63.快適な狩り環境
そのまま草原を越えて、森の端に着いたのは予定より少し早く、陽は傾いている物のまだ夕方とはいえない時間帯だった。
「まだ時間はあるし、森に入ってみる?」
「入るって言ったって、まずこの藪をどうにかしないとだなぁ。」
露店で人数分の長柄のカマや、ナタなんかも用意しているけど、この藪は草だけではなく、低木なんかもびっしり生えているし、ちょっとやそっとのことでは歯が立たない。
(毎度のごとく、この藪を飛び越えるのを手伝ってもらって良いかな?)
《いやいや~、今回はしっかり刈っちゃいましょうか~。》
(ええ? 刈っちゃって良いの?)
たしか無闇に刈っちゃ駄目って話だったと思うんだけど。
《意味もなく無闇に刈るんじゃなくて、必要なことなら問題ないですよ~。》
〈この低木を集めて魔法で加工すれば、ちょっとした金具の代わりに使えるわ。つまり素材集めのために藪を刈るわけ。〉
ああ、以前に刈ってくれなかったのは、そういう意味だったのか。確かに意味もなく、無駄に刈って捨てるのは良くないことかも知れないね。
ここに生えている低木は、柔軟性が高くて丈夫なので、うまく利用すればいろいろな物に使えるらしい。
ただそのままだと細くて短く、その上に曲がりくねっているから、普通の加工方法では利用するのは難しく、焚き付けぐらいにしかならない。
でも魔法を使えば、一度それを繊維に分解して、好きな形に押し固めることができるので、スプーンやフォーク、ベルトの留め金など、いろいろな物に加工できるのだ。
シルビアとグロリアの魔法で大まかに刈り取ってもらいながら、俺たちはカマやナタを片手に、邪魔な小枝やツタなんかを払いながら森へと入っていった。
森に入るといきなり、妖獣シバーの小さな群れや、妖獣クマーなどとの連戦になった。
連戦ではあるけれど、一つ一つの戦い自体は小さめで、前衛のハヤトとホムラに、後衛からサキも参戦し、ついでにシロも入った四人で充分に対処できるぐらいの妖獣の数だ。
実地研修の時とは違って、シルビアとグロリアにはかなりの補助を頼んでいるのだけど、さっそくその効果が表れたみたいだね。
「森に入ってすぐこれだなんて、実地研修の時とはまったく違うわね。」
「これが賢者の本気ってわけだな?」
「いや、まだ本気じゃないみたいだ。もしもやる気になったら、俺たちがまったく動かなくても、森中の妖獣を倒して魔法の袋を一杯にするのも簡単らしいよ。」
俺たちがイナーカの町にやってくる少し前から、妖獣シバーの数が増えて、群れが大型化する状況になっている。それが原因で、妖獣シバーには討伐報酬が追加されていたぐらいだ。
草原の火事でウサギ肉の供給が減ったので、妖獣シバーを狩る人の数が大幅に増えた関係で、今では討伐報酬は無くなっているけれど、それでも妖獣シバーの群れが大型化していることに違いはない。
そこで精霊の二人に頼んで、大型の妖獣シバーの群れを結界などで小分けにしてもらい、倒しやすくしてもらっているのである。
そうすることで怪我をすることなく、効率的に狩りができるし、それによって戦闘の経験も積めるわけだ。
さらにホムラたちを守るための障壁の魔法は、必要最低限にしてもらっている。みんな少しかすり傷を負ったみたいだけど、そこはほら、今回はウテナがいるので、回復魔法でばっちりだ。
がっつり補助してもらっているのは間違いないけど、だからといって俺たち自体の訓練だって忘れている訳じゃないのだ。
連続狩りで時間が経過して、もうすぐ夕方になるということで、場所を変えて野営の準備を行うことになった。
狩りをしたその場所で、そのまま野営というわけにはいかない。倒した妖獣たちの血抜きや解体は当然その場で行うわけで、現場にはどうしても悪臭が漂うし、取り除いた臓物などが新たな妖獣を呼び寄せるエサになる。
あまり匂いが気にならないぐらい離れたところに、丁度いいぐらいに開けた場所があったので、俺たちは手に手にカマを持って下草刈りを始めた。
「長柄のカマは使い勝手がいいね。」
「なんだか刈り残しが多くなる気がするけど。」
「畑じゃないんだし、別にこれで問題ないだろ?」
「それもそっか。」
ホムラとハヤト、サキがザクザク下草を刈っていく横で、俺は折り畳みの机と椅子、さらには魔法コンロや鍋に食器、食材などを取り出して、適当に設置を始める。
「大鍋と魔法コンロ、一つづつ出して?」
「いいけど、何に使うの?」
「さっきの妖獣シバーの足を煮る。」
妖獣シバーのスネ肉は、細くて食べる部分がほとんどないうえに、スジばっかりで硬いので、おおよその場合はヒザの上で切って捨ててしまう。
なぜか今回マヤが残しておけというので、捨てずに別に取っておいたんだけど、どうやらそれを煮るらしい。
「ゆっくり煮ると良い味が出る、らしい。」
ああ、ダシを取るのに使うのか。
俺はマヤに言われた通りに大鍋を用意して、地面に直に据え付けた。今夜の食事には間に合わないけど、明日の朝食には良いスープが出来るそうだ。
「頭とか骨盤とか背骨とか、他の部分も使えるのかな?」
「多分いける。」
ラーメンの豚骨スープとか、豚の骨を煮込んでダシを取るんだから、同じようなことが妖獣でもできるってことなんだろうね。
「一晩煮るから。水が減ったら足して、焦げないように混ぜて?」
「えっと……それって俺の係?」
「当然。」
(あの~、お願いがあるんですが……。)
〈自分で頑張ろ?〉
まあ、そうですよね……。交渉して、鍋を見張っててもらう事と、時々起こしてもらうことだけは了承してもらえた。
翌朝までじっくり煮込んで、妖獣シバーのスジ肉と骨のスープが完成した。
もうめちゃくちゃ頑張ったので、眠くて仕方ないぜ。って、シルビアとグロリアに手伝ってもらったというか、ほとんど二人に任せっきりだったんだけどね!
だってどのくらい放置したら焦げるのかなんてわからないし、ほとんど付きっきりの作業だったんだよね。やってみて痛感したんだけど、俺にはちょっと無理だった。
でも精霊さん二人のお陰で、ちゃんとマヤが指定した通りの出来にはなっているはずだ。
煮込んでいたスジ肉は、バラバラにほぐれてしまって元の形を保っていないし、骨の中身は溶けてしまって、ドーナツみたいに穴あきになっている。それは味がしっかりスープに溶け出した証拠だ。
少し濁ったような感じの出来だったんだけど、骨や肉の欠片を漉しとると、スープ自体には濁りはまったくなくて、澄んだ透明感のあるものになっている。
かなり臭みがあるかと思ったのだけど、味見をさせてもらったところ、まったくそんなことはなくて、すっきりした感じに仕上がっていた。
「うん、合格。」
《アク取りがかなり面倒でしたよ~?》
〈次からは、魔法で簡単に同じことが出来るわ。〉
出来たスープは全部一度に使うのではなく、四分の一ぐらいを朝の芋煮に使って、残りは次以降に使うらしい。
「これ、美味しいわね。」
「普通に肉を入れるより美味いな。」
「マヤってもしかして天才?」
「捨てていた部分を使うっていうのが良いですね。」
確かにみんなの言う通り、普通の肉入り芋煮よりも味がしっかりしていて美味しくなっていると思う。
材料も調理方法もシンプルだけど、一晩中付きっきりで煮込むなんて、普通だと簡単には出来ないし、ちょっと特別な料理なんだろう。
芋煮にはスープの中で形を保っていたスジ肉も一応入れてあるが、味はかなり抜けていてちょっとスカスカだ。スジ肉を食べるのなら、肉だけ少し早めに上げた方が良いかもしれない。
でもそうするとスープの味が弱くなるだろうし、みんな喜んで食べてるんだから、これが正解なのかもね。
朝から美味しい物が食べられたので、みんなとても元気だ。
人があまりいない場所を選んで入ったので、盗賊が狩れないのは残念だけど、獲物の取り合いで競合することが無いので、気持ちの上で急かされることがないのも楽だ。
移動には三日もかかってしまったけど、その分だけ充実した狩りができるんだから、悪い判断じゃなかったと思う。
実地研修の時なんか、森まではすぐだったけど、その後は不猟の日ばかりが続いて、でストレスがたまりまくったことを考えると、間違いなくこっちの方がいい。
移動日にも盗賊狩りでしっかり稼げたしね。
その夜はちょうどいい空き地が無かったので、精霊の二人に頼んで木を伐採してもらうことになった。これで孤児院修理用の材木もばっちり確保だ。
魔法で木の枝の繊維をほぐして布に加工しているのを見た時には、こんなことが出来るのかとかなりびっくりしたけど、精霊さんたちにとってはそのぐらいのことは大したことじゃないのだろう。
そうして俺たちは、夜には大猟祝いのハチミツを楽しんだりしながら、十日ほど妖獣狩り放題の毎日を過ごした後に、町へと帰還することになった。
もう少し長く狩りを続けていても良かったんだけど、早目に戻って孤児たちの衣服や建物の修理をする方がいいという、全員一致の判断だ。
帰り道でゴミ一族がさらに十五人増えて合計で六十人を超えたので、彼らがうまく働くようになれば、孤児院の財政難もかなり改善することになるだろう。




