57.神殿の巫女
なんでこんなところに、女神様のダーツの矢があるんだよ……。
しかもダーツの矢は、巫女さんのピンク髪の頭のてっぺんに、しっかりと突き刺さっている。
痛くないのかな? いやちょっと待て、矢には先が尖っている物と、吸盤になっている物の二種類があったはずだ。
先が尖っている矢は、二本ともルーレットの回転力でどこかに飛んで行ってしまったが、吸盤の矢はどうだっただろうか。
たしか吸盤の矢のうち、二本はルーレットの一部に貼りついたまま、貼りついたところがもげて飛んで行ったはず。そして一本はお姉さまのルーレットの、スカって書いてあるところに突き刺さったはずだ。
あと一本は、そうだ、ルーレットを貫通してどこかに飛んで行ったんだった。ということは、巫女さんの頭に突き刺さっているように見えるけれど、あれは吸盤でへばりついているだけなのかも知れない。
たぶん、いやきっとそうだ! そうに違いない!
いや待て、決めつけちゃいかん。まずは本人に確認しよう。
状況はかなり違うが、女子高生のコスプレをしていた女神様に、痴漢と間違われて異世界転生することになった俺だ。同じ間違いをしてはいけない。俺はちゃんと反省出来る男なのだ。
「あの、巫女さん、頭が痛いとか、ヒリヒリするとか、そういったことは無いですか?」
「いいえ? 特には何もないですけど?」
よし、これで吸盤の可能性が高まったぞ。
「俺の眼には、巫女さんの頭のてっぺんに何かついているように見えるんですけど、何ともないですか?」
「う~ん、特に何ともないですよ?」
どうやら自覚はないようだ。神器とはいえ、あれからもうかなりの日数が過ぎている。取ろうと思ったら取れるんじゃないかな?
「ゴミかも知れないし、取ってみてもいいですか?」
「ええ、いいですよ。どうぞ。」
巫女さんに頭を俺の方に向けてもらう。近くで見ると、ダーツの矢はやっぱりあの時の女神様の物とそっくりだ。
俺はダーツの矢に手をかけると、そのまま巫女さんの頭からそれを引き抜いた。
ピューーッ!
ダーツの矢が刺さっていたところから、まるで水鉄砲のように血が噴き出す。
「えええ? なんで血が出るのっ!」
「ひええええ~、血がっ! 血がっ!」
(あわわ、頼む! 止血とか治療とか!)
《焦らなくても大丈夫ですよ~、それ~!》
〈ついでに浄化もしておくわね、ほい!〉
あたふたしたり、あわあわしたり、持っていた布で傷口を押さえたり、シルビアとグロリアに頼んで治療魔法をかけてもらったり、血で汚れた服を浄化してもらったりと、かなり混乱した末に、俺はなんとかダーツの矢を取り除くことに成功した。
ていうか、なんだよこの矢、吸盤じゃなくて、先っぽが尖っているじゃないか……。
治療を済ませた後、あまりに野次馬が増えてきたので、俺たちは巫女さんに連れられて、神殿の中に移動した。
野次馬たちは「あの男、巫女様に手を出したようだぞ」とか、「極悪非道」とか囁きあっていたが、これは事故だ。俺には巫女さんを傷つけるつもりなんて無かった!
「申し遅れました、俺は探索者でタカシ、こっちのちっこいのも同じく探索者でシロと言います。」
「それはご丁寧に。私は当女神神殿の神官で、ウテナと申します。」
二人で自己紹介などをしながら、神殿の建物の中に入っていく。神殿はしっかりとした石造りの建物で、その中はひんやりとしていてかなり涼しかった。
「それにしても巫女さん、大丈夫ですか? 痛かったりしました?」
「ウテナです。」
「あの、ええっと……。」
「ウテナです。」
自己紹介をしたからには、どうやら名前で呼ばないと駄目らしい。
「あの、ウテナさん、怪我は大丈夫ですか?」
「いえいえ、血が出たのにはびっくりしましたけど、特に痛みはないんですよ。不思議ですね。」
ちゃんと名前で呼ぶと、にっこりと笑って返事をしてくれた。
痛みはないとはいえ結構な流血だったのに、不思議の一言で終わるとは、ウテナさんは胆が太いのかもしれない。
「この矢がウテナさんの頭に刺さっていたんですよ。」
「ええっと、どの矢ですか?」
「ほら、この矢ですって。」
「んん~、何も無いようですけれど、どの矢ですか?」
ウテナさんの頭に刺さっていたダーツの矢を、しっかりと巫女さんの目の前に差し出したのだけれど、不思議なことにウテナさんの眼には見えないようだ。
確かにダーツの矢は神器だけれど、タワシだって、あの時の鏡だって、神器なのにみんなの眼には映っていたのだ。そう考えれば、神器だからって目に見えないなんてことはないはずだ。
(二人には矢があるのはわかる?)
《ちゃんと見えますよ~。》
〈主様が感じ取るものは、私たちには全て同じように感じ取れるからね。〉
《ああ、そうでした~。ということは、ちょっとわからないですね~。》
シロはどうだろう。と思ったら、広い神殿の中が珍しいのか、テケテケ走ってはいろんなものを触って遊んでいる。
こらっ、駄目だぞ! 神殿の中では大人しくしてなさい!
ウテナさんは自分の目には見えないダーツの矢に触れてみて、確かに何かあることは理解したようだ。
「触れることはできるのに、ウテナさんの目には見えないみたいですね。」
「ええ、とっても不思議ですね。これは一体何なんでしょうか。」
「これは女神様特製のダーツの矢、ですね。」
「それはつまり、神器、ということでしょうか?」
俺が手にしているダーツの矢に、ウテナさんは顔を近づけて目を凝らしているけれど、やっぱり目には見えないようだ。
「やっぱり何も見えませんね。」
ウテナさんは手探りでダーツの矢を手に取った。目には見えなくても、しっかりと持つことはできるようだ。
「こうして触れることは出来ますし、ちゃんとここにあるのはわかるのですが。それにこうして手に持つと、何か神聖な力があるのも感じ取れます。」
女神様の神器だし、やはりその筋の人にはそれがわかるのだろう。
「どんな力なのか、わかりますか?」
「ええ。この矢が示すところに従うようにと。」
示すところと言っても、目に見えないんじゃ従いようが無いと思うんだけど、大丈夫なのだろうか。
神殿の中には石造りの祭壇があり、そこには二柱の女神像が立っている。女神様たちの服装は、巫女さんと同じくギリシャ神話のようなヒダヒダ服だ。
服装は同じだけれど、顔は実際の女神様やお姉さまとはあまり似てないな。あと、胸の周りが実物と比べると少し寂しい感じだ。その辺りはどちらかというと、ウテナさんの方が女神様たちに近い気がする。
「これは女神様とお姉さまの像でしょうか。」
「女神様とお姉さま? たしかに女神様たちは姉妹ですが、どちらも女神様ですよ?」
そう言われてみれば、そりゃそうだ。
「いや、女神様がお姉さまと呼んでたので、つい……。」
「あら? タカシさまは女神様たちにお会いしたことがあるのですね?」
「ああ、はい。女神様たちにお会いして、それでこの辺りに飛ばされてきたんですよ。」
「だとすると、タカシさまは神使ということでしょうか?」
女神様には会ったけれど、別に何かを頼まれたわけでも、何でもない。この世界に転生したのは、事故でパァンってなったのが原因だ。
「女神様に会ったのは確かだし、女神様に送られてきましたけど、何かを命じられたりはしてないんですよね。」
ああ、俺の魂は神器のタワシ二個で出来てるから、その意味では女神様の眷属と言えるのかも知れない。特に何かを強制されたり、お願いされたりはしてないけど。
「それは女神様に何か特別な考えがあってのことなのでしょう。女神様の英知は我々には計り知れないものがありますから。」
どうでもいいけど、この人、俺の言葉をまったく疑いもしないようだ。大丈夫か? 簡単に詐欺師に騙されたりするんじゃないのか?
「あの、俺が言ってることを信じてくれるのは嬉しいんですけど、そんなに簡単に信じちゃっていいんですか?」
「あら、タカシさん、嘘をおっしゃってるんですか?」
「いえ、全部ほんとのことですけど……。」
「それなら、何も問題はないですね。」
ウテナさんは、そんなことを言いながら笑っている。疑うってことを知らないのか、それとも俺だから疑わないのか。ある意味、ちょっと得体の知れない人だな。
俺がちょっと複雑な気持ちでいると、ウテナさんはそれを察したのか、理由を説明してくれた。
「タカシさんに従いなさいっていう、女神様のお声が聞こえたんですよ。」
「えええ? ほんとに?」
あのダーツの矢は、刺さったところに書かれているスキルが俺の物になる、そういうものだったのは確かだ。
でも女神様に二つも当たったのに、女神様自体は俺の物にはならなかった。その考えで行けば、ウテナさんも俺の物じゃないはず。
それなのに俺に従えって声が聞こえて来るなんて、ちょっとルールが良く分からないな。
ただ、何だかよく分からないけど、彼女が俺に従うと口にした時、確かに何かがぴったりと噛みあう感じがした。
シロも何かを感じとったのか、テケテケ走って戻ってくると、ニコニコしながらウテナさんに抱きついている。ホムラやマヤが相手の時は、絶対に見せないような態度だ。
(これって彼女やシロには、何か女神様の魔法的な力が働いているのかな?)
《魔法の感じはありませんね~。魔力ではなくて、神力なのかもしれないですよ~。》
〈女神様の隠れた力だと、精霊には感じ取れないわね。〉
《ただの勘違いで、特別な力なんて何も働いていない可能性も高いですね~。》
シルビアとグロリアにも良く分からないのか。
もしかしたら、偶然の出会い? 女神様と出会って異世界転生する前ならともかく、今となってはそんなことを信じる気にはなれないな。絶対に何か女神様の力が働いているはずだ。
だって女神様が実在することはわかったし、その女神様の特別な力でこの世界にやって来たのだ。女神様に出会ったことで、運命について疑い深くなったというのは、ある意味では逆説なのかもしれない。
「従うとなると、呼び方も気を付けないといけないですね。これからはタカシ様とお呼びしますね。私の事はウテナと呼び捨てにしてくださいませ。」
「ああ、わかった。これからもよろしくね。」
俺は彼女の言葉を自然に受け入れて、なぜかそんなことを口にしていた。これもまた、奴隷の呪いと同じように、誰かに、おそらく女神様に操られているのかも知れない。
操られているのかも知れないけれど、それに従うことがとても自然で、全く悪い気はしない。むしろそれに従わないと、しっくりこない感じがするぐらいだ。
ただ単純に、美少女の色香に惑わされているだけのような気がしないでもない。これがいわゆるピンク髪の魔力なのかも。
シロもご機嫌なようで、ウテナさん改め、ウテナに抱っこされて、その豊かな胸に顔を埋めてスリスリしている。
ちょっとでいいから、交替して欲しいけど……無理かな?
ここまでお読みいただき、まことにありがとうございます。
本当に感謝しております。
巫女さんの頭のダーツの矢を抜いてみたい方、
吸盤の方だったら女神様に貼りついた奴だから、そっちの方がよかったという方、
どっちでもいいからスリスリしたいという方、
またそれ以外の方も、もしもよろしければ、感想や評価をお願いいたします。




