67.雨の中の狩り
翌朝には少し小降りになっていたものの、まだ雨は止んでいなかった。
「しばらくは、こうして降ったり止んだりの天気だ、諦めるんだな。」
地元の奴にそう言われたら、そういう物だと思うしかない。
雨の中とはいえ、狩りの方は順調だ。シルビアとグロリアに獲物のいる方向に誘導してもらっているのもあるけど、群れを小さく分割するようにうまく制御してもらっているのも大きい。
基本的に囲まれることはなく、同じ方向から数匹ぐらいの小さな群れが、断続的にやってくるように調整されているのだ。俺たちは前衛を交代で回しながら、自分の番の時だけ本気を出せば良い。
狩りの途中で気を抜くのはあまりお勧めできることではないけれど、こうして雨が降っていて体力を削ぎ落され続けていることだし、あまり厳しくしても良い結果にはないからね。
まずは全員がしっかり戦えるようになること、それが出来るようになって初めて、大きめの群れと戦えるようになるのだ。
実地研修の時だって、精霊さんの障壁魔法が無ければ全滅していたっておかしくはなかったわけだし、まずは一対一で戦えるだけの地力をつけないことには話にならない。
前回よりも南の森に近いからか、今回は妖獣クマーの割合が増えているようだ。そしてちらほら、妖獣シバーに似ているけれど、それよりも一回り以上は大きい、妖獣キシューの姿も混ざっている。
妖獣シバーも妖獣キシューも、前の世界の犬に似た妖獣なんだけど、大きさは全然違っている。妖獣キシューなんかもう、月の輪グマどころか、ヒグマぐらいの大きさがあるのだ。
そんな化け物たちと剣一本で戦っているのだから、この世界の人たちって何とも逞しいというか、強すぎるように感じざるを得ない。
俺だってまあ似たようなものだ。毎朝素振りをしているのが効いているのか、いつの間にかクマほどあるような大きな妖獣を、普通に剣で切り倒せるようになっているのだ。
たしかに女神様から、異世界生命適応とかいうスキルを貰っているので、この世界の人たちと同じようなことが出来るのは、何もおかしな話ではないんだけどね。
雨が降り始めてから十日、森に入ってからだともう二十日ほど経っている。
ハヤトが言っていた通り、雨は数日振り続けては少し止み、また数日振り続けては少し止むというのを繰り返している。雨が止んだ時もすっきりと晴れわたるのではなく、天気は曇り空のままだ。
おかげで森の中は毎日が薄暗くて、それに合わせて心も沈んでいく感じがしていけない。他のメンバーも疲れがたまっているのか、ちょっと元気がない気がするけど、そんな風に感じるのも俺の気のせいなんだろうか。
「一ヶ月ほどって予定だったけど、もうそろそろ上がりにした方がいいんじゃないか?」
「ちょっと森の奥に入りこんでいるし、森から出るにも時間がかかるからな。」
俺だけじゃなく他のメンバーも同じような気持ちだったらしい。確かにこの場所からだと草原に出るのに一日かかるし、少し早めだけど終わりにした方が良いだろう。
《えええ~、せっかく妖獣を集めてるんだから、それは全部狩っちゃって欲しいですよ~。》
〈結構たくさん集めてるからね。全部倒すとなると、一日ぐらいかかるんじゃないかしら?〉
「う~ん、疲れも溜まってるし戻っても良いんだけど、精霊さんたちに妖獣を集めてもらってるところだったんだよね。それを全部倒してからにしたいんだけど、駄目かな?」
「たしか精霊の機嫌を損ねたら拙いんだよな?」
「そういうことなら、全部狩ってから戻りましょうか。」
「みんなごめんね、もう少し早く判断すれば良かったよ。」
そうして狩り始めたんだけど、これまでとは比べ物にならないぐらい数が多い。倒した妖獣の血抜きや解体をしようと思っても、そうこうしているうちにすぐ次の妖獣が来てしまう。
(ええ? これ、どういうこと?)
《大きな群れがいくつも勝手に寄ってきちゃったんですよ~。》
〈解体はこっちで引き受けるから、狩るのに専念しなさい。〉
なんてこったい。
「精霊さんたちと関係なく、大きな群れが大量に寄って来たみたいだ。血抜きと解体は魔法でやってくれるから、全力で倒してくれ!」
「うおおお、そういうことか、了解だ!」
「そりゃ相手が来ちゃった以上はどうしようもないわね。」
そこからはもう、倒しても倒しても終わらない、無限かと思われるような戦いが続くことになった。もう休憩している時間なんてない。ただひたすら剣を振るって妖獣を倒すだけだ。
マヤなんか途中で何回か倒れ、サキやチヅルも一度戦線を離れてることになった。シロも途中で飽きてしまい、その相手をするためにウテナも何度か後ろに下がらざるを得なかった。
妖獣が来る、倒す。妖獣が来る、倒す。妖獣が来る、倒す。
もう自分が何をやってるのか分からなくなってきたころ、ようやく妖獣が減り始めて、その日の狩りが終わった。足元は妖獣の血で真っ赤に染まっている。
「ふう、お疲れさま。今日は今までの四倍以上の大猟になったみたいだ……。」
「四倍とかいらん、早く休みたい……。」
「もうしばらく妖獣狩りはしたくないわね。」
「……同感です。」
いや、みんな申し訳ないんだけどね……精霊さんたちからみんなに話があるそうなんだ……。
「明日は森の端に移動しながら狩ることになるよ。大丈夫! 残りは今日の半分くらいだから、なんとかなるって!」
「お、お前、賢者! いい加減にしろっ!」
そんなことを俺に言われても……、文句は勝手に近寄ってきた妖獣たちに言って欲しい。
翌日は同じような狩りを、今度は移動しながら行うことになった。
《後ろから襲われると足が止まりますからね~。妖獣たちはちゃんと前に誘導するようにしますよ~。》
〈昨日と同じく血抜きと解体は引き受けるから、頑張って狩ってね。〉
二日連続の狩りっぱなしはさすがにきつい。昨日の疲れがまだ残っている上に、今日は移動までしなければならないのだ。
みんなはまるで機械にでもなったかのように、何も考えず、ただひたすら狩りながら歩くだけの存在になっていく。
もしも後ろを振り返ったなら、妖獣たちの血がまるで赤い川のように延々と続いているのが見えただろう。でも誰も後ろを振り返ることはない。ぶっちゃけそんな暇は誰にもないのだ。
「おい、これ本当に昨日の半分か? 昨日より増えてるんじゃないのか?」
「いや、どうだろう、歩いているから、そう感じるだけじゃないかな?」
妖獣を斬る。妖獣を斬る。妖獣を斬る。
「ちょっと、やっぱり増えてない?」
「いや、多分だけど勘違いだと思うよ。」
妖獣を斬る。妖獣を斬る。妖獣を斬る。
「これ、絶対増えてますよ!」
「いや、気のせいだよ。」
妖獣を斬る。妖獣を斬る。妖獣を斬る。
妖獣を斬る。妖獣を斬る。妖獣を斬る……。
「おい、絶対増えてるって!」
「気のせいだってば。」
うん、絶対増えてるよね、これ。
なんとか迫ってくる妖獣を倒し尽くし、森の端までたどりついたころには、全員が疲労困憊の状態で、テントの用意も食事の準備もする気が起きない状態になっていた。
「みんなお疲れ様~、今日は昨日の五割増しぐらいの超大猟になったよ、良かったね!」
「け、賢者! お前なあっ!」
「まだ叫ぶ元気があるなら大丈夫だね、まだまだ戦えるよ。」
いや、俺だって叫びたいけど、妖獣が寄ってきちゃったんだから仕方ないじゃないか。
その日、俺たちはテントも料理も精霊さんの魔法に任せて、食事のあとなんかはもう、すぐに寝入ることになってしまった。
さすがにその翌日は、みんながすぐに起きてくることは無く、遅い朝になってしまった。まだまだ疲れが残っているとはいえ、それでも一晩寝た後だ。かなり元気は回復している。
みんなも色々と言いたいことはあるみたいだけど、狩りとしては大成功だ。肉や皮革は大量に確保できたし、材木だってかなり余裕をもって在庫できた。大量の妖獣を狩ったことで、みんなの技量もかなり向上したと言って良い。
《ここの藪は刈らずに置いておきますから、みなさんには空を飛んで越えてもらいますよ~。》
「ほらほら、みんな集まって。この藪は空を飛んで越えちゃうから。」
空を飛ぶにはみんなが集まる必要がある。俺はまだ恨みがましい目でこちらを見ている仲間たちを呼び集めた。
「えっとえっと、空って? え? え?」
空を飛ぶと聞いただけで少し混乱しているウテナの反応が、なんだかとても新鮮だ。
他のみんなは大穴の底まで下りて、そこから戻って来てるからね。ちょっと森の外まで飛ぶぐらいなら、もうなんてことはない、へのカッパなのだ。
森から出てすぐは何も感じなかったが、街道に向かって進むにつれて、風の強さが気になるようになってきた。嵐ということもないのだけれど、草原だと遮るものが何もないので、どうしても風を強く感じるのだろう。
雨に濡れた体に風が吹きつけて、少し肌寒い。焼け焦げた地面には枯れ葉が積もっているはずもなく、泥のようになっていて足を取られる。
シロは泥だらけの草原を喜んで走り回っていた。小さい子ってなぜか泥んことか水たまりとか大好きだよね。
「ほら、シロ。走り回っていると転ぶぞ?」
べちゃっ!
ああもう、言ってるそばから転んでるし……。
「うわ~ん、ぬし~。」
泣いちゃってるし。
ほら、精霊さんに頼んできれいにしてもらうから、もう泣きやみなさいって。
浄化してもらってもすぐには泣き止まないシロを抱き上げて、そのまま泥の中を進んで行く。これ結構すべるから、気をつけてないと俺たちだって転びかねないぞ。
べちゃっ!
ダイキが転んだ。
「うわ~ん、ぬし~!」
ダイキだと、シロの真似したってまったく可愛くないってば。
お願いしてダイキも浄化してもらったけど、この先、何人が転んで、精霊さんのお世話になるのかなぁ。




