54.彼らの親分
彼らが子供たちに盗みをやらせているのは間違いないが、だからと言って子供たちを使い捨てにして、面倒なことになったら切り捨てる、というわけでもないらしい。
子供たちを切り捨てない理由が、手駒が減れば儲けが減るっていうことだとしても、ある意味で大切にしていることは間違いない。
そうではなく、みんなが見ている前で切り捨てると、統率が取れなくなるっていうのが理由かもしれない。そうだとしてもやはり、表向きには子供たちを大切にしているってわけだ。
いったいこいつらは何を考えているんだろう。
俺とは関係ないことだけど、少しだけ興味が出て来たのは確かだ。
「ウーさん、いいんすか? こんな訳のわからない奴を親分のところに案内して。俺、後で親分にドヤされるのは嫌っすよ?」
「馬鹿か、ヌスト。こいつを連れていかにゃ、逆に親分に挽肉にされるぞ。」
ウーさんと呼ばれたこの胡散臭い男、呼ばれたまんま、ウーというのがその名前だ。物心つく頃には、既に親はいなかった。親は盗賊に殺されたか、盗賊として殺されたか、それとも単に捨てられただけなのか。理由は誰にもわからない。
何にしろ、自分の名前も知らずに、ウーウー唸っては、ドブネズミのように走り回っているようなガキだったので、いつの間にか周囲からウーと呼ばれるようになっていた。
この町にはそんな孤児が多すぎる。そして今でも増え続けている。こんな町の孤児など、スリでもかっぱらいでも、何でもして生きていくしか道は無い。この町ではそれが真っ当な生き方というものなのだ。胡散臭い男はそう信じている。
しかし中には、今回のガキ連れの若夫婦のように、それがわからない困った奴らがいるのも確かだ。そんな困った奴らには、時には脅し、時には宥めすかして、この町の道理というものを教えてやる必要がある。それが今のウーの役目の一つでもあった。
子連れなんてものは、情に訴えればすぐに落ちるのが普通だし、少し脅せば自分の子の危険を考えて、簡単に引いてしまうものだ。しかし今回の奴らは違う。若いくせにやけに肝が据わっていると言えばいいのだろうか、どうにでも出来そうに見えて、下手に手を出すと危険、そんな雰囲気を持っているのだ。
こういう奴は親分のところに連れていくに限る。親分なら、ウーでは読み切れない人物の底の底までしっかりと読み取って、しっかりと『対処』してくれることだろう。それは血生臭い『対処』になるかも知れないが。
俺は意味も分からず、ウーさんと呼ばれた胡散臭い男についていく。シロはとってもご機嫌に俺の肩にまたがり、俺の頭を太鼓のようにポンポンと叩いている。ヤマブキもなんだか楽しそうについてくるが、その手にはまだ子供がぶら下げられていた。
スリをしていた少年たちはいつの間にか姿を消しており、その代わりにどう見ても盗賊にしか見えないムサいオッサンが数人、俺たちの後ろから付いてきていた。
一行はほとんど人通りのない裏路地を抜けて、下町の奥へと入り込んでいった。そうして入り込むにつれて、立ち並ぶ家々の造りがだんだん簡素になっていく。建物と建物との間隔が広がり、その間は庭というか、芋畑になっているようだ。
道は碁盤目のようにはなっておらず、かなりジグザグに曲がりくねっている。自分が今どこをどう進んでいるのか全くわからないんだけど、このあと無事に戻れるんだろうか。
(これって迷子になりそうなんだけど。)
《おおよそ把握しているので大丈夫ですよ~。》
〈いざとなれば飛べば済むしね。〉
ああ、そうだった。二人の魔法があれば、空だって飛べるのだ。もしも宿に戻れなくなってしまったら、その時はお願いすることにしよう。
そのままさらに進んでいくと、畑の真ん中に大きな家が建っている場所にやってきた。その家は大きさだけでなく、周りの貧相な風景には不似合いなぐらいに立派な造りをしている。
おそらくここに親分とやらが住んでいるのだろう。親分と聞いて、ヤクザの組長のようなものを想像していたけれど、こうして風景を見ていると、農村の庄屋さんみたいなものなのかも知れない。
俺たちはそのまま屋敷の中に案内され、応接室のような簡素な部屋に通された。
「この部屋で待っていてくれや。」
「ちょっとの間なら良いけど、あんまり待たせないで欲しいかな。」
「ああもう! わかったから黙って待ってろや。な?」
また問答になりそうになるのを嫌ったのか、ウーさんは喚きだしそうになるのを無理やり堪えて、待てとだけ言い残して部屋を出ていった。
俺は別に争いたかったわけではなくて、シロがちょっと飽きてきているというか、どこか楽しいところに連れて行って貰えると期待していたのに、こんなわけのわからない部屋に到着してしまったので、ちょっとぐずり始めてるんだよね。
彼が出ていった扉の左右には、途中から合流してきたムサいオッサン達が、こちらを睨みつけながら、手を後ろで組んで『休め』の姿勢で並んでいる。これじゃあ部屋の中を走り回らせるわけにもいかないし、困ったもんだ。
問題はそれだけじゃない。シロはもう少し押さえておくにしても、ヤマブキが腕にぶら下げている少年が、そろそろ体力の限界っぽい。もう暴れる気力も無くて、時々ビクピクするだけになっている。
シロのことはともかく、こっちの少年の方は全く俺のせいでは無いので、とっととヤマブキと話をして解決して欲しいものだ。
というか、なんでヤマブキは立ったままなんだろう。せっかく応接用のソファーがあるんだから、座れば良いのに。
俺が目配せしても、ニヤリと笑うだけで動こうとしない。何か考えがあってのことなのかねぇ。ちょっと良く分からないな。
それからさらに一時間以上が経過して、やっと部屋の扉が開いて、カイゼル髭のハゲデブのオッサンが入ってきた。さっきの胡散臭いオッサンは、そのハゲデブの後ろに続いている。
「待たせたな、若いの。ワシがこのサンシタ組を仕切っている、ハリボテという者だ。」
「俺はタカシ、探索者だよ。」
俺はシロを天井に投げ上げては受け止める遊びを止めて、ハリボテと名乗ったハゲデブに挨拶を返した。
危なかったな。もう少し遅かったら、シロとの遊びはもっとエスカレートして、この部屋の中はぐちゃぐちゃになっていたところだぞ。
天井にはシロの足跡が点々とついている。何度か失敗して、ちょっと投げすぎちゃったんだよね。まあ俺のせいじゃない。小さい子を長い間待たせた方が悪いってことにしておこう。
ハゲデブは俺の正面のソファーに腰かけ、単刀直入に要件を切り出してきた。
「奥でウーの野郎から、だいたいの事情は聴かせてもらった。で、タカシと言ったな、望みは何だ?」
「望み? お前らがこの意味のない話し合いを、とっとと諦めること、かな。」
俺とは何の関係も無いのだから、俺と話し合ったところで何も解決することは無いのはわかりきっている。
「おいおい、聞いた通りの奴だな。いつまでも突っ張ってないで、そろそろ見当つけた方がいいんじゃないのかい?」
「それはそっちの話じゃないのか? いつまでも無理なことを押し付けようとするなよ。」
関係ない俺をこうして半拘束して、自分たちの無理を通そうとするなんて、本当に見当違いもいいとこだ。
これがヤマブキの話じゃなければ、俺としてももっと簡単だっただろう。適当に返事をしておけばそれでいい。あとは勝手に当事者同士で解決すれば済む。
しかしヤマブキの場合はそうはいかない。ヤマブキは俺の眷属として、俺に絶対服従しなければならないので、俺が勝手に返事をするとその言葉に縛られてしまうのだ。
そして上級探索者のヤマブキが、なぜか初級探索者の俺の指示に従っている、ということがバレてしまう。それはすぐには問題にならないかも知れないが、いつ何時、それが俺たちの足を引っ張ることになるかは誰にも分からないのだ。
ハリボテ組長とのやり取りも、ウーとのやり取りと同じように、両者の主張がまったく噛みあおうとしない。後ろでヤマブキがクスクス笑っているけど、そんなとこで笑ってないで、前に出てちゃんと問題を解決して欲しいものだ。
「新しい話も無いようだし、もう帰るけど良いよね?」
あまりに不毛なので、俺が腰を上げようとしたところ、親分が焦って止めに入ってくる。
「わかった、その子はこちらで買い取ろう。金貨五枚でどうだ?」
「親分、そこまでしたら舐められて……」
「ウー、お前は黙ってろ。」
「しかし、親分……」
その子? シロのこと……じゃないよね、あのヤマブキがぶら下げてる、そろそろ痙攣すらしなくなってきた子供のことだよね?
「なら、金貨七枚ならどうだ? さすがにこれ以上は出せんぞ?」
「あのねえ……。お金の問題じゃないんだよ。」
俺は何も関係ないのに、勝手に売ったりして良いわけが無いだろうが……。
その時、ヤマブキがやっと声を出してくれた。
「金貨十枚ね。あとこの子、顔色が青くなってきたから、今すぐ決めないと駄目みたいよ?」
おお、やっとお出ましか。これで俺はお役御免だな。
「それじゃ、俺はこのあたりで失礼するよ。」
「おい、少しは考える時間を……ああ、わかった、金貨十枚だ! ウー、急いで持ってこい!」
スリの少年は、めでたく金貨十枚の売り上げになったようだ。
胡散臭い男が持ってきた金貨は、なぜか俺の前に並べて置かれた。
俺はヤマザキに視線を送って少年を解放してもらい、さらに金貨を受け取ってもらった。さすがにもうこれで、こいつらが俺を呼び止める理由は完全に無くなっただろう。
俺はもちろん一切手を出さない、というか出せない。傍から見れば、ヤマブキが俺の部下に見えてしまって勘違いされるから、こういうのはやめて欲しいんだけどな。
いや、ヤマブキは俺の眷属だから、これでいいのか? ちょっとこんがらがって来たぞ。
「それじゃ帰るけど、もうこんなことはやめてよね。」
「ああ、もう二度と無いことを祈ってるぜ。」
こんなことが二度も三度もあったら、こっちはたまったもんじゃない。挨拶してさっさと屋敷を後にしたのだが、戻る途中でヤマブキが、なぜか貰った金貨の半分の五枚を俺に押し付けてくる。
「ん? 何これ?」
「探索者の報酬は人数で等分する決まりよ? 忘れたの?」
ああ、そういうことか。でも、ヤマブキ、そうじゃないんだ。
「ごめん、シロも一人前の探索者なんだ……。」
俺とシロの二人で、全体の三分の二だから、金貨五枚じゃ足りないよね!




