36.芋と肉
野営となると、離れた所から見守るわけにもいかなくなるので、スザクとマミコも同じ場所にやってきていた。
とは言っても、別にこちらを手伝ってくれるわけではない。マミコなんかは手を出したくてうずうずしているし、俺が頼めば喜んで手伝ってくれると思うけど、スザクがしっかりと押さえつけてくれているようだ。
本当は俺もあまり手出しすべきじゃないのかも知れないけどね。でも俺の場合は、協会支部長から直々に、実地研修に参加するように言われているのだ。手を出さないと逆にサボっているように思われてしまう。だからこれでいいのだ。
草刈りも終わったので、俺は自分たちの分だけでなく、魔法の袋から予備の魔法コンロを取り出して、再講習組の前に並べた。
「え? 一人一個づつ?」
「え? 違うの?」
「え?」
「え?」
なんか違ったらしい。
「俺たちはいつも、魔法コンロは一人一個づつで、自分の肉は自分で焼くスタイルだったんだけど……。」
「え? 肉を……焼く?」
「え? 違うの?」
「え?」
「え?」
これも違ったらしい。
今回は自分の食べ物は自分で持ってくるという話になっていたのだが、肉を焼かないというのなら、彼らは一体何を持ち込んできたんだろうか。
彼らの荷物から出てきたのはジャガイモみたいな芋だった。
「芋?」
「そうだよ、芋だよ! 肉じゃなくて悪かったな!」
いや、別に貶したつもりはないんだけど……そうか、芋か。
「芋は優秀なのよ? そのまま煮てもいいし、潰して捏ねてから焼いてパンにしてもいいし、庭に適当に植えてたら収穫できるし。」
「味はほとんどしないんだけど、腹持ちは良いよな。何より安いし。草原にもけっこう生えてるぜ?」
ハヤトやサキは、家でも毎日食べているらしい。
そうか、その芋をウサギが食べて、そのウサギを人間が食べているわけだ。
「芋ってちゃんと食べたことが無いかも。」
「あの屋台の、焼き肉を挟んだ奴がそうね。魔法の袋にもちゃんと入っているわよ?」
「宿の料理にも使われてる……。」
ホムラとマヤの二人に言われてやっと気が付いた。ああ、あのピザみたいなパンか。あれの元になっているのがこの芋なのか。
それにしても、ずっと黙り込んでいて、久々に口を開いたかと思ったら芋の話とは。
「芋を食べたことないなんて、さすがにびっくりするぞ。」
「賢者なのに、芋を知らないなんて驚きだわ。」
ダイキやチヅルにまで突っ込まれてしまった。
「芋を知らないなんて、タカシ、遠くから来たって言ってたけど、いったいどこから来たんだよ?」
「ずっと遠くの国、だと思うんだけど、どの辺りなのか良く分からないんだよね。魔法の事故か何かでこの近くに飛ばされちゃって、気づいたら素っ裸で、タワシ一個持ってるだけだったし。」
日本だとか異世界だとか言ってもわからないだろうから、その辺りは適当に誤魔化しておく。
「そこでなんでタワシ!」
「それは俺にもわからん。」
それは本当にわからん。女神様に聞いてくれ。
「賢者にはどこか変な所があると思ってたけど、それが原因だったか。」
「どちらかというと、変な所があるからタワシ一個だけ持って来たんじゃない?」
それは……もしかしたら、そうかも知れない……。
「みんな芋となると、俺たちだけ肉っていうのも何だか気が引けるなあ。」
「ああ、気にせず食ってくれ。もちろん俺たちにも肉を食わせてくれても良いけどな!」
「ああ、いいぞ。まだまだたくさんあるし、持ってても腐らせるだけだからな。あ、ちなみにフライパンとかの予備もあるぞ。必要なら言ってくれ。」
マヤはまるで俺の言葉を待っていたかのように、俺たちのグループだけでは食べきれないような、かなり大きめの肉の塊を出して、ステーキ用に切り分け始めている。
その時、かなり近くから、ドタッと何かが引っ繰り返るような、低くて鈍い音がした。
何かと思ってみんなで振り返ってみると、そこには芋を煮る鍋を前にして、尻もちをついて表情を失っているスザクとマミコの姿があった。
「二人とも、何してるの? 食べないの?」
「い、いえ、私たちは自分の分の料理を始めてしまったので……」
「それはそれで食べて、肉は肉で食べればいいんじゃない?」
「いや、それもかなりたくさんなので……」
スザクは頑張って固辞しようとしているが、マミコはもう涙目だ。
「芋煮はみんなで分けようぜ。タカシが食ったことないとか言ってるしな!」
「全部賢者に食って貰うっていうのもアリだな!」
みんなで食べるのには俺も賛成だが、俺だけ芋っていうのは悲しいからやめて欲しい。
それでも遠慮しようとしていたスザクだったが欲望には勝てず、結局ステーキ祭に参加することになった。
その夜のステーキ祭では、スザクがシロの食事の世話を半分手伝ってくれたこともあって、俺もしっかり肉を食べることができた。
「これが芋を煮た奴か……、あんまり味がしないなぁ。」
「芋と塩、あとは肉を少し入れただけですからね。」
「芋はまあ、こんなもんだよな。」
「そうだな、芋にはこういう味だ。」
みんながいつも食べている物も、どうやらこれと似たり寄ったりのものみたいだね。
「これでも肉が入ってる分だけ豪華だと思うわ。」
「サキの家ってそんなに貧乏なの?」
「いや、そうじゃないけどね、草原の火事でお肉の値段が上がっちゃったから、ここ最近はお肉抜きのことが増えたのよ。」
ああ、そういうことか。燃えている間は狩りに出かけることも出来なかっただろうし、火が消えた後もウサギ狩りはあの調子だ。屋台のオッサンも仕入れが立たないから、しばらく串焼きは休むって言ってたしな。
「今回森に行くって言ったら、お肉を持って帰ってくるようにって言われたわ。薬草採取だからお肉は無理だって言ってるのに。」
「妖獣の肉が取れるかどうかはわからんが、自分の取り分は売らずに持って帰るっていう手はあるよな?」
「ああ、それは問題ないな。」
「ちょっと可哀そうだけど、シロが狩ったウサギが四羽あるから、半分なら持って行ってもいいぞ。売値で買い取って貰ってもいいしな。肉屋で買うよりは安いはずだ。」
まあ、そんなことをしなくても、たぶんどこかで妖獣に襲われることになると思う。
「それはそうと、この実地研修が終わったら、お前らどうする?」
「ハヤト、どうするっていうのは、どういう意味だ?」
「ちゃんと言わないとわからないって。私とハヤトは固定グループを組むつもりだけど、みんなも一緒に組まないか、ってこと。」
ああ、そういえば講習の中で、実地研修の仲間でそのまま固定グループを組む場合が多いって話があったな。
「ああ、済まない、俺はもう誘われてるグループがあるんだ。というか、仲間内で俺一人だけ再講習になったから、待ってて貰ってるんだけどな。」
「ごめんね、誘って貰えて嬉しいんだけど、私も同じなのよね。」
「そっか、それなら仕方ないね。」
サキはそれ以上食い下がることはなく、さっと諦めたようだ。もう約束している相手がいるのなら、これ以上さそっても無理だしね。
「一人だけ不合格だったって、お前ら、かなりきつかったんだな。」
「そうなのよ。だから貴方には滅茶苦茶感謝してるってわけ。」
「俺も手持ちの金がかなり減ってるし、もしもあれで駄目だったら探索者を諦めてただろうな。」
「そうね、私もウサギ狩りで食べていくことになってたと思うわ。」
マミコが初心者講習を免除されたと聞いたので、どういうことかと受付で問いただしてみたら、初心者講習はニ十歳未満の妖獣狩り初心者にだけ課されているのだと教えられた。
つまりたとえ初心者講習に不合格でも、ニ十歳になるまでしっかり草原で狩りの経験を積めば、講習なしで探索者になることが出来るわけだ。ただニ十歳まで仲間が待っていてくれるかどうかは分からないよな。
「賢者に感謝は良いんだけど、その賢者はどうするんだ?」
「え? 俺? 何が?」
「こっちの話聞いてなかったのかよ……。固定グループだよ。」
あ、俺も誘われてたのね。
「ああ、ごめん、ごめん。てっきり誘われてるのはダイキとチヅルだけだと思い込んでた。」
「で、どうするのよ?」
「こっちには奴隷二人と幼児一人がいてガチャガチャしてるけど、それでも良ければ一緒に組もうぜ。」
「よし! これで俺たちも毎日ステーキだな!」
「俺じゃなくて、ステーキ目的かよ……。」
「別にいいじゃない、何も良いところがなくて誰にも誘われないより。というわけでよろしくね、ステーキ。」
なんだよ、完全にステーキ目当てかよ。拗ねちゃうぞ?
その後もいろいろ話をして、そのおかげで俺と世間の間のズレもかなり埋まったと思う。
「それじゃ、寝る順番でも決めるか。」
「そうだな、俺はどこでも良いぞ。」
「寝る順番って何?」
寝る時の並び順か何かのこと? そんなもの適当で良いんじゃないのか?
「見張りの順番に決まってるだろ? 」
「もしかしてタカシって、ホムラとマヤだけに見張りをさせているとか?」
「うわ、それはちょっとあり得んぞ?」
なんだか白い目で見られている気がする。
「いや、違うって。俺たちはそもそも見張りしてないんだって。」
かなり酷い誤解を受けそうだったので、俺はしっかりと訂正しておいた。
それなのになぜだろう。なんだかさらに白い目で見られている気がする。
その後、結界の魔法を掛けていると説明したり、それで盗賊から守ってきた実績を話したり、さらにはスザクのお墨付きを貰ったりした結果、なんとかみんなに納得してもらうことに成功したのだった。
どうやら俺と世間の間には、まだまだズレが広がっているようだ。




