47.古代の地下鉄駅
この地下トンネルの中には、動く者は俺たち以外には何もいない。そして俺たちの足音だけが、暗いトンネルの中で響いている。
どうやらこの古代の地下鉄の遺跡には、妖獣などは生息していないようだった。妖獣どころか、他の生き物の姿も見当たらない。もしかしたら奥に進めば何かいるのかも知れないが、少なくともこの近くには何もいないようだ。
トンネルの地面は平らに近いのだけど、色々な構造物が突き出していたり、ところどころに壁や天井が落ちて来た残骸が残っていたりして、あまり歩きやすいとは言えない。
それでも自然の洞窟に比べれば、はるかに歩きやすいだろう。何より、上り下りする必要はほとんどなく、ほとんど同じ地形がまっすぐにずっと続いているのだ。もちろん水が溜まっていたりすることもない。
そんな地下道の様子は、まるで長い間、何らかの魔法で守られてきたとでもいうような、そんな雰囲気さえ感じさせるものがあった。
そのまま暗いトンネルを歩き続けていると、少しだけ開けたところに辿り着いた。今までのトンネルの横に、なんだか細長い部屋がへばりついているような造りだ。そしてその部屋とトンネルとの間には大きな段差がある。
これは……うん、駅だな。これは俺には見慣れた風景、地下鉄の駅のホームに違いない。
〈このあたりに潜んでいるわね。〉
このトンネルが地下鉄なのは間違いない。とすると、この駅を挟んで向かい側にも逆方向に向かうためのトンネルがあるはずだ。それにすぐ近くには作業用のトンネルがあって、このトンネルと行き来できるようになっているかも知れない。
つまりこのトンネルは一本道ではないし、特にここのような駅であれば、いくらでも逃げ道があるということになる。
(この辺り一帯を、逃げられないように結界で囲ってもらえるかな? 今度は上も下もしっかり覆って。)
《うえええ~~、面倒ですね~、でも逃がしちゃったのは確かなので仕方ないですね~。》
そう、あの深い縦穴は、上下方向には結界を張っていなかったことが原因だ。おかげで極大魔法が地面をえぐり、大きな穴を空けることに繋がってしまったのだ。
あれ? 上下方向に結界がなかったってことは、あの閃光と大爆発が下だけじゃなく、上にも吹き上がってたってこと?
ま、いいか。難しいことは後で考えよう。
そう言えばあの乱入者たちは、かなり離れたところから瞬間移動の魔法で近づいてきたはずだ。ということは、謎の金髪美女は瞬間移動で逃げられるってことじゃないだろうか。
(ねえ、結界って瞬間移動も防げるんだよね?)
〈ええ、その通りよ。もう逃がさないわ。〉
《瞬間移動はあまりに遠いと使えませんし、目で見える所か、事前に目標に決めた場所の周囲にしか飛べませんよ~。結界が無くても地上は遠すぎて、精霊ならともかく、普通だとまず無理ですね~。》
瞬間移動はどこにでも移動できるわけではなく、いくつか制限があるようだ。そのため例え結界が無くても、逃げ出すことは難しいらしい。あの時は俺たちのうちの誰か、または妖獣を目標に決めて、その周囲に飛んできたんだろうね。
「この辺りに女親分が潜んでいるみたいだ。周囲には結界を張って逃げられないようにしてもらったよ。」
「そうか、俺たちはこの辺り一帯を捜索すればいいわけだな。」
「それならまず、この高くなってる所に上がってみましょうか。」
「一通りみんなで回って全体を見て、それから手分けして探すことにしましょう。」
おおよその意見の一致をみて、俺たちは駅のホームのような場所に上がり、それから周囲を探索することになった。
俺が予想した通り、今いる小高くなった場所は駅のホームで、それを挟んだ向かい側にはもう一本、最初の物と同じようなトンネルが掘られていた。ホームには何カ所か上へ向かう階段があり、一つ上の階へと昇って行けるようになっている。
恐らくエレベーターだと思われる構造物や、案内板だと思われる看板なども見つかった。それらの構造物は壊れて瓦礫になっているものも多かったが、いくつかのものは今もなお原型を留めている。
そういった案内板のうちの一つに、俺はふと目をとめた。何か理由があったわけではない。なんとなく、本当に気まぐれだったと言っていい。
元は天井からぶら下がっていたのだろう、その大きな看板は、今では地面に落ちて転がっている。その上、土埃をかぶっていて、何が書かれているのかとても読みづらい。というか、ほとんど読めない状態だ。
俺は看板のすぐそばにしゃがみ込むと、上に積もった土埃を丁寧に払い取り、そこに書かれていた文字を読んでみた。
その文字を読んだ時、俺に衝撃が走った。
なんてことだ、ここは、これはどういうことなんだ……。
「タカシ、どうかしたのか? 何か見つかったのか?」
俺の尋常ではない様子に、仲間たちも集まってきた。
「これは何かの看板ですね、オホイ……カ……サカン、これがここの地名なんでしょうか?」
ホムラの言葉を俺はゆっくりと否定し、その読み間違いを訂正する。
「いや、これは逆に読むんだと思う、オホイカサカンじゃなくて、ナカザキチョーだな。」
「逆に読むって、左から右ってこと? なんで?」
この異世界ではローマ字の左右がひっくり返ったみたいな文字を、なぜか右から左に読むことになっている。異世界共通語スキルのお陰で俺にも普通に読めるけど、日本で慣れ親しんだローマ字も難なく読むことが出来る。
そもそも俺がこの文字をすらすら読めた理由はそれだけじゃない。ローマ字みたいな文字の上には、漢字でしっかり『中崎町』と書かれているのだ。まさかこれを読み間違うはずがない。
「それじゃこれは、アヨガン……、じゃないですね、引っ繰り返ってるとしたら、ナ……ゴヤー、でしょうか。」
「あべこべ文字は読みにくいわね。じゃあこのオデオーは……、オーエド、かな?」
「オーエドって……おいっ!」
中崎町の隣の駅が名古屋で、逆の隣が大江戸って……ここはいったいどこなんだよ! ああ、異世界だったか。一瞬だけど、日本のどこかだと勘違いした俺が馬鹿だったぜ……。
だいたい、大江戸線はあるけど、大江戸なんて駅は無いはずだ。それになんで大江戸の二つ隣の駅が名古屋なんだよ。どんだけ駅の間隔が広いんだよ。リニアだってもっと駅があるって話だぞ。
あとそれから、大江戸と名古屋の間が中崎町って、なんでそんなよくわからない、どこにでもありそうな普通の駅名が挟まってるんだよ。もっとメジャーな駅名を入れとけよ。統一感なさすぎだろうが!
そんなものを挟むぐらいなら、それこそロンドンとかニューヨークとか、いっそのこと火星とか天国とかを挟んだ方が良いぐらいだぞ。
俺が駅名の並びに心の中で突っ込みを入れていると、どうやら周囲の様子がおかしい事に気づいた。ちょっと一人の世界に入り込み過ぎたかな。
「みんな、どうしたの?」
「え? だって『オーエド』ですよ?」
「ん? 確かにオーエドって書いてあるけど。それがどうかしたの?」
「おい、賢者、お前、何を言ってるんだ。オーエドといったら、滅びた古代帝国の首都じゃないか。」
「左右ひっくり返して読むなんて冗談かと思っていたけど……これは当たりっぽいな。」
え? それってつまり? どういうことなの?
「つまりここは古代帝国の遺跡で、古代帝国の首都につながっているってことだ。」
「これは大発見ですよ!」
「古代文字の読み方にすぐ気づくなんて、さすがは賢者だね!」
「気づく……ああ、そうね。いくらなんでも、まさか最初から知ってたなんてことは無いわよね。」
いや、その、まさかの方なんだけど。
なんだかよく分からないが、気が付いたら俺たちは、突拍子もないくらいの大発見をしていたようだ。
探してみると、他にもたくさん読める看板が見つかった。反転してるってわかってしまえば、みんなもかなり看板の文字は読めるようだ。さすがに英語看板の意味までは分からないみたいだけど。大丈夫、俺にも意味はわからん。
それにしても、この世界の文字って、なんかローマ字に似てるとは思っていたけれど、左右が入れ替わってるだけだなんて思ってもみなかったよ。一度わかってしまえば、なぜ今まで気づかなかったのか不思議なくらいだ。
異世界の古代人がなぜ漢字やローマ字を使っていたのか、それは俺には良く分からない。
もしかしたら俺のような異世界転生した人たちが広めたのかも知れない。そしてそんな転生者たちが、自分の好きな地名を自分勝手につけていったのだろう。そう考えると辻褄があうような気がする。
ただ、『夜露死苦』みたいな地名や、アニメや漫画の名前じゃない所を見ると、好き勝手につけた地名とはいえ、いくらかの良識的なルールはあったんじゃないかと思う。
まあ俺だって、女の子の胸は大好きだけど、地名につけるほどの馬鹿じゃないしね。でも『美少女』とか、『パンチラ』ぐらいまでなら、ギリギリ許されるんじゃないだろうか。
『横浜』と『乳母沢』の間の駅を『横乳』にするとか。それならかなりいけると思う。




