20.実技の授業
初心者講習会では、午前中は座学、午後は戦闘などの実技の授業が行われることになっている。
「俺たちは弁当持って来てるけど、タカシ、お前ら昼飯はどうすんの?」
「適当に肉を焼いて食うか、それとも屋台で買い食いするか、どっちかかな。」
「屋台が良いわね。」
「屋台一択。」
「どうやら屋台らしい。」
「そうか、じゃ、飯のあとでな!」
ハヤトたちとは一旦別れ、俺たちは昨日と同じように屋台の立ち並ぶ通りへと繰り出した。昨日は全く食べられなかったから、今日は少し多めに買うことにしようか。
俺は全部昨日と違う屋台で買っても良かったんだけど、ホムラとマヤの強い推薦で、昨日と同じ屋台で焼き鳥みたいな奴とパンで焼き肉を挟んだ奴、そしてトウモロコシを焼いたみたいな奴を買った。
それだけではまた足りなくなりそうなので、さらに他の屋台で、また違う香りのする串焼きや、お好み焼きのようなものも買い込んでいく。
「ああ、今日もいるみたいだね。」
「スリですか? 一度、痛い目に遭わなければ止めないでしょうね。」
昨日と同じく、今日も人ごみの中をチョロチョロと走り回っている少年たちの姿が見え隠れしている。痛い目に遭うときには、スリどころか人生を止めることにもなりかねないんだけどねえ。
今日は歩きながらではなく、さっきの会議室か、それとも午後から使う訓練場ででも食べようかと、もと来た道を引き返していく、すると後ろから、どうやら少年うちの一人が近づいてくるようだ。あらら、狙われちゃったかな。
俺たちのことを、狙い目だとでも思ったんだろうか。やめといた方がいいんだけどね。注意してもどうせ聞かないだろうから、何も言うつもりはないけれど、これで下手をすれば少年の人生が終わるかも知れない。
そう思うと、ちょっと複雑な気分だが、だからといって、俺は少年を積極的に助けるつもりはなかった。俺はそこまで善人ではないし、裕福で余裕があるわけでもないのだ。
ホムラやマヤの時のように、なりいきで仕方がないのであればともかく、そうでなければ他人の人生を背負いたいとは思わない。
少年が俺たちに向かって走り出した。ああ、ついに来ちゃうかぁ。
「主様、どうするんですか? 泥棒だし、やっぱり殺しちゃいますか?」
ホムラもそれに気づいたのだろう、そのはっきりとした口調は、俺に問いかけているだけじゃない、後ろからは知ってくる少年にも聞こえるように言っているのだ。
「子供だからといって、もしも手を出してくるなら一切、容赦はしないよ。」
俺もホムラに習って、はっきりとした口調で答える。
少年は俺たちに気づかれていることを悟ったのだろう。走るのをやめて、それ以上近づいてくることは無く、いつの間にか人ごみに紛れて見えなくなってしまった。
できれば捕まらないように、元気に生きてくれ。
協会に戻って聞いてみたところ、二階の休憩所や三階の会議室は食事禁止だということで、俺たちは訓練場に向かうことになった。行ってみると、隅の方で食事をしている若者の姿が見える。
俺たちもそれに習って、隣にお邪魔させてもらうことにした。ハヤトやサキはどうしたのかと思って見まわしてみると、俺たちとは反対側の方で、もう木刀でビュンビュン素振りを始めているようだ。まったく元気だね。
適当な場所に落ち着くと、俺が持った食べ物が入った器にみんなが手を伸ばして、どんどん食べていく。
「いくつか串焼きを買ってみたけど、最初の屋台のやつが一番おいしい気がするけど、二人はどう思う?」
「そうね、でも二つ目のもなかなか良い味だと思いますよ。」
「うん、最初のが至高。」
「三つ目のは最初の奴と似てるけど、何だか今一つだね。何が違うのかな。」
「串焼きもいいけど、私はやっぱりこのパンに挟んだ焼き肉かな。」
「とろもーこしが美味しい。」
色々と買ってきたので食べ比べをしてみたけれど、どうやら昨日も買った串焼き、焼き肉サンド、そして焼きトウモロコシっぽいやつ、この三つが人気なのは変わらないようだ。
お好み焼きのような物は、ホムラは美味しい、俺は普通、マヤはイマイチと、完全に評価がわかれてしまった。魚を干して焼いたのもあったが、結構高かったのに、評価はどうもイマイチ。このあたりでは魚よりも肉が美味しいってことなんだろう。
「明日もまた、この三強に対抗できる料理を探そうね。」
「うん、賛成。」
〈タレの味というのは、何とも奥深いものですね。〉
(ん? 食べなくても、味がわかるの?)
《主様の食べたものなら、ちゃんと味がわかるよ~。》
〈材料とか、製法も、かなりのところまでわかりますね。〉
《食べたことがない材料は、わからないけどね~。》
ちょっと待て、ということはつまり……
(いろいろ食べていれば、そのうち全部再現できるようになるってこと?)
〈やってみないとわかりませんが、おそらくは。〉
おいおい。精霊っていうのはとんでもない存在だと思っていたけど、そこまでとは思わなかったよ。
食事が終わった後、俺はハヤトたちのように木刀を振り回す気にもならず、ぼーっと座りこんでいた。そしてそのままウトウトしていたら、突然、頭をこん棒で殴られて叩き起こされた。
「痛ってえっ!」
「おら集まれ、ガキども。午後の実技を始めるぞ。」
何するんだ、このボケ!
俺はしっかり目を覚まして見上げると、そこには今までとはまた違う第三のイカついオッサンの顔があった。
「えっとウザい奴ってどうすればいいんだっけ? 殺してからどうするか考える、だったか?」
「いや、それは間違いじゃなかったか? たしか、死なない程度にシバく、だろ?」
「ああ、正解はそっちだったっけ。」
オッサンの呼びかけに集まってきていたハヤトに、午前中に習ったばかりの正しい対処方法を確認すると、俺は魔法の袋から自分の木刀を取り出した。
ちなみにこの木刀は、たしかに木で出来ているのは本当なんだけれど、精霊の魔法の力で思いっきり圧縮してあるから、鉄の棒よりも重くて固い。特別製の一本だ。
「それじゃ、午後の実技を……うわっ、なんだ!」
くそ、俺の木刀を躱しやがったな。しかし構うことは無い、ここは連打、連打だ!
「おい、ちょ、やめろ、おい!」
ううむ、当たらん。
「ちょっと止まれよ、死なない程度にシバけないだろうが。」
「阿呆か、お前!」
オッサンは自分の持っているこん棒で殴り返してきたが、そんなもので殴られても、ただメチャクチャ痛いだけだ。俺のタワシの体は、そのぐらいではびくともしないのだよ。
俺は相手のことはお構いなしに、ビュンビュンと連打を続ける。オッサンは俺の連打をこん棒で受けているが、受けるたびに木くずが飛び散り、ついにはこん棒は折れてしまった。
「おい、その木刀、おかしいだろ、ちょっと止まれ、おいって!」
俺はもちろん止まらない。探索者の規則を守るため、この目の前のウザいオッサンを死なない程度にシバくまでは止まれないのだ!
「ああ、もうわかった、降参だ降参! おい、降参してるんだから止めろ!」
「降参って、そんな規則習ったか?」
「いや、たしか規則には無かったぞ。」
ハヤトも覚えていないというからには、そんな規則はないはずだ。規則に無いなら止まっちゃだめだな、うん。
それにしても、俺の木刀は、まだ一発もちゃんと当たって無い。最近少し力がついたような気がしていたが、やっぱりまだダメダメなようだ。
「悪かった! 俺が悪かったって、謝るからやめろって! な?」
さすがに謝っている相手を木刀で殴るのは具合が悪い気がする。そろそろ午後の実技が始まる時間だし、このぐらいにしておくか。
「謝るぐらいなら、最初から殴りかかって来るなよな。」
俺の捨て台詞に反応したのは、なぜかハヤトだった。
「おい、タカシ。謝るって規則も、たしか無かったはずだぞ?」
そんな俺とハヤトのことを、ホムラやマヤ、そしてサキの三人が、なぜか白い目で見ていた。
こうして午後の実技は、波乱の幕を開けたのだった。
実技の授業は、斬り合いの練習ではなくて、素振りの繰り返しだった。
素振りといっても、上から真下に振り下ろすだけではない。上から斜めに袈裟斬りや左袈裟、横一文字や左横一文字、さらには下から上への逆袈裟、そして突きと、多種多彩な振り方を組み合わせて、連続して振るようなやり方だ。
ホムラなんかは結構綺麗に振れているようだが、俺は振り下ろす素振りしかやったことがなかったので、なかなかうまく形にすることができない。マヤも俺と同じ感じで、まともに木刀を振るには至っていないようだ。
(なんかこう、簡単にできるようになる方法ってないかなぁ。)
〈簡単と言えるかはわからないけれど、良い方法ならあるわよ?〉
《私たちが魔力で主様の動きを型にはめてしまえば~。》
(型にはめるってどういうこと?)
〈主様の記憶の中に、子供の時、文字を練習するのに、薄く書かれた文字を上からなぞるというのがあったけれど。それと同じことを素振りでやってみる感じね。〉
《ちょっとやってみましょうか~。まずはゆっくりから~。》
精霊たちの言う通り、まずはゆっくりとした動きで素振りをしていく。ああ、型にはめるってこういうことか。型通りでないと動かせないというか、型から外れたら自動的に修正されるというか、なんだか変な感じだな。
少し振ってみて慣れてきたので、ちょっとだけ早くしてみる。むう、まったくうまくいかん。また元の速度に戻してやり直す。もう少し、このゆっくりで続けてみよう。
「お? なんだか知らんが、自分で工夫し始めたみたいだな。ただの力任せかと思ったら、それなりじゃないか。」
ウザいおっさんが絡んでくるが、無視だ、無視。たしか試験には無視するっていう選択もあった気がするぞ。
「おい、返事くらいしろや、へっぽこ。」
外野がうるさいが、俺は気にせずにそのまま続ける。ああ、そうか、わかった、自然に振るっていうのはこういうことか。
俺はその後も、ちょっかいをかけてくるオッサンのことは完全に無視して、素振りを続けた。途中、ホムラが驚いたような顔をしてこちらを見ていたが、それも気にせずに、ただひたすら素振りを続ける。
そうしてその日の実習が終わる頃には、精霊たちに型にはめて貰っている状態とはいえ、ある程度まともに素振りが出来るようになっていた。
《へえ~、主様、結構やれるんですね~。》
〈女神様の謹製だから、体の性能自体が非常に高いのかしら。〉
《十年ぐらい鍛えれば、強くなるかもですよ~。》
なん……だと? この方法で鍛えても、あと十年もかかるのか……。
ちなみに、最後に型を外して貰って木刀を振ってみたんだけど、まったくまともに振れなかった。うん、これは確かに十年かかるわ。




