49.緊急脱出
俺たちは崩れ落ちつつある古代トンネルの中を急ぎ足で引き返し、なんとか無事に最初の縦穴まで戻ってくることができた。
崩れているのは俺たちが入っていた方だけではなく、その反対側も同じだったようで、ガラガラと崩れ落ちる音がどちらのトンネルからも響いてくる。
それだけではない。シルビアとグロリアに結界で強化してもらっていたはずの縦穴の壁も、トンネルと同様にミシミシと音を立て始めている。ここは深い穴の底だ。逃げたくても自力で昇ることなんて出来ない。
俺は息を切らせている仲間たち全員に声をかけ、急いで俺の周りに集まってもらい、シルビアたちに縦穴脱出を助けてもらえるように頼んだ。
(魔法で上まで運んでもらえるかな。)
〈ええ、もちろん。ほい!〉
グロリアの掛け声とともに、俺たち全員の体が少し浮き上がったと思ったら、恐ろしい勢いで上昇し始める。
「うわ、なんだ!」
「飛んでる! 私たち、飛んでるよ!」
「危ないから、上に辿り着くまで動き回らないでね。」
「お、おう……。」
興味深そうに周囲をキョロキョロ見回しているシロをしっかり抱き留めながら、俺は他の仲間にも動かないように注意を促した。
測っていないし、どれだけの深さなのかは良くわからないけど、なんにしてもとても深い穴だ。もしも間違って落ちたりしたら、魔法なしでは跡形も残らないぐらいバラバラになってしまうだろう。
穴の中のタテ移動なので、どのくらいの速度が出ているのかわかりにくかったが、たっぷり二分か三分はかかったように思う。俺たちは最初に襲撃を受けた場所まで、魔法で戻ってくることが出来たのだった。
「……助かった、のか?」
「もう疲れたよ……、これ以上は動きたくないわね。」
縦穴の外ではもう完全に夜は明けていて、朝日がしっかり昇っている。どうやら夜通しかけて、古代の地下鉄遺跡から逃げて来たってことみたいだ。
《ゆっくりしている時間はありませんよ~。この辺りは崩れてしまいますよ~。》
「どうやらこの辺りは、もうすぐ崩れるらしい。少しここから離れるよ!」
「えええ~、わかった。けど、休みなしとは……。」
「情けない声出さないの。とっとと逃げましょう。」
「あああ、遺跡が……。」
(いったいなんでこんなことに……)
〈あの遺跡は古代の結界のお陰で壊れずにいたの。あの馬鹿、その結界を私たちが張ったものごと壊して逃げていったのよ。だから全部、連鎖して崩れたの。〉
《縦穴も結界で強化してましたからね~。そのまま浸食されて壊れちゃいました~。ちょっとびっくりですよ~。》
まだ良く理解できないけれど、詳しい話は後だ。今は逃げることに専念しよう。
遺跡は地下のかなり深い所にあったので、その崩壊はそれほど地表には影響なかったようだ。シルビアたちによれば、少し揺れたりしたかもしれないが、木が倒れたり、地面が割れたりといったことは無かったらしい。
ただ、俺たちが降りた縦穴とその周囲は、かなりの被害を受けていた。縦穴の縁が崩れて穴の中に落ちていったことで、周辺全体が陥没してしまい、大きなすり鉢状の地形に変貌してしまっている。
しかもどうやらこれで終わりではなさそうだ。今のところは崩れるのが止まっているように見えるが、まだまだ中は空洞のままなので、何かのはずみでいつまた崩れ出すのか、誰にも分からない状態だ。
特に大雨が降るなどして地盤が緩めば、ここら一帯は下手をすれば底なし沼のように地中に吸い込まれてしまうだろう。またここから地下水がどんどん下層に流れ込んでしまい、このあたり全体で川や井戸が枯れる恐れだってないとは言えない。
まったく俺のせいでは無いとはいえ、あの縦穴の近辺が危険地帯に変わったことは間違いない。事故を防ぐためにも、ある程度の事は協会に報告しておいた方がいいかも知れないね。
ある程度安全と思われる所まで移動した時には、すでに太陽はほぼ真上に昇っていた。最初は時折、ガラガラと崩れる音が後ろの方から聞こえることがあったが、今はもう静かだ。縦穴の崩壊が少しは落ち着いたということだろう。
徹夜で逃げてきたので眠いのは眠いし、かなり疲れも溜まっているが、同時にお腹も空いている。食事を摂ってから、なんて思ったのだけど、一度座ったらもう立ち上がる気力は湧かず、俺たちはみんな夢の世界へと旅立ったのだった。
何時間くらい眠っていたのだろう、俺はお腹を空かせたシロに起こされた。
「ぬし~、おなかすいた~。お肉~。」
「あ~、よし、ちょっと待ってろ。」
立ち上がって思いっきり伸びをし、完全に目を覚ますと、俺はシロのためのステーキを焼く準備を始める。まだ西の空は赤く染まっていないので、食事の時間というには早すぎる。でも朝食を食べてないし、気にする必要はないだろう。
シロがステーキを食べていると、肉を焼いた良い匂いに反応したのか、他のみんなもゾロゾロと起きだしてきた。
「おい、タカシ、自分だけ肉を食うなんて卑怯だぞ。」
「そうだよ、お肉はみんなの物だよ。」
「どうでも良いけど腹減った、俺にも肉くれ、肉。」
「なんだ、みんな起きたのか。それじゃちょっと早いけど、ちゃんとした食事にしようか。」
ステーキを焼くだけではなく、しっかり芋煮も用意して、みんなで今日初めての食事を摂る。
「なあ、賢者、食い終わってからでも良いんだけど、結局あれ、あの赤い三角帽、なんだったの?」
「ああ、それ、私も知りたいわ。」
「私も知りたいな。なんだか妖しいというか、邪悪な感じだったよね。」
まあ、そりゃ、みんなあれが何か知りたいだろう。ちなみに俺も知りたい。
「俺もほとんどわからないんで、精霊さんに聞きながら話す形になるかな。ちょっと頼んでみるから待っててね。」
俺はシルビアとグロリアにお願いして了承を貰い、あの赤い三角帽について説明を始めた。
あの赤い三角帽は、おそらく妖精だろう。本来であれば、家や農場などにつく土地神のようなものだけど、あれはかなり堕落し、変質しているようだった。もしかしたら何か別の邪悪な者の眷属になっているのかも知れない。
他の生物に宿る精霊とは違い、妖精には肉体があるし、普通は人間に取りついたりはしないんだけど、あの個体は特別なのか、女親分の体に入り込んで彼女の心を乗っ取り、自由に操っていた。
さらに女親分の魔法の力も合わせることで、他の襲撃者たちも操っていた可能性が高いようだ。つまりあの赤い三角帽が盗賊の本体だったってことだな。
最後、逃げ出す時、自分の肉体を無理やり切り捨てて、それを自爆させて周囲の結界の全てを破壊したそうだ。そして破壊した結界の隙間から、精神だけで逃げ出したみたいだ。
奴の考えを読み取って分かったことは、肉体は後から生えてくるのか、どこかから調達するのか、それは良く分からないけど、しばらくすれば復活するらしい。
もしかしたら妖精もまた、その逃げ出した邪悪な精神に乗っ取られていた犠牲者の可能性もある。
奴が結界を壊したので、遺跡は完全に壊れて、土砂で埋もれてしまった。あまりにも深いところなので、今から掘り返すことはほとんど不可能だろう。残念な話だけど、それもこれもあの赤い三角帽が悪いのだ。
「そういや、あの女親分はどうなったんだ?」
「魔法の袋に入れて持って帰ってきたんだけど、なんだか仮死状態?っていうのになってるみたいだね。身に着けてる探索者証によれば、ヤマブキって名前の上級探索者みたいだ。」
「ヤマブキ……ですか。かなり腕の立つ魔術師ですね。」
「スザク、知ってるの?」
「はい。面識はありませんでしたが、名前だけは良く存じ上げております。」
ヤマブキは結構有名人だったみたいだね。上級探索者となると、知人なども多いことだろう。それが邪悪な存在に操られていたとなると、魔法の袋の中のヤマブキを盗賊として殺すのは、ちょっと問題かもしれない。
極大魔法で塵になった襲撃者たちは、もうどうしようもないけどね。これも美人とオッサンの運命の違いだ。諦めて俺たちの糧になってくれ。ごちそうさまです。
そんなわけで女親分改めヤマブキは、装備と持ち物を含めて俺が預かることになった。預かると言っても、まとめて魔法の袋に入れておくだけだ。そんなに手間というわけじゃない。
その後はまた辺りが暗くなるまで移動して、翌日には森周辺の藪を越えて黒く燃え尽きた草原に出た。
あの草原の火事からまだそんなに日は経っていないのに、黒く乾いた大地にはもう、緑色の草の芽が芽吹き始めている。なるほど、生命っていうのは逞しいものだね。さすがにまだウサギたちは戻って来ていないようだ。
そうしてイナーカの町に戻った頃には、もう夕方もかなり遅い時間になっていた。すぐにでも宿を取らないといけないが、ハヤトとサキは自宅、ダイキとチヅルはグループを組む予定の仲間が泊っている宿に行くらしい。
「ん? 別の宿? いつもの筋肉ダルマ亭で良いんじゃないの?」
「あれ、賢者は聞いてないのか? あそこは、初心者講習から見習までのための宿だから、あそこに居座るのはまずいんだよ。」
あの宿はかなり安値に設定されている上に、探索者協会からの補助金も出ているそうだ。補助金の原資はおそらく講習費用だな。そうやって生意気な若者を捕まえてシメているわけか。
あそこがダメとなると、どこに泊ろうか。
「私たちが泊っている『青がえる亭』はどうでしょうか。値段はそこそこですし、部屋は空いていると思いますよ。」
「それじゃ、スザクの所に行ってみるとするか。」
もう時間も遅いし、今から宿を探すのも面倒なので、俺たちはスザクたちが泊っている宿で部屋を取ることにした。今回は間違いない、二人部屋を二つだ。
探索者協会への報告はまた明日だ。今日は食事をとって、ゆっくり寝るとしよう。




