30.町への帰還
俺たちを含め、炎から逃れてきた人たちの顔は、煤で真っ黒に汚れていた。
町の中の火事ではないし、別の方向に逃げた人もいる。ここに集まったのは俺たち以外には十人ほどで、それほど多くの人がいるわけではない。しかしその全員の黒い顔が、炎の強烈な威力を物語っていた。
ここに集まっているほとんどの人たちが、ウサギ狩りで生計を立てていたのだろうけど、俺たち以外は誰一人として、背負い袋も何も持っていない。おそらく寝ているところをたたき起こされて、何も準備する間もないまま逃げて来たのだろう。
中には仲間や親子で離ればなれになってしまった者もいるようだ。しかし今は安否の確認すらできない。それに草原の炎はこちらには広がってこないだけで、まだ消えてはいないのだ。
「とりあえず、町に戻ろうか。町には石の城壁もあるし、広い掘だってある。周りの草原が全部燃えたって、町の中は安全なはずだ。」
〈今夜から明日の朝にかけて、雨が降ると思うわよ?〉
《それまでは燃え広がりそうですね~。》
(その雨って、二人が魔法で呼び出したの?)
《えへへへ~、秘密です~。》
二人が呼んだわけじゃないとしても、どうやらちょっとは関わっていそうだな。
集まっていた人たちは、口々に俺たちに対して、「ありがとう、助かった」などと礼を言っては、町に向かって去っていった。ただ、なぜか誰も俺の方を見ようとはしなかった。理不尽だ……。
みんなが去っていく中で一人だけ、ずっと燃える草原を見つめて立ちすくんでいる子供がいる。見た感じでは、日本なら幼稚園に通うぐらいの年齢だろうか。それが独りでいるなんて、いったいどうしたんだろう。
「おい、坊主。どうした? 家族と離れ離れになったのか?」
「うん、ママが……。」
そうか、火事で母親とはぐれたのか。
「俺たちはこれから町へ戻るけど、坊主、お前も一緒に来るか? お前の母ちゃんも、たぶん火事からちゃんと逃げて、今頃は町に向かっているはずだ。町で良い子に待ってりゃ、すぐにちゃんと会えるって。」
「うん、そうだね。小さい子が一人でいると危ないからね。ママが戻ってくるまで、お姉ちゃんたちと一緒にいようね?」
その子供は、ホムラの呼びかけに応えるように彼女の元に走り寄り、しかしなぜか手前で立ち止まる。そして方向を変えて俺の方に抱きついてきた。
え? なんで?
俺だったらホムラに思いっきり抱きついて、スリスリしまくるんだけど!
ホムラとマヤも苦笑している。どうせ子供のことだ、美人のお姉さんの所に行くのが恥ずかしかったのか、または特に理由なんてないんだろう。
「俺はタカシっていうんだが、坊主は何て名前だ?」
「ん……シロ。」
「そうか、シロか。いい名前だな。」
何がどう良い名前なのかはわからないが、とりあえず褒めて頭を撫でておく。
今はかなり薄汚れていて、シロというよりもハイイロって感じだけどね。まあ、俺たちもみんなそうなので、他人のことは言えない。そうだ、シルビアとグロリアに浄化の魔法で綺麗にして貰おう。
そこで俺ははたと気づいた。俺、パンツ一丁のままだった!
(シルビアさん、グロリアさん、お願いします!)
〈ああ、浄化で綺麗にするのね? ほい!〉
俺たちは一瞬にして、綺麗さっぱり元の姿に戻る。俺も魔法の袋から衣服や鎧を出して身に着けた。おお、いつの間にか破れていたところが修繕されているぞ。そう、実は精霊さんたちはデキる女なのだ。
シロの髪はくすんだ灰色だと思っていたのだが、魔法で綺麗にしてもらうと、本当は銀色に輝く髪だったようだ。
「おお? シロ、お前、銀髪だったのか。綺麗な髪だな。」
頭を撫でてやると、シロは気持ちよさそうに目を細めている。
「主様、シロちゃんに私たちのことも、ちゃんと紹介してください。」
「ああ、そうだな。そっちのお姉ちゃんはホムラ、そしてマヤだ。」
「私はホムラよ。シロちゃん、よろしくね。」
「マヤ。よろしく。」
「ん……。」
二人の挨拶に対して短く答えると、シロはまた俺に抱きついてきて、頭をスリスリと擦りつけてくる。仕方ないので頭を撫でておくが、俺なんかに抱きついてくるとは、なんとも変わった子だ。
「ん~、ぬし? ぬし?」
「ああ、俺はタカシだけど、彼女たちには『ぬしさま』って呼んで貰ってるんだ。」
「ぬし! ぬし~!」
そう言って、またシロは俺にしがみついて、頭をスリスリしてきた。なんか本当に変わった子だね。良くわからないが、頭はしっかり撫でておく。
小さい子って言うのは、大人にはわからない遊びをしたがるものだし、俺にはわからなくても、この子にとっては意味がある行動なんだろう。
町に着くと、夜が明けたばかりだというのに城門は既に開いており、門番さんもしっかりと仕事を始めていた。
そしてそこには、俺たちと一緒に逃げてきた人以外にも、同じように煤けた人たちが町に入るために列を作っていた。もちろん俺たちもその後ろに並ぶ。
「おお? どっかで見た顔だな。なんだ、お前らは焼け出された感じじゃないが、えらく早いな。」
「ああ、あの時の門番さん!」
俺たちを受付してくれたのは、この町に始めてきた時に対応してくれた門番さんだった。俺たち三人はこの町の入門証と、身分証にもなる探索者協会証の銅札を、同時に門番さんに提示した。
「この子、シロっていうんですけど、草原の火事で母親とはぐれたみたいで。町に入るには、やっぱり入門証が必要ですよね?」
「ああ、そうだな。入門証が無いとすると、税金を払って貰う必要がある。済まんが、もしもあとで入門証が出てきても返してやることは出来ないんだ。」
やっぱり税金を払う必要があるようだ。俺は言われた通りにお金を払い、シロの入門証を受け取る。
「あと、シロの母親が訪ねてきたら、探索者協会のタカシに連絡してくれって伝えて貰うことは出来ますか?」
「ああ、町に入って左側に掲示板があるから、そこに書いて貼っといてくれ。」
「はい、いつもありがとうございます。」
どうやら草原の火事などの災害は時々発生するらしく、そんな時には掲示板で家族や仲間同士のやり取りをすることになっているらしい。それ以外の時にも伝言を残すのには、この掲示板が使えるそうだ。
対応してくれた門番さんに礼をすると、俺たちは言われた通りに掲示板に向かい、シロの母親への伝言を貼る。この伝言を見て、ちゃんと再会できればいいんだけどね。
「お腹が空いたわね。」
「そうだな、食事を……、いや、まずは協会に向かうか。」
色々と報告もしておきたいし、ウサギやシバーなどの納品もある。ここは先に協会に行っておきたいところだ。
しかし協会へ向かう道の両側には屋台が立ち並んでいる。そしてそこから、とてもいい匂いが漂ってくるのだ。それを俺たち、というかホムラやマヤが我慢できるはずがなかった。
シロもまるで尻尾をブンブン振ってるみたいな感じで目を輝かせているし、この匂いからは逃れられそうにない。
「おお、兄ちゃん、今、起きたのかい?」
「いや、狩りに行ってて、さっき町に戻ってきたとこだ。」
「外か、何だか草原が燃えたそうだけど、どんな感じだった。」
もう草原の火事のことは、屋台のオッサンの耳にも届いているようだ。
「ああ、結構酷い状態だ。まだ燃え広がってるぞ。まあ、この町には城壁も堀もあるから大丈夫だと思うけど。」
「そうか……、となると、肉の仕入れが厳しくなるかもな。」
どうやら草原が燃えてウサギ狩りが途絶えると、ウサギ肉の仕入れが止まって屋台が出せなくなるという話のようだ。そうか、それは困るなぁ。
「ウサギなら何羽か獲って来たけど買い取る?」
「ああ、ちょっと見せてくれるかい?」
俺は魔法の袋からウサギ肉を取り出して、屋台のオッサンに確認してもらう。狩りをしたのは一週間ほど前だが、魔法の袋に入れてあったので、ほとんど鮮度は落ちていないはずだ。
「ふむ、結構いい肉だな。血抜きもしっかりしているし、捌き方もきれいだ。よし、これなら良いぞ、買い取らせてくれ。」
そりゃ、倒したのも解体したのもシルビアとグロリアだから、処理は完璧なはずだ。俺はウサギ肉を全部、屋台のオッサンに売り払うことにした。
「ありがとう、良い収入になったよ。」
「こっちこそな。また良い肉が入ったら持って来てくれや。」
そしてその収入で、今度は串焼きを人数分買い取って、俺たちは屋台を後にした。




