55.南の森と露店広場
「なんだかとっても酷い詐欺にあったような気がするわ……。」
「いやあ、それは誤解だよ。人を騙すなんて、そんな卑劣なことはしないよ?」
「ふん、どうだか。」
ヤマブキは財布から、すごく細かい銅貨まで出して、できるだけぴったりになるように差額を払ってくれた。
「そんなキッチリしなくても、もっと大雑把で良いよ。たとえば金貨七枚と三枚に分けるとか。」
「何を勝手なこと言ってるのよ、それじゃ私が損するじゃないの!」
「ちっ、駄目か、細かいなあ。でもそれなら仕方ないね。」
下手な冗談を言うと、俺の言った通りになってしまいそうなので、すぐに否定しておく。眷属との関係って、ちょっとした一言がそのまま採用されてしまって、大事になることもあるので、冗談を言うにも気を使わざるを得ない。
「それでは、私は買い物の続きがあるから、これで失礼するわ。」
「シバー肉と芋なら売るほど在庫があるけど、どうする? 買っとく?」
「何よ、そんなのがあるなら、早く言いなさいよ!」
遺跡を見つけに行くとなると、数ヶ月単位で町から離れる必要がある。となれば食料を大量に持って行くことになるのだけど、同じ店から一度に大量に買おうとすると、買い占めになってしまって他の客が迷惑するので、売って貰えないらしい。
そのため大量の食料を買おうと思うと、複数の店を回ったり、何日かに分けて購入したりと、しち面倒臭いことをしなければならないそうだ。
特に今は草原火事の影響で、肉の流通がかなりきつくなっているだけでなく、その煽りを受けて芋の流通も厳しくなりつつある。そんな状況から、在庫ありっていう俺の言葉はまさに『渡りに船』というやつだったようだ。
芋多めで四ヶ月分くらいの食料を、魔法の袋から出しては、ヤマブキの魔法の袋へとどんどん移していく。
「本当に大量にあるのね。あの盗賊を狩った分かと思ったけど、それにしては多すぎるような気がするわ。」
「あの盗賊の分もあるけど、それだけじゃなくて、もともと盗賊に襲われやすい体質なんだよ。それで食べる量よりも、増える量の方が多くて、在庫がどんどん増えていくんだよね。」
「良いのか悪いのか、良く分からないような話ね。」
どうせ余ってる分だし、探索者協会に売る時の値段ぐらいにしようと思ったんだけど、ヤマブキはそれを認めず、協会への卸値と、市場での買値、その中間ぐらいの金額を支払ってくれた。
後になってから損した気持ちになることもあるし、そうなると揉めることになりかねないので、こういう物はお互いが得する価格にしておくのが良いのだそうだ。
「お金と食べ物の事はきっちりしておかないと、揉めて殺し合いになることも少なくないのよ。」
上級探索者がそう言うなら、そういう揉め事は多いのだろう。
「ヤクザの呼び出しのせいで今日中に買い物が終わらないかと思ってたけど、おかげでなんとかなりそうよ。あとは露店で細々とした物を買うだけね。」
ヤクザから貰った金貨は、取り分が思っていたより少ない三分の一になってしまったので、ヤマブキはちょっと不機嫌になっていたのだけど、食料を取引したお陰で機嫌はかなり戻ったみたいだ。
ヤマブキも露店に買い物に行くというので、俺たちは三人で露店が立ち並んでいるという場所に向かうことになった。俺とシロは買い物ではなくて、ただの観光だけどね。
そういえば、例の廃墟や大口の怪物のことなどを、ヤマブキに伝えようと思っていたことを思い出したので、今度は忘れないうちに話しておくことにした。
あの地下遺跡が何だったのかとか、俺がこの世界に移転してきた辺りの遺跡とつながりがあるのかとか、もちろん俺にも興味はある。ヤマブキは俺の眷属になっているので、聞けば何もかも教えてくれるはずだ。
だけど何もしないで情報だけをタダ取りするというのは、ちょっと疾しいというか、罪悪感があるんだよね。事前に渡せる情報をしっかり渡しておけば、あとで色々教えてもらう時に後ろめたい思いをしなくて済むだろう。
森の奥に住む妖獣たちのこと、そして森を抜けると身長よりも高い草が生い茂った藪が広がり、枯れた川筋があること、藪の中央には妖獣がいない大きな湖があること、森の中には遺跡と思われる廃墟があることなど、俺が実際に見たこと、体験したことをしっかりヤマブキに伝える。
「南に行くと急に妖獣が強くなるって話は聞いていたけどね。巨大な鳥っていうのは妖獣ワシーかしら。手が鎌になっている巨大カマキリとか、地面に擬態している大口の化け物とかは、見たことも聞いたことも無いわよ。」
「怪鳥は急降下してきたと思ったら、獲物を捕まえてすぐに飛び去って行ったから、正体は良くわからないんだよね。」
「どちらにせよ、かなり危険な敵が大量に巣くっていることだけは間違いないわね。」
実際に遺跡があるという目撃情報は朗報に違いないけれど、思っていた以上に厳しい探索になりそうだと、ヤマブキは少し難しい顔をしている。
シルビアとグロリアの魔法を耐えきったヤマブキならば、あの程度の化け物くらい何ともないんじゃないかと思わなくもないけど、あれは神器の鏡や赤い三角帽のトムテの力があったからこその話らしい。
正直なところ、あの怪物たちがどれくらいの強さなのか、俺にはあまり良くわかっていない。一般的な上級探索者の強さも良くわかっていないので、あの辺りがどのくらい危険なのかも、やはり良く分からない。
「遺跡があるのは間違いないとわかったけど、そんなに危険だってことなら、ソロは諦めてグループを組もうかしら。貴方、一緒に来る気はない?」
「ん~、誘って貰えるのは嬉しいし、俺一人なら行くんだけどね。うちのグループってまだ初級探索者だから危険すぎるかな。」
「そっか、貴方のあの魔法の力なら、かなり無理が効くかと思ったんだけど、無理なら仕方ないわね。」
思い付きで誘ってみただけで、ヤマブキもそこまで俺と一緒に行くことにこだわるわけではないみたいだ。
「最初は様子見に徹して、必要ならメンバーを募って再度探索に行くっていうので良いんじゃないの?」
「そうね。南の森は情報も少ないし、時間をかけて探索する必要がありそうね。」
俺が転生してきた遺跡や湖、そしてそれを取り巻く深い森は、南の森と呼ばれているらしい。南の森はイナーカの町からそれほど距離は離れていないのに、ほとんど探索されている様子はない。
その理由は単純で、町に近い北の森と比べると、南の森には手ごわい妖獣が多く、危険だと認識されているようなのだ。
たとえば北の森では奥地にしかいない妖獣ヒグマーや妖獣トラーなどの強敵が、南の森では浅いところで大量に出没したりするのだとか。
露店の広がる場所に着いたところでヤマブキとは別れ、別行動をとることになった。俺とシロはブラブラ観光するだけなので、ヤマブキの買い物や旅の準備を邪魔するわけにはいかないからね。
露店のエリアはこの町のほぼ中央部、神殿前の円形広場一帯だ。この広場はむき出しの土ではなくて、しっかりとした石畳になっている上に、中央には円形の噴水みたいなものまである。
これだけ立派な広場が用意されているのだから、この神殿はイナーカの町にとってみれば、それだけ重要な場所だということなのだろう。
(神殿なんてあるんだね。)
《そりゃありますよ~。主様は町の人々や暮らしに興味なさすぎですよ~?》
うん、それは言われなくても自覚している。
来てみるまでは露店がゴチャゴチャ並んでいるような姿を想像していたんだけど、実際にはまったくそんなことはなく、規律を持って整然と並んでいるように見える。
まるでピザのように通路で八つの扇形に仕切られているだけでなく、同心円状にも仕切られているので、広場の中をかなり自由に移動できるようになっている。それに中央の噴水付近には露店は全く無いので、休憩を取るのにも便利だ。
ござを敷いただけの簡単なものから、板を並べたもの、テントのような屋根を設けたものなど、露店の出し方にもいろいろあるようだけど、テント付きのものは外中央側、ござだけのものは外周側と、だいたいの住み分けがされているようだ。
そして場所ごとに売り物の種類が決められているらしく、服なら服、靴なら靴の露店がだいたい近くに固まっている。食べ物の屋台もかなりの数があるのだけれど、円形広場の外縁部にしかないようだ。
結構いろいろしっかりできているのを見ると、各々が勝手にやっているんじゃなくて、神殿関係者か、それともヤクザか、どこかの誰かがちゃんと仕切っているんだろうね。
かなりの人出でにぎわっているけれど、市場と違って浮浪児が走り回っていることはないし、あちこちで喧嘩が起こっているなんていうこともない。
盗賊予備軍の子供たちがいなくなれば、将来は盗賊が減って、狩る相手がいなくなってしまうんだけど、別に何が何でも人を殺して回りたいとか、そんなことは思ってないし、治安が良くなるなった方が良いのは決まっている。
特に子供はねえ。今はシロだっているし、ホムラやマヤも独り立ちしているとは言い難い状態だから、俺にはこれ以上は難しいけれど、子供が盗みなんかせずに、楽しく遊び待って、お腹いっぱい食べられるようになって欲しいとは思うんだ。
この町には孤児院とか、そういうのはあるのかな。機会があったら聞いてみようか。




