66.雨の森
俺たちの中級探索者への昇格試験だけど、ちょうどいい依頼がないらしくて、大きく延期されることになってしまった。
町の中で待っていても仕方ないので、俺たちはとっとと狩りに出ることに決めて、今は町から離れたところで野営の準備をしている最中だ。
試験の延期は残念だけど、現状だと食料不足の問題が激しいし、肉の供給にそれなりに貢献している俺たちを、長期の護衛依頼に回すのは不適切だという判断も働いたような気がする。
それなら肉の納品で中級に上げてくれてもいいようなものだけど、そこは本部が決めた規則というものがあるらしくて、いくら我儘な支部長でもあまり無理はできないみたいだね。
肉の供給にしたって、そこまで無理を通せるほどの貢献をしているわけじゃない。それに盗賊落ちを狩って、供給を細らせているネガティブ要因もあるわけだし。
ゴミ一族も集めれば決定的な力があるかも知れないけど、それこそが協会本部や、この町の探索者協会支部が禁止している、探索者同士が徒党を組んで好き勝手することに繋がるわけだ。
中級、そして上級に上がれば、かなり我がままが通るようになるらしいけど、今だって支部長にいろいろと我がままを通してもらっているわけだし、ここで無理をしても良いことは無いと思う。
食料の準備は実地研修の時からの流れで、各自で持ち寄って、狩りが終わったら現物で清算する方式に落ち着いている。
持ってくるのは芋でも肉でもなんでもいいが、あの時からの流れなので、ハヤトやダイキたちは芋、俺たちが肉を出す形になっていた。
「こないだ一緒に実地研修したばっかりだっていうのに、もう中級試験とか。お前らいったい何なんだよ。」
「ん~、俺たちは普通だぞ? おかしいのはタカシだけだ。」
「ええ、そうね。変態なのは主様だけよね。」
そんなにおかしいことなのか、と問われると、実はかなりおかしな話だったりする。初級から中級に上がるには、普通だと三年から五年くらいはかかるらしい。
スザクの『不滅の壁』はかなり早くて、たった一年半で中級に上がったらしいが、これはほとんど最速と言っていいぐらいの昇進速度だったそうだ。
俺たちはこの町に来てからまだ二ヶ月ちょっとだから、もしもこれで中級に上がることになったら、とんでもない最速記録ってことになるわけだ。
まだ上がったわけじゃないけど、もしも試験で合格したら『地獄の賢者』が中級グループになるわけだから、全員が中級を名乗れるようになるんだよね。
それもこれも、すべて精霊さん二人の力なわけだから、俺も含めて、ちょっと実力に問題があるって言われたら、まったくその通りだと思う。
「あ~、芋の皮はこの魔法の袋に入れてね。あとで使うから。」
「了解~。回収は任せて。」
サキとチヅルは料理に触れるの禁止なので、芋の皮などの生ごみ回収を任せることになった。少しは仕事を作ってやらないと暇すぎて、いつ余計なことをしでかすかわからないからね。
芋の皮を残しておいてどうするかって? それはもちろん、ゴミ一族の製造に利用するのだ。今日の道中も目つきの悪い奴らを多く見かけたし、今回も大漁だと良いんだけどな。
前回の狩りでは、街道を二日、草原を一日のところの森に入ったんだけど、今回は少し足を延ばして街道を三日進むことにしている。
さらに一日進めば街道が分岐して、それを南の方に行けば最初に盗賊たちを倒した場所に出ることになる。今回はその分岐の手前まで行くってことだ。
前回は大量に狩ることに成功したので、同じ場所に行っても魔獣はあまり復活していないだろう。あまり人がいなくて妖獣がたくさんいるところ、その上あまり探索者が向かっていない場所ということで、そうなったわけだ。
「三日で討伐した盗賊は四十人強か。これって多いんだか、少ないんだか。」
「探索者証持ちもかなり狩ったし、売り上げはかなり行くだろ。」
この三日の街道行で、狩った盗賊の数は四十三人、解き放った人造人間は二十八人ということになった。前回より少しペースが遅い気がするけど、まだまだ減っている実感はしない。
ゴミ系の名前が枯渇したので、今回からはクズで始まる名前をつけているのだけど、ゴミ一族は四日で六十六人だったことを考えると、三日で二十八人というのはやっぱり少し減っているのだろう。
もちろん多少の増減はあるだろうから、もう少し様子を見てみないことにははっきりしたことは言えない。それにまだまだ盗賊が撲滅されたとは言い難いし、売り上げが下がったとしても盗賊狩りは続けていかないとね。
「売り上げも気になるんだが、向こうの方の空、ちょっと雲が多くないか?」
「確かに多いな……もしかしたら狩りの途中で雨になるかも知れないな。」
「ハヤト、まだ雨の季節には早いんじゃない?」
「でも、あの雲は雨が降りそうな感じよ?」
ハヤトとサキは地元も地元だし、ダイキとチヅルもイナーカの町出身ではないとはいえ、この地方の出身だ。その意見はあまり無視するわけにはいかない。
「雨になったらどうなる? 大雨? それとも小雨がダラダラ降り続く感じ?」
俺はこの地方どころか、この世界の事には疎いので、どういうことになりそうなのか、しっかり聞いておくことにする。
「そうだな……、二日降って一日曇り、みたいな感じかな。それなりに降るけど土砂降りにはなりにくい。」
「ねえねえ、まだ雨になるとは思ってなかったし、テントは用意してないよ? どうする、戻った方が良いかな?」
「テントは私も用意してません。雨具も持って来ていないですよ。」
たとえテントが無くても、シルビアとグロリアに頼めば、雨にぬれずに過ごすことも出来るだろう。
(どう? 雨は降りそう?)
《小雨はパラパラ振るかも知れませんね~。でも一ヶ月後にはどうなるかわかりませんよ~。》
〈今ある素材でも人数分の雨合羽は作れるわよ。森の入ったらテントを作っちゃえば問題ないわ。〉
そうか、それなら安心だね。
「降ってくるようだったら、雨合羽を作るから問題なさそうだよ。森に入っちゃえばテントだって作れるし。」
「さすが賢者だな、もうメチャクチャだぜ。」
「そういうことなら、このまま進むか。」
「そうね、そうしましょう。」
「私も賛成です。責任は主様に取ってもらうってことで。」
せっかく一ヶ月ぐらいを狩りにあてようとしてるのに、雨の季節が来るとはね。巡り合わせが悪いというか何というか。
精霊さんたちの予想通り、森の手前で小雨が少しパラパラと降っただけで、その後の十日ほどは雨は降らなかった。狩りの方も絶好調で大猟という結果が続いている。
そんな天気が崩れたのは朝方、食事が終わってこれから狩りを始めようという時間帯のことだった。
「ついに降って来たね。雨合羽はもう渡してあるよね?」
「ええ、ちゃっちゃと着ちゃいましょう。」
ポンチョ風の雨具はすでに全員分用意してある。しっかり水が漏らないような布で出来ているけど実はまだ試したことがないので、本当に大丈夫かどうかはこれから確認する必要がある。
テントも一応準備は終わっているけど、こちらまだ一度も建てたことがないし、性能もはっきりとしていない。
《失礼ですね~。精霊の仕事を何だと思ってるんでしょうかね~。》
まあ、駄目だったとしても、もう降りだしてしまった以上は後には引けないのだ。駄目ってことは精霊さんたちには頼れないのと同じことなので、その時は今ある手持ちの物でどうにかするしかないのだ。
俺は素早く自分のポンチョを着ると、シロにもまだ真新しいポンチョを着せてやった。ポンチョを着てフードをかぶせると、なんだかテルテル坊主みたいだ。
「肩車でもいいけど、落ちないように気をつけろよ?」
「は~い!」
毎度のことながら、返事だけは良いんだよな。
ちなみに俺のポンチョには、シロのための取っ手やなんかがいっぱい縫い付けてある特別製だ。
全員の準備が終わって、雨の中、移動を開始する。雨が降って妖獣がどうなるかが心配だったけど、特に活性化することも、どこかに隠れ潜むこともなく、狩り自体は順調だ。
雨脚は衰えることはなく、それどころか次第に強くなってくる。
《これぐらい降るのは普通ですよ~。》
〈逆に言うと、これ以上に降ることはまず無いわね。〉
かなり降ってはいるが、土砂降りというほどではない。これ以上に降りそうなら警告してもらえるようにシルビアとグロリアの二人にお願いして、俺たちはそのまま狩りを続けた。
「雨のせいか、足元がかなり怪しいな。」
「柔らかくて踏ん張り切れないし、落ち葉が濡れて滑るから、かなり気を付けないとね。」
雨の中の狩りはいつもと少し勝手が違う。足元がおぼつかないこともあるし、雨合羽の重さもあっていつもより体のキレが悪い。少し気温が下がっていることも影響しているだろう。
どうも疲れやすいようなので休憩を多めに入れているんだけど、雨の中だと地面に座り込んで休みを取るわけにもいかず、疲れが徐々に溜まっていくようだ。
「これ、折り畳み椅子が無かったら、死んでるな。」
「この簡易的な屋根も助かるわね。」
休憩のときに木と木の間に布を張って、簡単な屋根を作るようにしてからは、それも少し緩和されたようだ。こういう布の屋根ってタープって言うのかな。
屋根のお陰でしっかり休めるようになっただけでなく、雨の中での行動に慣れてきたのも大きいかも知れない。
雨の中ではあったがしっかり夕方まで狩りをして、結果として前日までとそれほど変わらない大猟で終わることになった。
森に来てから作ってもらったテントは、太い角材を井桁に組んで基礎に、その上に角材、そして板材を並べ、柱を立てて布を張っただけの単純なものだ。
基礎を水平に並べるのが面倒だけど、建てるの自体はそれほど難しくはない。もしも嵐になったら風で飛ばされるだろうけど、今は森の中なのでそんなに強い風は吹き荒れないしね。
帰りの道中、草原の中でどうなるかは……やってみてのお楽しみ!
テントの設営はやってみたらとっても簡単で、井桁に組む角材には足とかホゾとかもつけてあるし、思った以上に安定していて楽ちんだった。さすがに精霊さん特製のテントだけのことはある。
テントは二つ、五人から六人ぐらいは寝そべることが出来る大きさだ。男三人とシロで一つ、女五人で一つを使う計算だね。女性陣のテントは手狭になるかもだけど、そこは仕方ない。
おれはホムラ、マヤ、ウテナとシロの五人でも良いんだけどね!
それはそれとして、さすがに雨の中では食事の準備が出来ない。休憩の時のように布で屋根を張るにしても、テーブルや何やら、すべてが収まるほどの大きな屋根を用意するのは大変だ。
さて、どうするか。
「別に交代で良いんじゃないの?」
あっさり解決した。
芋の皮剥きはテントの中でも出来るから、交替でも何も問題は無かった。
ダイキたちによれば、どうやら探索者が野営する時には一度に食事にすることはあまりなく、半分が見張り、半分が食事と、交替で取るのが一般的だそうだ。
俺たちの場合はシルビアとグロリアに頼りっきりで、夜中の見張りだってやってないしね。
そういえば中級試験って護衛任務だって話だ。こんな状態で護衛なんて出来るんだろうか。
まあ、それはその時また、考えればいいかな。




