32.鎮火とシロの母親
ミハルさんと一緒に受付に戻り、そこで今回の報酬を見せられた。報酬は三分割で全額貯金ってことにしてあるので、俺たちに渡されるのは現金ではなく、紙に書かれた金額だけなのだ。
「うわ、かなりの金額になってますね。これ、間違いないんですか?」
妖獣シバーは数が多かったが、元々そんなに高値ではない。妖獣ハチーの討伐も、一匹あたりの値段は安いものだ。妖獣クマーはそれなりの値段だが、肉は納品していないので、これもそんなに値段は高くない。
そう、びっくりするほどの値段になっている原因は、盗賊三人の討伐報酬だった。
「盗賊の財産は討伐した人の物になります。彼らの貯金も彼らの財産だったわけですから、討伐した人の物になりますよ。もちろん協会で既定の手数料はいただきますが。」
そうか、これはあの三人の貯金だったわけか。結構まじめにコツコツ貯めてたんだねぇ。そんな奴らが盗賊に落ちぶれるなんて、そりゃ支部長の機嫌が悪かった理由もわかるっていうものだ。
探索者協会を出ると、俺たちは『筋肉ダルマ亭』へと向かった。シロの母親のことがあるので、これから少なくとも数日間は外に出ることなく、町の中で待機しておく必要がある。そのためには定宿のようなところに泊っているほうが色々便利だと思ったのだ。
筋肉ダルマ亭は探索者協会から目と鼻の先だ。あのオッサンのことだ、もしかしたらまだ寝ているかも知れない。そう思いながら到着してみると、ダルマのオッサンはすでにしっかり仕事を始めていた。
「おはよう、ダルマのオッサン。四人なんだけど、部屋は空いてる?」
「うわぁ、なんだ、お前らかよ。前の四人部屋なら空いてるぞ。って、一人増えたのか? また奴隷か?」
「増えたのは増えたけど、奴隷ちゃうわ! ちょっとわけありで、子供を一人預かっただけだ。」
「おいおい、誘拐かよ。犯罪は勘弁してくれや。」
「誘拐ちゃうわ!」
ふう、部屋が空いていて良かった。
またもや相部屋になるので、ホムラとマヤの二人が嫌な顔をしているが、この町に知り合いのほとんどいない俺たちがここで宿を逃すと、宿が取れなくなる恐れが高い。ここは嫌でも我慢してもらうしかないのだ。
今はまだ宿にも余裕があると思うけど、草原の火事が収まるまでは、どんどん宿の需要が増えていくに違いないのだ。常連客のいる宿は、後からくる可能性が高い常連のために、部屋を温存しようとするだろう。
俺は普通に五日分を払って鍵を受け取った。前と同じ部屋なので案内は無しだ。
「で、さっそくで悪いんだけど、台所貸してくれない?」
「構わんが汚すなよ。それより、お前らこんな時間から宿を取るなんて、やっぱり草原の火事はそんなに酷いのか?」
「ああ、俺たちは火事から逃げて、朝一で町に戻ってきた組だな。結構燃えてたし、まだ消えてないんじゃないかな?」
「そうか。そりゃいろいろ大変そうだ。」
「夜になって雨になってくれれば良いんだけどねぇ。」
「確かになあ。まあこの季節じゃあまり期待できんな。」
どうやら今は、普通だと雨なんか降らない季節のようだ。シルビアとグロリアは降るようなこと言ってたけど、大丈夫なのかねぇ。
予定通りに台所が借りられたので、恒例のステーキ祭の開催だ。
ステーキ祭は過酷だ。自分の肉は自分で焼く、ルールはたった一つ、これだけなんだけど、今回の俺は自分の分だけではなく、シロの分も焼かなければならない。つまり二枚の肉を焼きつつ、肉を食べつつ、シロが食べるのを手助けしなければならないのだ。
くそう、やってやる! やってやるぜ!
そんな俺の決意は一枚目を焼き終わった時にはもう挫けていた。
いきなり一枚目を焦がしたホムラに肉を交換されたのは良いとして、シロは自分ではナイフで肉をうまく切れなかったのだ。
当然俺が肉を切り分けて食べさせる必要が出てくる。それと同時に自分の肉を食べつつ、二枚の肉を焼くのは、俺には無理だった。
仕方ないので自分の肉を食べるのはほとんど諦めて、シロに食べさせることと、シロのお替りを焼くことに専念する。おい、ホムラ! 焦がすんじゃないぞ? この肉はシロのお替りだから! 交換禁止だから!
シロは思ったよりも食欲旺盛で、ホムラやマヤと同じくらいの速度でパクパクと肉を頬張っている。俺も隙を見て自分の肉を食べるのだが、忙しすぎてほとんど減っていかない。
シロも含めて三人がお腹いっぱいになった時、俺の皿にはまだ最初の肉が半分以上残っている有様だ。
みんなの食事が終わってから、俺は皿の上の少し冷めた肉を食べ始める。
いや、その前に!
「シロ、お前、口の周りがべたべたじゃないか。」
綺麗な布を取り出して拭いてやる。ああもう、口だけじゃなくて手もべとべとだな、これは後で洗ってやらないと。
その後も、俺の膝の上に座ったかと思ったら、体をよじ登ったり、椅子の上に立って転びそうになったりと、ちっとも大人しくしていないシロに振り回され、俺はそれ以上食べるのを諦めて、後片付けをすることになってしまった。
次は一気に焼いて魔法の袋に入れて、後から食べることにしよう。
さて、協会への報告は終わったし、宿も確保したし、食事も済んだ。シロは眠くなったのかお昼寝中だ。鍛錬などをしたいと思っても、シロをおいては行けないし、やるべき事も出来ることも何もなくなってしまった。
「主様、買い出しに行きたいんですが、いいですか?」
「塩とか調味料。」
「ああ、いいよ。行っといで。」
こういう時のお金は既に魔法の袋に入れて渡してあるので、そこから好きに使えばいいようになっている。
しかし二人がいなくなって、本当にやる事が何もなくなってしまった。
本当にやる事が何もない。
何もない……。
すやすや。
はっ! 気づいたら、いつの間にかシロの横で眠ってしまっていた。どうやら一時間ぐらいは寝ていたみたいだ。
俺が起きた気配を感じたのか、シロも起きてしまった。
「あ、悪い、起こしちゃったか。」
「ぬし~、遊ぼ~!」
「よし、遊ぶか!」
どうせやる事なんかないのだし、俺はシロを連れて宿の裏庭に出て、そこで童心に帰って思いっきり走り回って遊んだ。ホムラとマヤが帰ってきて、最初は呆れた顔で見ていたけれど、気づいたらシロと一緒になって走り回っていた。
彼女たちもずっと気を張りっぱなしだったろうし、たまにはこんな時間があってもいいよね。
その夜から翌朝にかけて、シルビアたちが言っていた通りにこのあたり一帯に雨が降った。しかしそれは本降りにはならず小雨に留まったため、炎の勢いはかなり治まったものの、鎮火するには至らなかった。
《主様が消せって言うなら、魔法で消しちゃうけど~?》
〈かなり大変だけど何とかなりそうね。〉
(もしも二人が消したいって思うなら賛成するけど、俺は別にどっちでもいいかな。)
《私たちは面倒だし、やりたくないかな~。大切なのは主様だけだしね~。》
二人の魔法の力は俺の力じゃないし、草原の消火は俺個人の願い事にしては大きすぎると思うんだよね。
それに草原の火事はこれまでも時々あったそうだし、これからもまた時々発生するだろう。それをどうするかっていうのは、この世界の、この町の人たちの仕事だと思うんだ。
それからも火は燃え続け、広大な草原と、そして森の一部を焼いたその火は、それから四日後になってやっと自然に鎮火したのだった。
そして鎮火した後になってもまだ、シロの母親は俺たちの前には現れなかった。
彼女はいったいどうしてしまったのか。炎に巻かれて亡くなってしまったのか、それとも我が子を置いて立ち去ってしまったのか、それさえも俺たちには分からないままだった。
お読みいただきありがとうございました。これにて第一部終了です。
もしもよろしければ、評価や感想などいただけると幸いです。
次回には余話を挟み、その後、第二部を開始する予定です。
今後とも、本作をよろしくお願いいたします。




