62.増えるゴミ集団
落ち着いているように見えても、実はウテナはかなり混乱していた。
結界のような魔法がかかっていたので、実際に何があったのかは見えなかったし、声も聞こえなかった。だから立ち去っていく人たちを見て、彼らが説得に応じたのだと思ったのだ。
しかしタカシの言葉がそれを否定する。殺処分という言葉の意味はわかる。つまり相手は盗賊で、その命を奪う必要があったということだ。
それ自体は良くあることだ。ウテナだって他の探索者と何度も狩りに出た経験はある。その途中で盗賊に襲われたこともあるし、信頼していた仲間に貞操を奪われそうになったことだって一度や二度ではない。
だから盗賊を殺すこと自体には、忌避感はまったくなかったし、盗賊を討伐するのは当たり前のことで、それに異を唱えるつもりもまったくない。
でもその流れで『眷属化』って何のことなのだろう。ちょっと意味が分からない、分からなすぎる。
神殿に仕えるウテナの立場から考えて、眷属と言えば、女神様に仕える神官の立場がそれにあたる。眷属とはつまり、身も心もすべてを捧げて、何かにお仕えする者のことだ。
そう、例えばウテナ自身のこと。女神様の眷属として、女神様の神使であるタカシ様に、身も心も、そう求められれば貞操さえも、すべてを捧げてお仕えすると決めている。つまりウテナは女神様の眷属であり、タカシの眷属でもあるのだ。
元々ウテナは女神様の眷属で、タカシに女神様の使徒としての力の一端を見せられて、タカシに仕えると決めた。では彼らは何を見て、何を聞いて、あの短時間の間にタカシに仕えると決めたのだろうか。
タカシの従者であるホムラとマヤの二人は、眷属化という言葉に特別な反応をせず、当たり前のように聞いていた。つまりそれは驚くに値しない、良くある話だということだ。
宿の部屋でホムラとマヤと三人で話をして、これまでの事をいろいろと教えてもらっている。それでもウテナにとっては、今回の事は充分驚くべきことだった。
タカシは、いやタカシ様は、そんな一瞬で相手を眷属に出来るほどの、途方もない力をお持ちなのだろうか。いや、疑ってはいけない。間違いなく彼はそれほどの力を女神様に与えられているのだ。
ハヤトとサキの二人だって、少し引っ掛かるところがあるようだったが、特に疑問を持っていないように見える。つまりそれは、こんなことぐらいなら日常茶飯事だということに他ならない。
本当の所、ハヤトとサキの二人は何が起こったのかを目にしていなかったので、あまり気にしなかったというだけで、もしも眷属化の実態をちゃんと見ていれば、あの程度の反応では済まなかったのだが。
ウテナにはそんなことはわからない。ただひたすら、タカシの凄まじい力を前にして、女神様の力の大きさを感じ取ることしかできなかった。
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夕食が終わり片付けも済ませて一息ついてから、俺たちは盗賊から剥ぎ取った荷物の確認を行っていた。
彼らのうちの何人かは狩りの帰りだったらしく、荷物の中には妖獣クマーなどの肉や毛皮なども豊富に入っていて、かなりの収益になりそうだ。
そして中には、まだ真新しい鎧や衣服、靴なども含まれていた。血まみれになっていない所を見ると、どう見ても殺して奪ったわけではなさそうだ。
「これって、あいつらの着替えじゃないわよね?」
「それって……、ああ、そういうことか。くそったれめが!」
ハヤトもサキも、実地研修の時に同じようなことを見ているはずだけど、あの時は直後に縦穴に落ちたり、遺跡にたどりついたりと、まるでジェットコースターにに乗っているような展開だったので、実感がわかなかったんだろう。
盗賊なんてものはこんなものだ。だから殺さねばならない。そして二人とも心配はいらない、ちゃんとしっかり殺してあるから。ただ死体は捨てずに有効活用したけどね。
「これが被害者の銅札ですね。」
まだ錆で青くなっておらず、ところどころに光沢が残っている真新しい銅札だ。おそらく被害者は、最近になって探索者になったばかりの、まだ若い者たちだったことが見て取れる。
「知り合いの名前は無いな。」
「顔を見ればわかるかもだけど、名前だけじゃちょっとわからないわね。」
男の名前もあれば女の名前もある。この名前の主たちが、服を無理やり剥ぎ取られて、その後どうなったのか。想像するのはそれほど難しいことではない。
「なあ、タカシ、このままあいつら生かしておいて良いのか?」
「そうね、今からでも追いつくわ。」
いや、だからもう殺してるんだってば。
ハヤトとサキはゴミ一族を追いかけたくてうずうずしている。その気持ちがどうにも止まらなそうだったので、俺はもう一度、眷属化の詳細について話して聞かせることに決めた。
盗賊どもを全員殺したこと、その死体を材料にして人造人間を作ったこと、人造人間たちには盗賊行為を禁止し、探索者として働くこと、そして報酬の三割を孤児院に寄付するよう命じたことなど、洗いざらい全部だ。
「お前……めちゃくちゃだな……。」
「ちょっと信じられない話だけど、あの時の魔法の威力があれだったし、タカシならあり得るのかもね。」
俺はただのタワシに過ぎないけど、精霊さんたちは『何でもあり』だからねえ。
「私とマヤは一度、この目で全部しっかり見てるから。」
「眷属化は鬼畜の所業。」
まあ、鬼畜であることは否定しない。
「……つまり、女神様の力の一端ですね。」
神をも恐れぬ所業! とか言われ、神敵扱いされずに済んでよかったよ。
盗賊の死体はチリ一つ残さず焼いた方が良いなど、みんなには色々と意見はあったけど、魔法で死体を無理やり働かせ、その稼ぎを孤児院に寄付させるようにしたということで、なんとか一応の理解は得られたみたいだ。
すでに夕日は地平線の下に沈もうとしている。もうしばらくしたら辺りは闇に包まれるだろう。
夜が明けたときには、ゴミ一族は二十人ほど増えていた。面倒くさかったけど、新しいゴミ共には重複しないように名前をつけて、盗賊禁止や三割寄付などを命令してから町に向かわせた。
今回の奴らは被害者の探索者証は持っていなかったけれど、狩り帰りの者が多かったのか、大量の妖獣肉が魔法の袋とともに残されていた点は良かった。
「ホムラたちから話には聞いていたけど、街道には本当にたくさん盗賊がわいて出てくるのね。」
いや、俺たちが町に来た時よりも、今の方が多いんじゃないかな。
「なあ、タカシ、俺はあれから少し考えたんだが……、眷属化っていうやつは、奴隷の呪術のすごい版だってことで納得した。」
死んで終わりではなく、死んだ後も無理やり働かされ続けるほうが、盗賊どもにはずっと相応しい刑罰だと、そう思い至ったらしい。
「盗賊なんか、どんどんぶち殺して、その眷属化とやらの材料にしようぜ!」
「ハヤト、良いこと言った! やっぱり盗賊は皆殺しよね! あと孤児院に三割はそのままでいいから、追加で私たちにも三割を寄付させようよ!」
ハヤトはちょっとブッチギリすぎなんじゃないかと思う。そしてサキは欲望が駄々洩れすぎだと思うよ。
まあ命令すれば、いつでも追加で寄付させることは出来るけどね。
どうやって呼び出せば良いのかは知らないけど。
朝の軽い鍛錬と食事を終わり、俺たちは再び街道に戻った。
かなりの数の盗賊を狩ったからなのか、街道には他に歩いている人影があまり見当たらない。
イナーカの町を目指していた時の感じからすれば、街道を歩いている人の半分くらいは盗賊だったことを考えると、盗賊が減ったと感じるくらいだ。
昨日は夕方から夜にかけては盗賊が多かったけど、街道を歩いている間に限って言えば盗賊に出会わなかったしね。
今日は夕方まで歩いて、出会った盗賊は二組だけだった。そしてゴミ一族が八人増えるという結果に終わった。現金収入は少なかったけど、二組とも狩りの帰りで獲物は山ほど増えたので万々歳だ。
「もう少し盗賊と出会いたかったよな!」
「ええ、そうね。もう百組でも二百組でも、どんどん来て欲しいよね!」
完全に盗賊狩りの旨味を覚えてしまったのか、ハヤトとサキが物騒なことを言っているが、それもまあ明日の朝までだろう。
この辺りから街道を外れて、草原エリアへと入っていく。予定通り進めば明日の夕方には森へとたどり着くことになる。普通に考えれば、盗賊大量狩りのチャンスは明日の朝までなのだ。
草原の中をそれなりに進んだところで野営をすることに決め、俺は昨日出しそびれた折り畳み式の机と椅子を出した。机は二つ、椅子だって人数分ちゃんとあるのだ。
「あら、これ良いわね。主様とは思えない気配りだわ。」
「料理しやすい。」
気配りの帝王と自称している俺に向かって、そんな酷いことを言わないで欲しいなぁ。
地面が平らじゃないので、ガタガタ揺れないように高さを合わせるのが面倒くさいけど、使ってみるとかなり快適だ。
「魔法の袋があれば嵩張らないし、もっと流行っても良いと思うんだけどね。」
「魔法の袋は高価だからな。こんなものを持ってくるぐらいなら、獲物を詰め込みたい奴の方が多いんじゃないか?」
ああ、そう言えばそうだった。
俺たちは魔法の袋なんて買ったことがなくて、全部盗賊さんたちがプレゼントしてくれたものだから気が付かなかったけど、普通だと魔法の袋や魔法コンロは高くて、初級探索者には高値の花なんだっけか。
その夜の間に盗賊を三組狩り、翌朝にはゴミ一族はさらに十人追加ということになっていたので、命令した後に名前をつけて、町へと向かわせた。
ハヤトとサキには悪いけど、これでしばらく盗賊が出ないと思ったら少しほっとするかな。
だってもう名前が被りまくって仕方ないんだよね。




