18.後片付け
その後、宿を出ていけというオッサンと、出て行ってやるから前払いした金を返せという俺との間で、バトルの第二ラウンドが始まりそうになったが、逃げ切れないと悟った若者たちが必死になってオッサンを宥めた結果、なんとか戦いは回避されることになった。
「あの筋肉ダルマを煽るとか、お前、頭は大丈夫か?」
「ほんと参ったぜ、勘弁してくれよ。」
口々に俺に対して文句を言ってくるが、最初に喧嘩を売ってきたのは俺じゃない。あのデブの方だ。
「突然、難癖をつけてきたのは向こうの方だし、俺は何も手は出してないよ。」
「そりゃあ、見てたから知ってるけどさ。それでもあれだ、もうちょっとうまくやってくれよ。」
落ち着いた後、オッサンが「ぐちゃぐちゃになった食堂を掃除しろ」とか言ってきたので、「自分でやったんだろ? 自分で片づけろよ」と返したら、またオッサンが暴れ出しそうになったので、他の客たちが仕方なしに片づけを行っている。
「あとでちゃんと金払って貰えよ?」
「ああ、頼んでみるけど、ちょっと無理だろうなぁ。」
まったく俺のせいでは無いとはいえ、俺以上に関係ないやつらがタダ働きさせられているのを見るのは、あまり気持ちの良いものではない。
オッサンがブちぎれたのは、俺がついつい間違って言わなくても良い事を言ってしまったから、というのもあるし、なんとなく責任を感じなくもない。俺のせいでは無いとはいえ。
〈半分は主様のせいだと思うわよ?〉
(俺のせいでは無いとはいえ、これって、魔法で簡単に片づけられない?)
《主様のせいで起こったことだし~、仕方ないですね~。》
〈主様のせいで壊れたカウンターも直してしまいましょうか。〉
(俺のせいでは無いとはいえ、すみませんが、お願いします。)
売り言葉に買い言葉で、いろいろと悪口を言ったけれど、別にこの宿が嫌いだとか、すぐにでも出ていきたいとか、そういう気持ちはないのだ。
グロリアとシルビアによって、「半分は俺のせい」という判定が出た結果、彼女たちの魔法一発で、真っ二つになったカウンターは元に戻り、壊れて飛び散った木片が集められ、宿泊客の混乱で壊れた机やいすも修理された。まさに一瞬のことだ。
「ふっとんだ料理は元に戻せないみたいだ。申し訳ないけど、オッサンにもう一度作ってもらうか、諦めるかしてくれ。」
一瞬で元に戻った食堂の様子に、宿泊客たちは掃除のためのホウキやチリトリを握りしめながら、まるで石化の魔法を浴びたように固まってしまっている。
宿泊客たちは俺のことを、信じられないものを見たような顔で眺めているが、残念ながらこれは俺の力じゃなくて精霊の力だ。精霊の力っていうのは本当に凄まじい。
食堂はこれで片付いたが、やはり料理の方は簡単にはいかないようだ。
「作ってやりたくても、もう肉がないんだよ! お前、責任取って何とかしやがれ!」
「おい、ブタ! 口の利き方に気をつけろや!」
口ではそう言いながらも、俺は魔法の袋から、そろそろ痛み始めそうな肉の塊を出してやる。このままいけばどうせ食べられなくなる肉だ。ここで出しても全く惜しくはない。
「最初から素直に、そうやって従っとけ、クソガキが。」
「お前は最後まで口だけのブタ野郎だけどな!」
(グロリア様、シルビア様、おかげでなんとか収まりそうです。誠にありがとうございました。)
〈別に構わないけど、あまり面倒ごとは起こさないようにしてね?〉
《今回は結構笑えたからいいですけどね~。面白くなかったら放置するからよろしくね~。》
(はい、肝に銘じておきますでございます……。)
俺が生意気なことを言えるのも、すべてこの二人のお陰なのだ。こうして助けてもらった後は、しっかりお礼をしておく。これってとっても大切なことだよね。
それはそうと、オッサンの作り直しの料理を、ホムラとマヤの二人もしっかり確保してパクパク食べていたんだけど……、君たちはさっき、しっかり食べてなかった?
かなりのゴタゴタはあったけれど、俺たちは無事に食事を終えて、自分たちの部屋に戻った。外ではすっかり日が暮れており、あとはベッドに入って寝るだけだ。
しかしあの受付のオッサン、頭がおかしいのかと思っていたけれど、実はそうではなく、探索者協会の指示で圧迫面接のようなことをしているらしい。
探索者協会の受付のオッサンが、登録しにきた若者のうち、ちょっと調子に乗っていそうだと思った奴らをこの宿に誘導し、まとめて締めあげる、というシステムになっていたようなのだ。
つまり、あの受付のオッサンが全て悪いってことだ。今度顔を合わせた時には泣かす、俺はそう心に決めた。
宿で俺たちに割り当てられたのは四人部屋だが、二段ベッドが二つではなく、ダブルベッドが二つという、微妙に豪華仕様な部屋だった。もちろん俺が一人でベッド一つを独占、ホムラとマヤでもう一つのベッドを使うことになる。
俺としては、三人で一つのベッドを共有してもいいんだけどね。野宿の時は三人で川の字になって寝ていたのでちょっと寂しい気もするけど、そこは仕方のないところだ。
「そろそろ灯り消して寝ようか。」
「そうね、お休みなさい。」
「お休み。」
野宿の時と違って、町の中には魔法ランプが溢れているので、陽が落ちてからでも部屋の中は昼間のように明るい。そのランプを消したので、部屋の中は一気に暗闇に変わった。
「あっ、完全に消さずに、ちょっとだけ明るくしてくださいね。」
「何も見えないと夜中にお手洗いに行けないよ。」
ああ、外だと月明りや星明りがあるので、晴れていれば完全な暗闇にはならないんだけど、部屋の中だと真っ暗闇になるのか。俺は言われた通りにランプを少しだけ灯すように調整した。真っ暗だと、便所に起きた時に何も見えなくて困るからね。
夜中に、なんとなく寝苦しく感じて目を開けたら、なぜか二人が俺のベッドに潜り込んできていて、左右から俺に身を寄せていた。
(これ、何なん?)
《今更ですよ~、ここまで毎晩こんな感じでしたし~。》
〈盗賊に襲われたり、怖い事ばかりが起きる世界だから、やはり身を寄せている方が安心できるんでしょうね。〉
別に好かれているわけじゃないことぐらいはわかってるって。
ただ何というか、二人から甘い香りが漂ってきて危険が危ないと言うか、鎧を着ていなくてふにゅんふにゅんなので、危険がさらに危なくて一大事いというか……、ねえ。
ちょっと勿体ないとは思ったけど、俺は二人を起こさないように気を付けて起き上がり、空いているベッドの方に移動して、もう一度寝直すことにした。
その朝、日の出前に目が覚めると、なぜか俺は再び二人に挟まれていた。夜中の時とは違い、今度は俺にしっかりしがみついていて、もうポヨンポヨンのプリンプリンで、どこにも逃げ場がない。
ああもう! 辛抱溜まらんようになるからやめて! 俺はもう一度目を瞑り、二度寝を決め込んだ。
次に起きた時には、もうポヨンポヨンのプリンプリンは影も形もなくなっていた。
「おはよう、二人とも。」
「おはようございます。主様、遅いですよ?」
「寝坊。」
いや、これは不可抗力というやつだってば。
俺はすぐに起きだし顔を洗って着替えると、二人と一緒に木刀を手に取って、宿の中庭へと移動した。まだ夜が明けたばかりだが、そこではもう数名の宿泊客が鍛錬を始めている。
俺たちも邪魔にならない場所に移動して、ホムラをお手本にしながら素振りを始めた。うん、やはりホムラの素振りは綺麗だね。それに木刀を振るたびにポヨヨンというか、いや、駄目だ、今は素振りに集中しよう。
マヤの素振りはもちろん、俺の素振りもまだまだ全然形になっていないと思う。だが、こうして素振りを始めて数日しか経っていないとはいえ、一日ごとに力が入るようになってきたのを感じるというか、なんとなく威力が増しているのが感じられるのだ。
おそらくだけど、こうして毎日素振りを続けていけば、そのうちにちょっとはまともに戦えるようになる気がする。シルビアたちにずっと頼りきりというのも、面白くないしね。
俺たちが素振りを続けていると、中庭にはどんどん人が増えてきて、そのうち人が多すぎて素振りなんて出来ないような状態になってしまった。
昨夜のことがあるので、さすがに俺たちに絡んでくる奴はいなかったが、別の場所では場所を空けろとかそういうことで、小競り合いのようなものが始まっている。
「これじゃ鍛錬にならないわね、早目に上がりましょうか。」
「賛成。」
「そうだな、ちょっと早いが朝食にしよう。」
こんなに混んでいたら、まともに木刀を振るのは難しい。俺は二人に賛成して場所を空けて移動することにした。こんなに混んでいる状態じゃ、まともに素振りも出来ないよね。明日以降はどうするか、何か方法を考えないといけないな。
この宿では朝食は出ないのだけど、俺たちは食堂に移動する。昨夜、あの後に、台所を借りることをお願いしてあるのだ。しぶられるかと思ったが、肉の補充とカウンターの修理、そして気合の交渉で、喜んで貸してくれることになったのだ。
あのオッサン、「絶対に汚すなよ」なんて言うもんだから、「寝言は寝て言え! ああ、たわ言は起きてからな!」と返してやったら、とっても喜んで暴れ出しそうになっていたし、多分だけど、俺のことが大好きすぎるんだと思う。
「塩だけ。普通の焼き肉。」
「良いじゃないの、これもしっかり美味しいし、それに贅沢な感じもするし。」
「ああ、かなり美味しいと思う。確かにあのソースの秘密は知りたいけどな。」
「あの焼き鳥のタレも。」
いくらでも時間はあるのだから、これから色々と試してみればいいじゃないか。やりたいことがあるっていうのは、良い事だと思うんだ。
というのは完全に建前だ。朝から屋台でも別にいいんだけど、そろそろ食べないといけない肉がかなりあるんだよね。二人の食欲のこともあるし、ここは自炊一択なのだ。
「おお、なんだ、良い匂いがすると思ったら。ちょっと俺たちにも分けてくれよ。」
「いいぞ、有償だけどな。」
食堂に飯は無いと知っているはずなのに、どうやら匂いにつられてやってきたようだ。しかし俺の答は決まっている。なんで名前も知らない奴に、タダ飯を食わせてやらにゃならんのだ。
「なんだよ、金取るのかよ、ケチ臭いな。」
「ああ? 何がケチだ、冗談は顔だけにしとけよ?」
「お前だって顔は大したことないだろうが! ヘチマみたいな顔しやがって。」
「ああ、そうだな。でも俺の横にはこんな超級美少女が二人もいる。そして俺のために朝から手料理を作ってくれるんだ。」
右手でホムラ、左手でマヤの腰をギュッとしっかり抱き寄せながら、思いっきり煽ってやる。
「チクショー! 俺だって、俺だって!」
そいつは泣きながら走っていってしまったが、こっちだって二人の腰に回した手を思いっきり抓られていて、かなり痛くて泣きそうなんだぞ?
あとでしっかり謝って許してもらいました。




