40.実地研修と狩りの開始
その翌日、シルビアたちには事前に索敵を頼んでいたこともあって、妖獣がいそうな方向へと俺たちは進み始めた。この方向には妖獣だけでなく、薬草なども豊富にあるらしい。やはり精霊さんたちは頼りになるね。
「タカシ、この方向にいけば妖獣に出会えるって言うのは本当なのか?」
「そんなことが出来るのなら、もっと早くやって欲しかったわ。」
「いや、頼もうとはしてたんだよ。でも入り口付近は人が多すぎて、どっちに進んでもどうしようもなかったみたいなんだよね。」
ここまで黙って進んできたからこそ、シルビアとグロリアの力が生きてくるのだ。
シルビアとグロリアは、ほとんど万能だと言って良いけれど、それにも限界はある。それは精霊二人の限界というよりも、俺の方の心の限界だ。二人はそれを敏感に感じ取って力を押さえてくれている気がするのだ。
いや、本当のところは良く分からないんだけどね。
それよりも俺は、ハヤトとサキが最初の目標である薬草採取ではなく、妖獣の事ばかりを考えていることが気になった。
「俺たちの目的は薬草採取だからね。妖獣が出たら、倒せそうなら倒す、危なそうなら逃げる、だからね?」
「わかってるって。でもこっちは八人に応援二人もいるんだ。そうそうなことじゃ危なくならないって。」
これはどこかでしっかり釘をさしとかないと、ちょっと危ないぞ。
「みんな戦いのときの配置は覚えてるよな?」
「ハヤト、ダイキ、ホムラが前衛、賢者とマヤ、それとシロちゃんを中央に、私とサキが後衛ですね。」
「監視は前衛三人が前方、賢者が左、マヤが右、後衛二人が後方だ。」
「タカシはいざとなったら魔法、頼むぜ?」
「ああ、今から頼んでおくよ。」
(いざとなったら、魔法での援護をお願いするね。)
〈いいわよ、任せて。〉
グロリアが了解してくれたので、これで安心だね。
ホムラやマヤ、シロの障壁もすでに頼んである。この三人は俺が無理やり探索者にしているのだから、それを守るのも俺の責任だ。他のメンバーは自分で探索者の道を選んだのだから、責任は自分でとる、それが正しいと思う。
ここからはこれまでと違い、いつ妖獣に襲われても対処できるように気を付けながら進むことになる。スザクとマミコの二人は、俺たちからかなり離れたところからついてくるようだ。
この配置は手合わせの結果を見て、みんなで決めたものだ。俺とマヤは客観的に見ても剣術の腕は高くない。だから中央から全体を見渡して、敵が来たら警告をする係だ。
そりゃ、この評価に対して、俺にも思うところが無いわけではない。だけど、この配置は嫌だとか、そういうことを言うつもりもない。自分の任された仕事を全うする、話はまずそこからだ。
ここからの連帯責任は肉どころの騒ぎではない、命が関わってくるのだ。そのためみんなの顔が真剣になっている。それでもシロはとても楽しそうに俺に肩車されてるけどね。
緊張しながら森の中を進んで行くが、なかなか妖獣は現れない。俺には気配なんて物はもちろん感じ取れないし、わからないのだけど、本当にいるのかどうか不安になってくる。
そうして妖獣が出ないまま二度目の小休止を取ろうとしていた時、前衛のホムラから小さな声が上がった。
「前方、来ます。」
俺は事前の取り決め通り、自分の指定された方向に妖獣がいるかどうかを探り、それを声に出して報告する。
「左、異常なし。」
「後ろ、なし。」
「右、なし。」
ほとんど同時に他の方向からも報告が聞こえた。今の所、敵は前方だけだ。
前方からの種類や数にもよるが、もしも妖獣シバーだとすると、前回の経験からも陽動や挟み撃ちなど、多彩な戦術を駆使してくる可能性が高い。
「左右、後ろ、そのまま警戒を続けて。」
あらら、前衛が敵の種類も数も言わずに、どんどん前に出てるよ。
「前衛、前に出過ぎ! 少し下がって!」
これはやっぱり妖獣シバーだな。どうやら前衛は釣られたか。
こうなる危険性が高かったから、異常なし報告をするのには反対したんだ。異常なしと言ったからって、安全とは限らない。その数秒後には異常ありに変わるかも知れないのだから、異常なしなんて言葉には何の保証もありはしないのだ。
そんなことは百も承知だというからしぶしぶ賛成したのに、しっかり釣られているんだから、まったく情けない。まあ再講習組は実力はあっても初めての実戦だしね、そんなこともあるよね。
「前から来るのはおそらく妖獣シバーだ、前衛は釣られて前に出た。俺たちも少し前に移動して、前衛との間を詰めるよ。」
「駄目、後ろからもシバー、三匹!」
あちゃー、完全に分断されたか。少し離れているとはいえ、こっちにはスザクとマミコがいる。前衛の事はしばらくホムラに任せるしかないな。
「こっちを先に殲滅して、前衛に合流するよ! マヤ、全周囲警戒。俺が出る。」
「うん、わかった。」
警戒任務を任せるなら、妖獣の気配が少しはわかる分だけ、俺よりもマヤの方が適任だ。俺は警戒の仕事をマヤに任せて、シロを肩に乗せたまま後衛の妖獣シバーに向かっていった。
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「前方、来ます。」
ホムラにとって、今回の実地研修は二回目の妖獣狩りということになる。前回の狩りで少しは経験を積み、妖獣の気配も少しだけわかるようになっている。
その経験が今、役に立った気がする。妖獣の気配を誰よりも早く掴めたのだ。
左右や後ろから、異常なしの合図が聞こえてくる。だからといって安心はできない。敵が妖獣シバーだとしたら、どんな罠を仕掛けてくるかわからないのだ。今は異常がなくても、この先ずっと異常がないとは限らないのである。
ホムラは隣に立っている二人の前衛に、まだ前に出ないように、出過ぎないように声をかけようとした。
しかしそれは少し遅すぎたらしい。ハヤトとダイキの二人は、後方の異常なしの合図を聞くや否や、飛び出してしまったのだ。こうなったらホムラも二人の後に続くしかない。
「前衛、前に出過ぎ! 少し下がって!」
後方からタカシの声が聞こえてくる。うるさい、こっちにはこっちの事情があるのだ。安全な所から勝手なことは言わないで欲しい。ホムラは心の中で毒づいた。
前方の敵はやはり妖獣シバーだった。それも三匹。これはおそらく十匹以上の群れだと直感した。残りは恐らく後方と左右に潜んでいて、分断した後に各個撃破に動くのだろう。どこが異常なしだ。頼りにならない仲間ほど危険なものはない。
「みんな前に出過ぎ、下がりながら戦って!」
「敵を前にして引けるかよ。」
「前衛なら、まず目の前の敵を倒さなきゃ駄目だろうが!」
ホムラが声をかけても二人とも止まろうとしない。二人はどんどん前へ前へと進んで行く。後ろを振り返ると、仲間たちの姿がかなり小さくなっていた。これはだめだ、完全に分断された。
「後衛と分断されてる、止まって!」
「なんだと? あいつらモタモタしやがって。」
違う、たぶんそういうことじゃない。これは後ろからも敵が来たに違いないのだ。そうでなければあの気持ち悪い男がその場に留まっているはずがないではないか。
あの男は本当に気持ち悪いし、自分を餌にするような気持ち悪い策戦を平気で行ってくるが、妖獣シバーごときに翻弄されるようなことはない。何よりあの気持ち悪い男の中には、頼りになる精霊たちが宿っているのだ。
分断されたということは、次は各個撃破ということになる。前衛か、後衛か、囲まれるのはどちらだ?
後衛なら問題ない。そのさらに後方にはスザクとマミコもいる。人間としてどうかは知らないが、こと戦闘面に関しては頼りになるはずだ。
そしてその二人が後ろから迫って来るのを、妖獣シバーの群れが気づいていないはずはない。
つまり、答は一つ。
ホムラたちの左右の森の中から、新手の妖獣シバーが襲い掛かってきた。
新手はホムラの予想通りに、後衛ではなく前衛に襲い掛かってきた。新手のシバーは八匹、最初の三匹と合わせて十一匹だ。これはさすがに厳しい。状況だけで言えば、完全に妖獣シバーの勝利だ。
「後方に八匹追加!」
ホムラは一応二人にも声をかけるが、聞こえているのか、それとも聞こえていないのか、二人は後ろを振り返って見ることもしない。ただひたすら最初に現れた妖獣シバーに翻弄されている。
「くそう、こいつら、ちょこまかと!」
「逃げんな、正々堂々と戦え!」
この二人、まったく周囲が見えていない。完全に自分の世界に捕らわれている。
これはホムラにとってはある意味好都合だった。一人で八匹引き受ける、それは大変なことに違いないが、ホムラならば可能だ。ホムラの腕が優れているからではない、精霊の加護が守ってくれるからだ。
とはいえ、いつまでも持つわけではない。ホムラ自身は大丈夫だとしても、妖獣シバーがそのことに気づいて、攻撃対象を二人の方に切り替える恐れがあるのだ。そうなったらもう、この二人は助からないだろう。
「主様、早く! これ以上、もう持たない!」
ホムラは力の限り叫んでいた。




