり方はおかしい、そんなことは気に入らないと、変な難癖をつけては国々を滅ぼして、すべてを征服していったと言われているな。例えば盗賊だからって殺しちゃいけないとか、妖獣だって保護するべきとか、武器の所持は禁止とか。」
「自分たちの趣味のために人間を改造して、人間に似た別の種族を生み出したとも言われてるわね。頭に猫みたいな耳が生えてる人たちとか、痩せてて耳の先が角みたいに伸びてる人たちとか。」
おいおい、それって日本人の転生者が好き勝手したってことじゃないのか? そんでもって転生者が人間を獣人やエルフに改造したってことじゃ?
「そうして一大帝国を築き上げたけど、あまりに酷い状態だったので女神様がお怒りになって、一夜のうちに魔人たちを打ち滅ぼしたっていう話よ。その女神様を信仰しているのが、ウテナがいる女神神殿ね。」
その魔人が作った一大帝国とやらの首都が、地下遺跡に名前が出て来たオーエドってことなのか。だとするとやっぱり、魔人の正体は日本人の転生者臭い。
しかし待て、ちょっとおかしくないか? 転生者が好き勝手したので女神様が滅ぼしたとしたら、なんで俺は転生できたんだ?
わざわざ一度滅ぼした転生者を、もう一度この世界に呼ぶ必要なんて、どこにもなかっただろうに。
あの女神様のことだから、何も考えていなかったというか、人間の世界のことなんか気にしていなかったって可能性も高いけど。
「で、タカシ。お前って魔人なの?」
う~ん、どうなんだろう?
「正直な所、よくわからん。そんな昔には生まれてないから、知り合いでもないはずだ。精霊さんたちが関係してるかもと思ったけど、精霊さんって黒髪黒目じゃないんだよね。」
ホムラたちも知っていることだけど、精霊さんたちは金髪銀髪だ。
「俺はタカシが、殺した盗賊で別の人間を作った時に、こいつ魔人じゃないかと思ったんだけどなぁ。」
「私は魔法であの大穴を空けた時ね。」
「でも賢者が作ったのって、耳が尖ったりしてない普通の人間だっただろ? あれってただの黒魔術の奥義じゃないか。」
ただの奥義って、すごいパワーワードな気がするぞ。
「それに奴隷は持ってるし、盗賊だって妖獣だって平気で殺すし、毎日剣を振ってるし、すごい力は精霊によるものだし、実は黒髪黒目しか合ってる所が無いんだよ。」
「顔はのっぺりしてると思うわ。」
「でも表情は豊かってほどじゃないけど、ちゃんとあるよな。あと、考えてることは、全部顔に出てるし。」
「結構わがままで、気に入らないことが多いと思うよ! 私たちの料理にケチつけたりさ。」
「あの料理に文句言うのは、人として当たり前のことだろ? どっちかっていうと、あの料理の方が国を亡ぼすレベルだぞ。」
魔人については良く分からないけど、あの料理が凶悪だってことは俺も同意するぞ。
こうして俺の魔人疑惑は、特に結論が出ないまま幕を閉じた。
だってみんな、魔人の事を知っているといっても、昔話や伝説みたいなもので知っているだけで、実際にどんな人たちだったのかを詳しく知っているわけじゃない。
すごい力を持っていたっていう話も同じで、山を割ったとか、海を干上がらせたとか、それがどこまで本当なのかもわからない。獣人やエルフのようなものを生み出したって話だってそうだ。
分わからない者同士で話をしたって、そりゃ分からないって結論しか出ないよね。
朝になって、中級試験の護衛対象との顔合わせのため、協会の二階に行ってみたところ、受付のミハルさんに別の部屋に通された。相手はもう来ていて、俺たちのことを待っていたみたいだ。
「すみません、遅刻でしたか?」
「いえいえ、まだ時間前よ~。私たちが来るのが早すぎただけだから、気にすることは無いわ~。」
あれ、なんだ? どこかで聞いたことがある口調だぞ。相手をよく見ると、やはりどこかで会ったことのある顔だ。
ていうか、女神様やん……。
貴女、こんなところで何してるんですか!
その黒髪といい、豊かな胸まわりといい、間違いない。それにその横に座っている女神様に似た女性はお姉さまだ。
「え? 精霊さま? え? なんで? え?」
ホムラ、それ違う。よく見て見ろ、似てはいるけど、髪の色が違うだろ?
声には出していないけれど、その表情を見たところ、マヤも混乱しているみたいだ。ウテナは……特に驚いてはいないな。神官だからといって、女神様に会ったことが無ければわからないか。
「俺は初級探索者グループ『地獄の賢者』のリーダー、タカシです。それとグループの仲間たちです。」
いつまでも眺めているのは失礼なので、俺はとりあえず自己紹介することにした。もちろんグループの仲間も順番に紹介していく。
「私はメガーミ、こちらは姉のアーネ。今はお忍びで身分は言えないので、名前だけで許してくださいね~。」
女神様はその名前からして、自分の正体を隠す気なんて全然ないに違いない。
それにお忍びって……、さては、また暇になったからって遊びに来たな?




